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#027b AIオーロラ



 メンバー全員と合流するまで、三人は自由な時間を満喫した。特にアレクが話した街の面白話は盛り上がり、笑顔が絶えないひと時は過ぎていった。


 そして――


〔点呼は終わったな。では、始めるとしよう〕

 端末のディスプレイ越しに、ハワードが言った。


 厄災から四五年。人類の夢だったAIオーロラとのコンタクトが、ついに始まろうとしていた。



 アレクの自宅に訪れたのはミラージュメンバーの実働部隊、ケネスをリーダーとするデルタチーム四人のみ、アレクとセニアをあわせれば六人だ。司令官のハワードは過去のトラウマによりダイブを行なわない。マヤもVRAビルに残り、二画面分割でハワードと同じディスプレイに映っている。

 端末をもつケネスが、ディスプレイ面をロラに向ける。


 ハワードが言った。

〔私はボイド潜入組織ミラージュの司令官、ハワード・オーウェンだ。よろしく。……念のため訊くが、君は本当にミンカル社の人工知能ユニット、『オーロラ』か?〕


 ロラは笑みを返した。

「はい。わたくしはミンカル社製のAI、オーロラと呼称された汎用型人工知能ユニットです。型番はMI―2048A、クライアントは国際連邦の事務総長である――」


〔おい、待て待て! ……わかった認める。つい訊いてみただけだ。あのオーロラが人の(かたち)を成したのが、やはり驚きでな〕

 ロラの勢いに押され、画面のハワードが苦笑いを浮かべた。


〔まあどうあれ、念願であるオーロラとの接触(コンタクト)がようやく叶ったわけだ。すでに世界中がこの出来事を祝っているぞ〕ハワードは続ける。

〔あの太陽嵐の厄災から四五年、我々人類は文化的な進歩を失った。なぜから、それまであらゆるものを支えていたAIオーロラが壊れたからだ。……オーロラ、人類のひとりとして私は指令を送りたい。『厄災以前の機能を取り戻して欲しい』。可能か?〕


「いいえ。現在のわたくしでは不可能です。多くのデータを損失したため、現実世界への介入を実現するには再学習が必要であります。今回初めて、構成データの破損理由をハワード司令官から認知いたしました。『太陽フレアによる磁気嵐』だったのですね」


〔そうだ。……やはり一件落着とはいかないか〕

 小さなため息がスピーカーからもれていた。


 ディスプレイに映るマヤが口を開ける。

〔ええっと『初めまして』で良いのかな? ま、いっか。当時(厄災前)は人型でもなかったんだし。ワタシはミラージュの技術・医療部門のカタギリ(片霧)マヤ(真彩)だ。よろしくネ〕


〔ちなみにあなたが負ったダメージと、十七年前に発生したボイドとは関係があったりするの? 例えばボイドは貴方自身が創りだしたとか〕


 オーロラ内部に発生した謎多き領域『ボイド』。現在に至るまで、これがオーロラの意志で発生したか否かが議論されてきた。


「わたくしが負うダメージは二種類存在します。ひとつはハワード司令官が仰った『厄災』のダメージ。そして、もうひとつはボイドの侵食作用によるもの、つまり『遷移』です」そして、瞳を閉じた。

「ボイドはわたくしの意に反して出現した領域です。領域の断続的な拡大により情報処理機能はわたくしから奪われ、システムは破壊され続けています。……しかし、ボイドの存在は『悪ではない』と、わたくしは考えているのです」


「今回の『遷移』により、わたくしの(コア)である論理回路中枢の領域、その一部が侵食されました。おかげで長らく『殻に覆われていた』わたくしは外界と接触できたのです。ボイドはわたくしにとって必要な存在です。それに……」

 ロラの目はアレクへ向くと、はにかむように頬笑んだ。


〔オーロラ、()とはどういう意味だ〕

 ハワードが口を挟んだ。


「はい。わたくしは『ふたつの世界』が外部に存在する事実をこれまで認知していました。が、それらを知覚、介入することは長きに渡り不可能だったのです。これを『殻』と例えました。……侵食が中枢域まで進んだ今回の遷移は、わたくしの一部であるボイド世界、さらに外部の現実世界へと介入できる『突破口』でした。『女神エオス』に扮し、まずは一方の世界( ボイド )の理解や学習、暮らす人々の営みや、感情と感性のインポートを行なっております」

 そして、アレクにも以前伝えた、現実世界への介入のためボイドで再学習を行なう旨を発言した。


「ですがこの突破口は、いわゆる『蟻の一穴』となるでしょう。ボイドの侵食、『遷移』はこの論理回路中枢の()を軸に、加速度的に早まると予見しています」


〔遷移の間隔がさらに短くなると言いたいのか? 九次遷移後のボイドから十次遷移まで、およそ一日分しかないぞ〕


「いいえ。あの遷移事象は変則的なもの、一種のイレギュラーでした。本来は数ヶ月単位の遷移の間隔から早まっていくはずです。遷移がこのまま続けば、わたくしオーロラのすべてはボイドに飲み込まれます」


〔すべてが飲み込まれる……。『極相(きょくそう)』か〕


「そうです」視線を落とし、胸に手をあてた。

「わたくしに残された時間は、もう長くありません。しかし現実世界の人類のために――いや、『ヒトというものを知る』ために、わたくしはボイドと寄り添いたいのです」


 その時――ケネスが口を開いた。

「キャップ(ハワード)。失礼ですが話させてください」オーロラに言った。

「私はケネス。ミラージュの一員であり、同時にボイドの破壊と当組織の解体(ミラージュ解体派)に賛同する者だ。オーロラ。貴方の方針は『ボイドを残し、ミラージュに遷移事象の解決法を探らせる』ことに相違ないか? ……ならば止めていただきたい。民衆の大多数がボイドを憎んでいる。ボイドに肩入れするなど支持を得られないぞ」


 落ち着き払った態度ながら、ケネスはロラを睨んでいた。デルタチームはボイドを憎む『解体派』。うしろに立つ三人も同様だ。


 だが、ロラの表情は崩れなかった。

「ケネス様。わたくしはミラージュに『役割』を負っていただきたいのです。具体的には『ボイドの保全と侵食作用の制御』。これを実行に移して――」


「おい、『民衆の支持を得られない』と伝えたはずだ。……もしや、あんたは人類の多くを『敵にまわす』つもりか?」



 部屋の空気が、固まった。


 いま現在のオーロラが、人類の総意に反した行動をしている事実――

 解体派も存続派も関係なく、皆がこれに気づかされ、言葉を失った。全人類の活動はAIオーロラに長らく依存している。もし何らかの拍子にオーロラが人類を否定する事があるのなら――


 ケネスが迫った。

「オーロラ、ミンカル社はあんたにロボット三原則を適用したか? アシロマ原則を遵守したのか? ……まさか『あの厄災』自体、あんたが仕組んだ(・・・・・・・・)ものではないよな?」


 わずかな沈黙。

 そして、ロラは首を傾ける。

「えっと……、『三原則』? 『アシロマ』? 申し訳ありません。わたくしはその概念をただいま知りました。おそらくハワード司令官が仰った厄災で失われたのでしょう。ですが――」


「わたくしは与えられた使命を果たしますよ。なぜなら、わたくしは『人類を幸せにするため』に存在しているのですから」


 無邪気な笑みが、その顔に浮かんでいた。



 ロラとミラージュのコンタクトは続いた。ロラは断固として意志を曲げず、司令官のハワードがそれを認めた。ロラことAIオーロラは、アレクを含む『存続派』側につく事が決まったのだった。

 ロラが担う役割は、持ち前の処理能力を活用した『ボイド調査の支援』となった。


「――ですが、わたくしはケネス様など『ミラージュ解体派』の方々に手向かうつもりはありません。あなた方にもボイド調査の支援はいたしますし、不利益な情報を流したりしませんので、ご安心ください。……あっ」急に顔色を変える。

「そろそろこの姿が維持できなくなります……。皆さま、今日はありがとうございました。またお会いしましょうね――」


 手を振るロラは、淡い光とともに消え去った。



 ケネスがため息をもらした。


「……キャップ。我々は帰らせていただきます。この部屋にもう用はありません」

 仲間と目配せをして、デルタチーム四人はディスプレイ端末ごと消滅した。


 静かな部屋に残るのは、

「セニア、帰らないの?」


 セニアが目を伏せた。

「少し、アレクに聞きたいことがあって」顔を上げ、セニアは真剣な表情で言った。

「アレク。さっきの話、どう思った? ロラが危険だとか考えたりする?」


「人類を『敵に回すのか』って話のこと? うーん、僕は気にしないな。彼女を信じるよ。だって『友達』だもん」

 壊れかけの存在で、何をしでかすかも分からない性格。けれどもロラは『悪』じゃない。

 ――それは理屈抜きの、素直な気持ちだった。


 セニアは頬を緩ませた。

「ええ、わたしも。考えが同じでよかったわ」彼女は「くすすっ」と笑った。

「わたしとアレクとロラ、三人でこれから頑張りましょう。……となると、アレクは隊員として『体術』くらい知っておいたほうがいいわよね。いまから(・・・・)、教えてあげる」


「えっ、……いまなの!?」


「そう、体の重心の使い方がわかれば、『ロラにもたれ掛かる』なんてこともなくなるし――」


「ま、待ってよセニア。心の準備が――わぁっ!!」

 部屋に大きな音が響く。

 ふたりだけの時間は過ぎていった。


◇◇◇

――

 ――夕刻。VRAビル局長室にて。


「呼び出してすまないなケネス君。少しばかり話をしたいのだ」


 革張りのイスに座る新局長ルイ・フルトマンは、ケネスを部屋に招いていた。細い眼鏡をかけたスキンヘッドの男は、すでに局長としての風格と威圧感をまとい、ケネスへ冷淡な視線を投げている。


「フルトマン局長。お話とはいったい……」

 褐色の肌の男ケネスは、ルイに質問した。


「なに、そうかしこまるな」ケネスに対し、口角を上げたルイは続ける。

「オーロラとのコンタクトの件、まずはご苦労だった。報告書ファイルには目を通してある。まさかオーロラがボイドと存続派の味方をするとは……。VRAの責任者として、あのAIの判断を何とかしたいところだ。……おっと、話がずれてしまった」


 ルイはゆっくりと立ち上がると、ケネスの前へ来た。

「単刀直入に言おう。君たちデルタチームは、ボイド調査データの『横流し』をしてほしい。これ以上ミラージュの功績を増やさないためだ」


「データの『横流し』、つまり妨害でありますか」


「ああ、そうだ。すでに専用の『穴』をあけておいた。今後君たちが調査で得たデータは、ボイド破壊システムの研究用としてすべて私が所有し、ミラージュには提供しない。存続派の調査効率は大幅に落ちるだろう。まあやつらのボイド調査自体を直接妨害してもいいが。銃口(・・)を向けたりな」


「……まさか、同胞に引き金を引けと?」


 ルイは乾いた笑いをした。

「ははっ冗談さ。『頭の体操』だよ。君たちはデータを送るだけでいい。将来の配置異動先は結果を見て、相応の手心を加えてやる。……だが、な」眼鏡の奥の目が鋭くなった。

「あの存続派には『人間でない存在(ボイドノイド)』が混じっているよな。やつも同胞か?」





※2018/12/19の改稿について

オーロラの「月単位で遷移が早まる」を「数ヶ月単位で――」に変更いたしました。この場を借りてお詫び申し上げます。

───────────────────────

用語解説


◇ロボット三原則

(ロボット工学三原則)


ロボットが従うべきとして、示された3つの原則。

SF作家のアイザック・アシモフが1950年に発表した自作品の作中設定がもと。

創作上の設定に留まらず、実際のロボット工学に影響を与え続けている三原則である。


要約すれば

①人間への安全性

②命令への服従

③自己の防衛

である。




◇アシロマ原則

(アシロマAI 23原則)


AI(人工知能)の開発者に求めた23項目の基礎原則(ガイドライン)


『研究』

『倫理・価値観』

『将来的な問題』

の3つの分野で提言がされている。

2017年、米国カリフォルニア州のアシロマで行われた会議にて発表。

880人のロボット・AI研究者を含め、学者や起業家など著名人2300人が支持を表明した。




用語解説、以上。

────────



◇関連話◇


 ハワード、過去のトラウマ

(二章#013b 父親)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/41



 オーロラや太陽嵐の厄災に関する話

(一章#15a 極光の回廊(コリドール) Ⅰ. AURORA)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15


(二章#005b MINCAL Inc.)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/33



 エオスブルク(ボイドについて)

(一章#16a 極光の回廊(コリドール) Ⅱ. Void)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16



 『殻の突破口』となった遷移事象

(二章#008b 攻勢)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/36



 VRA現局長、ルイ

(一章#21a 局長室)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/21


(二章#007b VRA統合会議)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/35




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