#024b 母親
頂いたイラストと、当小説の設定・キャラクター紹介を記した『備忘録ライブラリ』を刷新いたしました。
「あれ、なんだっけ」と感じた際には、覗いて頂けますと幸いです。
【備忘録ライブラリ】
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VRAビル、とある廊下にて――
「あーぁ散々だぜ。ボイドの酒場でハメはずせると思ったのによ……。そうでしょ隊長」
「……ジャン、もう忘れてしまえ。全員無事に戻れただけでも幸運だったんだ」
隊長のケネスがジャンに吐き捨てた。
ボイド調査部隊、ミラージュ所属のデルタチーム四人は、みな疲れきった足取りで廊下を歩く。帰還後、セニアとの合同デブリーフィングも終了。彼らは各々の部屋へ向かおうとしていた。
愚痴は収まらない。
「でも一滴すら飲まないうちに、衛兵とあの剣士の突入っすよ。セニアから聞いたけど、勘弁してくれよあのガキ……」
ため息をついたジャンだったが、
ケネスは違った。
「まあ一杯食わされたな。あの小僧、なかなかいい仕事をする」
ジャンが小言で返すなか、ケネスは口元を緩めていた。
――
――
四〇三号室に帰宅するため、デルタチームと違う順路でセニアは進む。自分のほかに誰もいない、静かな廊下を。
「きょう一日、……いっぱいあったわね」
ボイド――エオスブルクでの出来事が、心によみがえっていた。
聖堂調査、そして緊急任務。衛兵らに襲われ何もかも諦めたときに、アレクは危険を冒し助けてくれた。もし彼がいなければ、ボイドの世界でわたしは……。
けど、あの事があったから、彼と仲直りができたわけで――
「ふふっ。治療してくれたけど、やっぱりここ痺れちゃうじゃない」
Tシャツ越しに脇腹をさする。治療札の効果は『あの世界』でしか通用せず、ダイブアウトから数時間が経つ今も、ダメージを受けた際の痺れは深手のせいで残ったままだった。
だけどこれは、かけがいのない瞬間の証。
そんなとき、
向こうから来る人物に、気づいた。
「……ハワード」
ミラージュの司令官、そしてセニア自身の義父。ハワード。
デブリーフィング中、彼はどこか緊張して落ち着きがなく、セニアに対しては会話どころか、まともに目も合わさなかった。
いまだ強ばった表情のハワード。考え込んでいたのか、彼はすれ違う間際になってようやくセニアに気がついたようで、
立ちどまり、焦ったように口を開けた。
「せっ、セニア……! あのな、ええと……」
目を泳がしたハワードは結局、そのまま言葉を詰まらせてしまう。
セニアはハワードを見続けていた。
――昔のわたしならば、すぐにこの男を無視して立ち去っていた。
でもいまは違う。
アレクに展望ルームで教えてもらった。この男――ハワードはわたしの父親としてわたしを想い、悩み、……そして愛情をもって寄り添おうと、努力している。
不器用なせいか、この男がやる事はいつもズレ過ぎでわたしは苛立つばかりだった。今日のデブリーフィングの態度もそう。けど今は、あの態度の意味がわかる気がする。
『自らの命じた任務で、愛する娘が危機に陥った』。それは六年前と同じ。わたしを助けられなかった事に罪悪感を感じすぎ、謝るきっかけを見つけられないんだ。
――苛立つ気持ちは仕方ない。けど、やっぱり伝えておく。
ハワードとすれ違う直前で、セニアはとまる。
「わたしは大丈夫。だから気にしないで。遅れたけど、……ただいま、ハワード」
振り向くことなく、歩き去った。
四〇三と記されたスライドドアを開ける。人感センサーが照明を消したままの、暗い部屋。
その部屋に、
――アレクがいた。
――
――ドアを開けて、セニアが帰ってきた。
やっと部屋が明るくなるんだ……。不意にホッとしてしまった。本当に大変なのは、これからなのに。
ロラと家で話したあと、『二〇九四年の世界』に戻っておよそ三〇分。実体がないこの身体が部屋のセンサーに反応するわけもなく、真っ暗な四〇三号室でセニアを待ちぼうけするしかなかった。
予想通りセニアは驚いた。
「はっ! アレクいたの!?」
部屋の明かりがつく。少しまぶしい。
「もう、ビックリさせないでよ」
安堵したのか、優しげな表情で言うセニア。向こうに居残ると彼女に伝えたが、やはり心細かったのだろうか。
でも、はやく言わないと。
「セニア、『オーロラ』が僕の家に現れたんだ」
彼女に伝えた。聖堂の女神が夜中に出現し、オーロラを名乗ったこと。
「そう……」小さな声だった。
「マヤ博士がアナライザー端末を調べてくれて、聖堂の女神がオーロラなのは一応は知ってる……」
「よかった。それなら話は早い」
セニアとロラ、ふたりをすぐにでも逢わせる。他のミラージュメンバーはオーロラ再出現の事態をまだ把握していないはずだ。彼らより先に、セニアとロラが一対一で話せる『落ち着いた環境』が絶対に必要だった。
なぜなら、ここに来るまえ我が家で――
――
◇◇◇
「――ロラどういうことだよ!? セニアを知らないって」
ロラは、見るからに困惑していた。
「そんなに問い詰められましても……。わたくしはセニアという女性も、『人工子宮』なる装置で育んだ胎児の存在も記憶しておりません……。厄災で過去の様々な記録情報は失わていますし、第一に今回のボイド遷移以前で、わたくしが意識的に外部への介入を行なうのは不可能なはずでしたよ。……なにかの間違いでは?」
「……そんな」
意識が遠くなりかける。待ちに待ったはずの期待が裏返され、足がすくんだ。
ロラが嘘をついているようには思えない。つまり、セニアが母と慕ったはずのAIオーロラは、
彼女に対して、なにも想っていなかった……。
「えぇと、わたくし何かいけない発言でもしましたか? その表情にはおそらくネガティブな意味合いが――」
「……ロラ。その言葉を、セニアには言わないでくれ」
これは何に対する絶望か、憤りなのか。
声が震えて、まともに発せなかった。
「……セニアは生まれてから、ずっときみを慕っていたんだ。……命を救ってくれた、心の支えだった『母親』に逢いたくて、一緒に語り合うことを夢見て、あの子は苦しい日々を頑張ってきた。なのに……」顔を上げた。
「だからロラ、それだけは言わないでくれ。お願いだ」
「……そう、ですか」
だが、ロラは戸惑いの色を浮かべただけ。
現実は変わらない。目の前が真っ暗になっても、時間は非情に過ぎていく。このまま答えを出さないのは、かえって危うくさえ思えて、
「……。セニアを呼んでくる。身勝手だけど、彼女とは仲良くしてほしい……」
◇◇◇
――
「セニア。オーロラのところへ行こう。みんなで行くよりも絶対話しやすいからさ」
本心もあるが、これは方便だ。もしミラージュ全員でロラと話し合った場合、ロラがメンバーに口を滑らす可能性がある。
『最悪の結果』を考え、セニアの心理的ショックはわずかでも減らしたい。ふたりの関係をあらかじめ築いておきたかった。
「ねっ、だからはやく……セニア?」
様子がおかしい。彼女は顔を曇らせて、目線も不自然に動く。
まるで、なにかに怯えているような。
途端、セニアは言った。
「……わたし、逢うのが怖いの」それは消え入るような、弱々しい声だった。
「博士に、街の女神が本当にオーロラだって聞かされたときはね、嬉しかった。これで、やっとわたしは『母親』と逢える、大好きな『あのひと』と真の意味で一緒にいられるって。でも、想像を膨らませると、その未来がやっぱり怖い」
「逢ったときは良くても、そのうち見捨てられるかも、わたしは『あのひと』の好みの子じゃないのかもって。……アレクに励まされたから大丈夫と思ってたのに」
彼女はうつむいたまま、そばを通り過ぎた。振り向きざまに見えた背中は、震えていた。
「ほんと馬鹿よね。あれだけ願ってきたのに、いざとなると怖くて逃げたいなんて」
「……セニア」
言葉が詰まり、言い返せなかった。
セニアは、まだロラの本心を知らない。もしも彼女が本当の事を、母と慕うオーロラが自分を認知していない事を知ってしまったなら――頭をよぎった想像が、この先を不安にさせた。
でも、いつかは知るはずなんだ。
ならばいまでも。いや、まずは逢ってからのほうが――
「――アレク。その顔、どうしたの?」
気がつけば、彼女は困惑の表情をこちらに向けていた。
僕はいま、ひどい顔なんだろう。
「そこまで気にしていてくれたなんて。……ごめんね、わたしのせいで落ち込ませて。……そうね。そうよね!」セニアは、僕を励ますように声を張った。
「わかったわ。逢ってみるから」
セニアがみせた笑顔。それは強がりかもしれない。だけど、そこにはいつものセニアが戻っていた。
彼女はダイブの準備を始めた。僕は先にボイドへと戻る。
勘違いと成りゆきとはいえ、彼女は一歩を踏みだしてくれた。心の中で、胸をなでおろしていた。
◇◇◇
――我が家。
ロラと一緒に、セニアが来るのを待つ。
自らの出現が不安定だとロラから聞いていたため、すでに居ない事を心配したが、彼女はずっと待っていてくれた。……退屈したようにベッドに座り、両足をバタつかせて。
僕が戻ってきた事を認識すると、パッと笑顔になり駆け寄ってきた。
ロラをなだめ、セニアが来ることを伝えた。
「ロラ。『知らない』とか、あの子に言っちゃだめだからね」
「はぁい、わかっています」
本当にわかっているのだろうか。口角を上げた彼女に不安を感じながらも、ふたりで待った。
娘のセニアと、その母であるオーロラ。彼女たちが出逢うまで、もうすぐだ。
――部屋に光が走る。光は少女の姿へと変わり――
セニアが立っていた。
静かだった。
ランプの燃える音が聞こえそうなほどに、静かな空間。
セニアは視線を下げたまま、ロラの足元を見ている。やはり緊張しているようだ。
「ほら、行こうよセニア」
そばに行き、右手をつかむ。きっかけが欲しかったのかもしれない。セニアは一緒に歩いてくれた。
一歩一歩、少しずつ。
セニアが語ってきた言葉を思い返した。彼女は、やっと自らの望みを叶える。
しかしこの『現実』は、本当に彼女の救いなのか。現実を知ったとき、彼女は耐えられるのだろうか。
目の前に、ロラがいる。
「あっ、あのね、オーロラ。わたし、……えっ――?」
――急だった。
まるで、一瞬の風が吹いたかのよう。
セニアは真っ白な布地に包まれた。優しく、しっかりと引き寄せられて。
慈しみが少女を纏う――
ロラが、セニアを抱き締めていた。
突然の事に固まったセニア。だが、動揺はすぐに解ける。鼻をすする音が聞こえて――
セニアは腕のなかで、むせび泣いた。
母親を力いっぱいに抱き返しながら。
――あまりに突然の光景で、理解が追いつかなかった。
ロラはセニアの事を「知らない」と言っていた。だが今のロラはセニアを抱き寄せ、彼女に愛情深い態度を示し頬笑んでいる。
頭が回らず、口を挟めない。
抱き締め合うふたりを、ただずっと見ているだけ。
ロラがセニアの肩を持った。
「できればわたしのことは、『ロラ』と呼んでください。セニア、あなたと『友達』になりたいのですが。よろしいですか?」
「えっ?」顔をあげる。
「……それって、『友達みたいに仲が良い関係』ってこと?」
ロラはきょとんとした顔になったが、
セニアは笑った。
「ありがとう。わかったわロラ! これから、仲良くしましょう!」
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