#023b ロラ
「はい。じつは」ゆっくりと口が開く。
「あのとき、つまり十次遷移直後にわたくしは会議所のアレックスさまを、設置されていたセンサーで確認しておりまして……。その際に受信したデータのほとんどは読み取れなかったのですが、あなたさまの存在やボイドノイドという身の上、さらに危機的状態に陥っていることはなんとか認識できました」
「だから、助けたの」
「そうです。会議所を妨害できる方法を速やかに模索し、なんとか間に合わせることができました。識別するための情報をインプットしておりましたので、聖堂でお逢いした際に、ようやくあのボイドノイドがアレックスさまであると理解したのです。ですが……」
すると、彼女は穏やかに目をつむった。
「あの時や、現在の心情をなんと表現すればいいのか、わたくしには未だによくわかりません。『あなたさまに強く興味がある』、と判断はできているのですが……。アレックスさまに対し、他のボイドノイドとは違う『親近感』を覚えるのです。現在のボイド世界とも、現実の世界にも属しきれていないという部分は、わたくしの現状と似通ってはいますが、それだけじゃなくて……」
言葉を出し切れぬまま、彼女は沈黙した。
――親近感――
確かに、彼女に対してそんな気持ちを感じているのかもしれない。
けれど初対面で親近感を抱くのは不自然で、そして単に親近感で片付けられないモノも心を満たしている。
……切なくて、だけどなぜだか嬉しくて。それに、『後悔の感情』にも通じる苦しみさえ――
「あの、アレックスさま。わたくしの『友達』に、なってくださいませんか?」
「えっ」
「もっと、お近づきになりたいといいますか、その。親しくなりたいのです。どうかお願いします……」
恥ずかしがるように目をそらした彼女。月夜の光が降り注ぐなか、その頬は若干赤らんでいた。
「うん、いいよわかった。友達になろう。だけど、なぜかきみのことを『オーロラ』って呼ぶのがしっくりこないんだ。自分でもよくわからないけど、想像と違ったせいかもしれない。……『呼びやすい名前』をつけてもいい?」
「は、はい。喜んで!!」
満面の笑顔になった彼女を視野に入れつつ、考えてみた。
女神の名前から『エオス』は。いや違う。いつか混同してややこしくなる。
AIの『オーロラ』と呼ぶのは違和感を感じたし。うーん、何かないか。
『オーロラ』。『オーロラ』……。
――ひとつ、思い浮かぶ。
その名前は、
どこか懐かしい響きがした。
「『ロラ』ってどうかな? オーロラの、ロラ」
「ロラ、ですか! その名前とても素敵です! ありがとうございますアレックスさま!」
「僕のほうは『アレク』でいいよ。みんなそう呼んでる。あとは親しみやすく呼び捨てのほうが嬉しいかな」
「はい、わかりました! ふふっ、これからよろしくお願いしますね、アレク!」
彼女――ロラは元気な声で、ふたたび笑顔をみせている。
おかしい……。
ロラの表情、声、姿を意識すればするほどに、否応なく心情が揺さぶられてしまう。心の深いところが疼き、くすぶり続ける。まるで抑えが効かない。
そして、いま。自分自身のなにかが、
――変わってゆく感覚がする。
ずっと、僕は後悔にさいなまれてきた――
母さんのこと? ――いや、僕は誰のことを――
これはなに?
僕は一体どうしたの。
いったい、なにが――なに――
――ちがう。
ちがう。チガウ――
かんがえなくていい。
もうなにも、かんがえなくていい――
両足に力を入れ、彼女の前に立つ
彼女の碧い瞳を見る。吸い込まれそうな輝きの、その瞳を
声なき言葉を、紡いだ
ずっと、後悔をしてきた
自らの業を責めたんだ
もうかなわない幻となったはずだった
きみに、逢うことが
哀しみをかさね続けたせいで、きみのことさえ、カケラになった
けれど、きみは……
うでを、広げる
ふたたび、抱きしめるため
この身が滅びても、僕が想ったひと――
きみは僕の、大切な――
「……せに、あ」――たいせつな、ひとは――
「セニ……。あれ……。僕、なにを?」
疼きが止み、よどんだ意識がはっきりしたときには、ロラを抱きしめようと腕をまわしていた。
「……? どうかされたのですかアレク。……わたくし、この仕草を初めて見ました。他者に腕をまわすことには、どういった意味が?」
どうやらロラは抱擁の概念を知らないらしく、不思議そうに目を丸くしている。
先ほどまでの僕は、なにをしていたんだろう。頭を巡らせても、記憶はぽっかり抜け落ちていて一向に思い出せない。
なにが起きたのか、なにを考えたのか、僕はなにを喋ったのか――
……喋った気がする。
そうだ! セニアだ。
「ねぇ、ロラ!」抱擁しかけの腕をおろす。
――はやく、あの子に逢わせたい。
「きみに逢ってほしい人がいるんだ! 『セニア』、きみが人工子宮で育てた女の子だよ」
セニアの母はオーロラだ。つまりロラが実体化したいま、セニアがずっと待ち望んでいた『真の意味でオーロラとふれあう』夢を叶えられる。
セニアの喜ぶ顔が目に浮かんだ。そして、母親としてロラ自身も、きっと待ち望んでいるはず――
――だと、思っていた。
「『セニア』。……誰ですか? わたくしは、まったく存じ上げないのですが」
◇関連話◇
会議(VRA統合会議)の際にオーロラが発したノイズ
(二章#008b 攻勢)
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(二章#012b DB-01_Plus-m)
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