#021b Different angle
大変お待たせいたいました!
極光の回廊、投稿再開です。もしよければ、今後ともよろしくお願いいたします。
期間が空いたこともあり、頂いたイラストと、当小説の設定・キャラクター紹介を記した『備忘録ライブラリ』を刷新いたしました。
「あれ、なんだっけ」と感じた際には、よければ覗いて頂けますと幸いです。
【備忘録ライブラリ】
https://ncode.syosetu.com/n6974dy
石造りの廊下に靴音は響いていた。せかせかと早足を保ち、足音の主がひとり暗い廊下を進む。積み上げられた石の壁の上部には、松明が等間隔に備え付けられ、人物を照らしては薄闇に返す光景を幾度も繰り返した。
目的の場所に人物はたどり着いた。使い古された木製のドアを、力任せに開け放つ。
「いったいどういうことだ!! 衛兵長、説明してもらうぞ」
「来られましたか、ラルフ卿。……今しがた当事案について、あらかた整理がついたところです。こちらへ」
人物――『暁の戦士達』のひとり、ラルフ・ドーンは、眉間に苛立ちを滲ませつつ部屋へ踏み入った。
――エオスブルク城内・集会室――
指示系統が異なる街の護衛組織、『衛兵』と『暁の戦士達』の双方が情報共有を行なう場所だ。実務を執り行なう場所のため質素なつくりを基とし、中央には粗末な木製のテーブルがある。壁掛けの蝋燭と暖炉の焔が、おぼろげに部屋を照らしていた。
ラルフは衛兵たちの上官である『衛兵長』に詰め寄ろうとした。が、すぐさまテーブルの男に気付いた。薄着のまま、イスに座る男。その両側を挟むように正式な装束の衛兵ふたりが立っている。
薄着の男は、縄でイスに縛り付けられていた。
「昼間に発生した、我が衛兵団から離反者が出た事案――具体的には、統率なく『黒魔術団の娘』を襲撃した者のひとりです。当事案の主導者はおりませんが、彼らは拘置所で代表者を決めたらしく……」
衛兵長が言葉をしぼませる。代表者を名乗る男は、鋭い眼光をラルフに向け続けたままだった。
衛兵長は騒動の経緯を説明した。
レイネ通りで黒魔術団出没の通報をうけ、『暁の戦士達』のラルフと『衛兵』たち双方の護衛組織が現場へ駆けつけるさなか、一部の衛兵が『黒魔術団の娘』らしき少女を目撃――そして、彼らは作戦行動を無視し、少女を襲ったことを――
事案の発生当時は情報が錯綜しており、そのうえ今度はリビ湖の酒場で、黒魔術団が集まったという情報が街中に広がる。
ラルフは酒場に急行して黒魔術団と戦闘を、衛兵長はラルフの援護と離反者を拿捕する指揮に追われることとなった。
結局、離反者への聴取は陽が落ちても進められず、ラルフはこの集会室を訪れるまで、正確な情報を得られていなかったのだ。
衛兵長が口を開ける。
「ラルフ卿、申し訳ありません。……兵の統率者である私の責任です」
「いや、こちらこそ声を荒らげてすまなかった。取り調べに礼を申したい。小娘への襲撃について真相を知ることができ、まずは良かっ――」
その時――
離反者の男が怒鳴った。
「なにが『良かった』だ! ふざけるのもいい加減にしろ。あの小娘にこだわりやがって、貴様にはうんざりなんだ、ラルフ卿め!」
「お前……! ラルフ卿に、『街の守護者の象徴』に向かってなんて口の利きかただ! 慎め」
衛兵長の制止する声を無視し、男は続けた。
「衛兵長には悪いですがね、言わせてもらいますよ。ラルフさんよ、俺たち衛兵団は毎度のこと、あんたにこき使われてきた。黒魔術団との戦いで俺たちは囮にされ、時には人間の盾になった。昔の仲間はそれでも我慢できたんだ。あんたら『暁の戦士達』は街の英雄で、どこまでも強かったからな。……だがいまは――」
男の話を、ラルフは黙して聞いていた。
壮年期にそぐわないくたびれた黒髪が額へ落ちた以外、彼はどこも動かなかった。
男は低い声で言う。
「あと少しで貴様のこだわりを殺せたのに、クソっ……。もう、市民にいつ気づかれてもおかしくないんだぞ、ラルフ卿。貴様は『お飾り』だ。貴様なんていなくたって俺たち衛兵団が街を――」
――粗末なテーブルが震える。
叩きつけられた拳と共に、僅かな木っ端が散った。殺気を帯びた顔が迫る。まばたきをしないラルフの黒い瞳は、気迫に押し負けた男の表情を、とらえ続けた。
沈黙が部屋を覆い、ラルフは睨むのをやめた。
「ああそうだな、君の言うとおりかもしれない。だが俺はやめん。あとな――」
「『あの小娘』は俺が狩る! 誰も、手をだすな」
――
――
塔の螺旋階段の内部は、松明が多いため深夜でも暗闇は少ない。外壁に空いた幾つもの覗き窓が『月夜のエオスブルク』を断片的にうつしている。
ラルフと衛兵長のふたりは、城に築かれたその階段を登っていく。互いに会話もなく、ラルフを先頭に両者の足音は鳴り続けていた。
「……。ラルフ卿」口火を切ったのは衛兵長だった。
「さきほどの我が……いや、我が兵だった男の不敬、あれは到底許されません」
「あなたさま『暁の戦士達』は、我が街の王、エドモント陛下の勅命を受ける存在です。あやつは街の守護者を侮辱しただけでは飽き足らず、間接的ながら王を愚弄したのです」一瞬の間をあけて、衛兵長は続けた。
「あやつは私の命で衛兵団を解雇させます。そして、重い処罰を――」
「無理にしなくていいぞ」
ラルフは立ち止まった。
「はっ?」
「処罰も解雇もしなくていい。あいつは俺に文句を言っただけだ。王の悪口じゃない。それから離反者全体の処分も、できれば加減してやってくれ。……彼らの言い分もわかる」
「……承知しました。お任せください」
「ちなみにだが、あんたは、俺のことをどう思ってる?」
「私は……。内心に拘らず役割をこなすだけであります。これがすべてです」
「……正直で助かるよ」
彼らは、歩みを進めなおす。
だが無言にはならなかった。
ラルフが口を開ける。
「集会室へ行くまえに知ったんだが、やつらの『リビ湖襲撃と、そのために小娘が囮役をした』という計画。情報流出元が不明らしいな」
「はい、現在においても判明しておりません。商店から商店へと広まった噂であり、真の発信者はいまだに」
「どこまでだ?」
「街で聞き取りを繰り返すと、『ある少年から』というものが比較的多かったのですが、その少年が伝えた内容も『他の人から聞いた噂』でありまして……。聞くに、彼は各商店の手伝いで生計を立てる孤児らしいです」
「少年、か」
「気になりますか? では身辺調査でも」
「いやいや大丈夫だ、やらなくていい。……まさかな」
そのとき、
「ん? なんだ、あの光は」
ラルフは覗き窓に目をやった。
窓の外。夜のエオスブルクのとある場所――
そこが、まばゆい閃光を発していた。
月夜と比べ物にならないほどに、強い光を。
「衛兵長! あれをなんだと思う」
ラルフは衛兵長に場所を譲った。
しかし、
「……そう言われましても。いつものエオスブルクでありますが。まあ今夜は綺麗な月夜で」
「そうじゃなくてだな! あっ、消えた」
ラルフの前で、閃光は消え入った。
「きっとお疲れなのでしょう、ラルフ卿。はやく居住塔へ」
先ほどの光景に後ろ髪を引かれつつ、促しに応えたラルフは段を登る。
彼が見た閃光――そこには、
アレクの家があった。
◇関連話◇
ラルフ初登場
(一章#07a 戦闘)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/7
(一章#08a 暁の戦士)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/8
黒魔術団の娘を、離反兵が攻撃した事案
(二章#018b 思いの先には)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/46
黒魔術団、酒場襲撃計画の情報流出
(二章#019b ふたりだけの場所)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/47





