#016b 女神エオス
人々は皆静かに、木の長椅子に腰掛けていた。活気溢れた大通りとは違った、厳かな雰囲気。
石灰岩やモルタルを使った聖堂内は、程よい採光により、柱や壁などを落ち着きある白色にさせている。見上げた天井はどこまでも高く、空間を支える梁は斜めにクロスしたアーチ状。一定の間隔をおき天井に渡されていた。
礼拝席を貫く身廊を進んで、空席に座った。視線の先には、極光をモチーフにした美しいステンドグラスが窓を彩り、段のついた神聖な場所『内陣』が見える。
内陣の入り口には人がふたり立っている。赤と真っ白な布地、金の刺繍を施した衣の『聖職者』たち。
そして彼らの左側から、宝石をちりばめた帽子をかぶる老人が現れた。聖堂の最高位『大祭司』だ。
ふたりの前に歩み出た大祭司は、参拝者たちを見渡し声を上げた。
「ではみなさま、暁の女神に祈りましょう。『エオス様の御心のままに』――」
――『エオス様の御心のままに』――
目を閉じた参拝者たちの祈りが、聖堂にこだました。
いきなりだった。
内陣の空中から、ひとつ、またひとつと光の粒子が現れくる。ステンドグラスの位置で漂い増えゆく粒子は、緩やかに集まると降下し、強い光を放ったとみると――
――女神――
断言していいほどに、美しい女性がいた。
真っ白な翼を背中に生やし、キトンを纏ったすらりとした立ち姿。衣からはだけた手足が長く伸びている。
鼻筋の通る顔立ちに少女のあどけなさを残すも、体つきは女性らしい曲線を見せつけ、ふくよかな胸がキトンの布地を盛り上がらせていた。
白い肌に青空のような紺碧の瞳は穏やかで、どこか眠たげ。艶やかな金の髪は胴まで伸びている。だがその色あいは常人のものと異なり、後光に透ける毛髪は、揺らめくごとに緑や赤紫の色彩にきらめいていた。まるで極光のように――
暁の女神、エオスと崇められた女性のビジョンは軽く膝を曲げる。参拝者も聖職者側からも、感嘆の声が漏れた。
大祭司は口を開けた。
「エオス様の降臨に感謝しましょう。皆さま、『礼拝』にお並びください」
――礼拝。
すでに調べてある。『女神のビジョン』に近づいて拝む行為だ。
周りの人々は、うっとりとした表情で席を立つ。老若男女の誰もが『女神』の神々しさと美貌に心奪われていた。
それは、なにも他人事ではない。目を瞑り、『やること』をもう一度思い返す。
――礼拝行為で『オーロラらしき』存在に接近し、周りから勘付かれないよう袖の中の端末でスキャンする――
身廊にできた列に混じり歩めば、一歩ずつ近づく内陣、そして『女神』。じわじわと緊張感が押し寄せてくる。
――そっと息を吐いた。
落ち着こう、逆に周囲から怪しまれる。
前の人が参拝を済ませ、『女神』の側にいる大祭司に促された。前にある二段をのぼると、内陣の床は真紅の絨毯になる。
光の粒子を纏わせて、出迎えるように輝く『女神のビジョン』。
絨毯の上を歩いて、触れられる距離に立った。慈しみの表情でいる『女神』を半ば睨むように見据える。
ついに、この時がきた。
微笑む『女神』に参拝者としてお祈りをする。お祈りの形は八次遷移の頃と変わらない。袖に隠した『アナライザー』は動作中。対象のスキャンは、順調に行なわれているはずだ。
この存在はただの幻影か、それともセニアの母なのか、もしもオーロラならば彼女に逢わせたい。
――と、なぜだか『女神』に別の感情を思う。
どこか、懐かしいような、嬉しくなるような……。
その時、
「――ふふっ、あなたでしたか――」
そう『女神』は言った。
……たぶん確定だろう。
このビジョンはオーロラだ。僕が他のボイドノイドとは違うのを知っている。スキャンもとっくに完了したはずだ。はやく帰ろう。
祈りをやめて内陣を出ようとした。
――が、
「エオス様!? いま何と仰いましたか!」大祭司だった。
「……これは、お告げだ。エオス様が少年に『あなたでしたか』と仰られた! そこの少年待ちなさい、君は神に選ばれし――」
ここに居座りたくないのに、血相を変えて詰め寄ってくる。
うるさい。
「んむ? 少年、その顔はどうかし……」
「……のせいです」
「いま、何と」
「あなたの気のせいです!! 僕はこれで失礼します!」
大祭司を振り切り、聖堂を出た。
歩くうちセニアと合流した。門の影で待っていたらしい。ふたりで広場を後にした。
「アレク、『アナライザー』を。分析はわたしの役目」
「わかった、……はいこれ」腕の端末を渡す。
「けどあの『ビジョン』はオーロラだと思う。僕に興味を持っていたし……」
「……そう」
微かな返事だけ。セニアは下を向いている。
彼女に何も言えないまま、ついに大通りに来てしまった。アムル街道の雰囲気と相反する、捉えようのない気まずさがつらい。
念願の初任務は完了した。だが嬉しい感情より、もどかしい気分がやはり勝っている。
街に帰ってから、ずっと悔やんでいた。
『誤解を解きたい』。
セニアの前に立った。
「ねえセニア、この前の話なんだけど――」
「……待って」
眉間にシワを寄せると、彼女は右手を自分の耳にあてた。
「……了解ですキャップ。……アレクの通信チャンネルと同期させます」
ノイズ音が頭の中に響き、ハワードの声が聞こえた。
〔アレク聞こえるか! 先ほどボイド内で『特異点』を確認した。もう一度君の力を貸して欲しい〕
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誤解
(二章#014b 展望ルーム)
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