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#015b 初めての任務


 木枠の窓に差すあたたかな陽が、明るく部屋を照らしている。


「ええと、魔術札の残りは、と……。補充するか……」

 自宅の木棚を開け、保管していた札をバッグへ詰め込んでいく。


「……あーぁ」

 ――思い返して、落胆の声がもれた。

 結局セニアの怒りを鎮められなかった。半ば追い出されるように、ここにいる。

 十次遷移後のエオスブルク。

 ハワードに命じられ『ふるさと』に帰り、もう三日が過ぎていた。



――

 帰ってきての三日は文字通りの『てんてこまい』。なぜなら、街の真相を知ったあの日から五日間も、街の住民にほぼ顔を合わさず過ごしていたからだ。

 つまりは、約束したはずの手伝いを五日、全くしていない――

 はやく謝りにいきたかった。

 だが我が家で最初にしたのは、倒れた木棚を起こす事。その最中も虚しさが募った。

 『もうひとり』いたら楽に起こせたはずなのだ。

 そのあと、街を隅々まで駆け巡った。


 ありがたい事なのか気恥ずかしいことなのか、どの雇い主の人も許してくれるどころか、いつも以上に心配してくれた。五日間も消息が途絶えた事と、以前の『追い詰められた表情』が皆に最悪の結果(・・・・・)を思わせたらしい。

 八百屋のおじさんに至っては、それに加えて「前よりスッキリしてるな、良いことでもあったかガハハ」と笑ってきた。

 理由は言えるはずなく、うやむやに終わらせた。

――


 気持ちを切り替えて息を吸う。

 嵐のような三日間は過ぎて、今日が久し振りの手伝いの日――

 そして運よく、待ちに待ったミラージュ隊員としての『初任務の日』なのだ。

 棚の上には以前と同じ配置で、ランプとペンダントを置いた。女神像はいらない。もともと母を弔うために祈ってきた。もしやるならペンダントか――


「母さん、行ってきます!」

 棚に飾る『黎明日祭の絵』がふさわしい――

 家を出た。



 石畳の街を歩けば『あの光景』がここにある。

 建ち並んだ商店や露店、客を寄せる店主に値切る人。遷移で変わった部分があっても、行き交う人の足音は、セニアと出会う前と同じだ。


「お、アレク今日は張り切ってるな」

 常連の肉屋が声をかけてきた。


「はい! ちょっと『大聖堂』まで」


「ほう『女神さま(・・・・)』か。美しさに見惚(みと)れてボーッとするなよ! はは」


 「そうします!」と肉屋に手を振り、聖堂がある大通りへ向かった。



 ハワードから依頼された任務は『ある対象』の調査。十次遷移後に発生した『女神のビジョン(幻影)』だった。

 統合会議中に起きた十次遷移のボイド(暁の街)をマヤ博士がスキャンしたところ、聖エオス大聖堂に以前よりもボイドノイド( 人型 )が集まっている現象が確認された。しかも聖堂内には異質な信号があり、会議中にオーロラが送ってきたノイズと似通っていたのだ。これをハワードは、『オーロラがボイドに現れるようになった』と考え、調査を行なうと決めた。

 だがセニアなど通常の隊員はこの調査に向かない。ボイドノイドは些細な事で隊員を『黒魔術団』と認知するため、人目を避けるのが通例である。だからこそ、ボイドノイドであるアレクがこの調査任務に最適だった。


 嵐のような三日間で、アレクは人づてに聖堂の情報を集めた。

 ――聖堂に現れるのは女神『エオス』を名乗るビジョン。二日から三日の間隔を開け、昼の聖堂に現れる――

 前回の出現日を聞くに、今日が『その日』だった。


 歩きながら、期待に胸がふくらんだ。

 もしも女神エオスのビジョンがAIオーロラの化身なら、ミラージュの悲願である『オーロラとの交信』が叶う。

 そして、彼女とも――


「……久しぶりねアレク」

 気付かぬうちに、左には少女の気配。凛とした声で誰か分かる。

「セニア、……そうだね」


 聞こえた声色が低い。彼女はまだ怒っているようだった。

 ちらりと目をやると、セニアの服は以前のフード付きマントではなく、街の女性にとって一般的な亜麻(リネン)製のブラウスを着ている。膝が隠れる程度の黒いスカートと、レース状の黒ケープがアクセントとなっていた。


「あんまり見ないで……。まわりに溶け込めないから」


「そうだった……ごめん」

 目線を合わさずに、ふたりで大通りを進んでいった。


 セニアがわざわざ来たのは理由がある。

 ため息をつきながら彼女は言った。

「はいこれ、『アナライザー(分析端末)』。今回の任務用に博士が改造したの。もう起動してるから腕にはめて、服の袖で目立たなくしてちょうだい」


 セニアが使うキャスケット(ダイブポッド)の『旧左腕ユニット』は、現在もアレクと繋がっている。通信機能の一部分はアレク自身が使えるように調整されたものの、調査に必要な機器や主な通信は、セニアから提供してもらうしかない。


「……ありがとう。使わせてもらうよ」

 切れ込みがある腕輪型の端末を、そっと腕にはめた。


「セニア、……やっぱり怒ってる?」


「……。任務に集中しなさい」


 視線を合わせないセニアの眼差しは、任務に集中する『ミラージュ』隊員の表情。そして『黒魔術団』の少女の顔だ。

 すでに僕は『黒魔術団』の一員――


 もう後戻りはできない。

「わかった。僕に任せて」



 『聖エオス大聖堂』は、丘陵を囲む大通り『アムル街道』に面している。丘陵の東、通りの内側に鎮座する聖堂の荘厳さは、近づく間にもひしひしと感じた。


 大通りから分かれた道、広場の先にその建物がある。

 曇りなき白亜色の外観、飾り柱と美しいアーチ。二つの塔に挟まれた聖堂の入り口には金の飾り線が施され、参拝者を迎えるかのようにキトンを身につけた女性の像が彫られている。おそらく、あれが『エオス』なのだろう。

 セニアと会う前の八次遷移はもとより九次遷移の頃よりも、聖堂は神聖さを増していた。


 セニアと広場の前で止まり、目配せして別れる。

 ここからは単独行動。

 他の礼拝者と混じり、ついに聖堂へ足を踏み入れた。



◇関連話◇


暁の街

(一章#01a 暁の街と少年)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/1

(一章#02a 遭遇)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/2

暁の街 遷移後

(一章#27a アカツキ ノ マチ/あるいは少女の決心)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/27

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