#013b 父親
ハワードの婚約者であったエリーはミラージュ隊員。ボイドにダイブするために派遣された研究員だった。
ミラージュに志願した大勢の人間が召集された初日、副司令官のハワードと、研究員のエリーは互いを見つけ驚く。
ふたりは幼馴染みだったのだ。
「知り合いはもうひとりいてな……。『ルイ・フルトマン』、あいつとは軍に入隊した時から親友だった。あいつも若くて、髪もあったよな……」
三人の仲は良好で、ボイドのダイブが決行されるまでの余暇を共に過ごした。昔話を語らい、時には飲みに行った。
「そのうち、ある感情を思い出した。子供の時から私はエリーを好いていたんだ。そして、ルイもいつしか、彼女に恋心を抱くようになった」
ハワードとルイは、エリーに対するお互いの気持ちを知る。そして話し合い――
「最終的にエリーに告白するのは私となった。……ルイが諦めてくれたんだ。『彼女を幸せにしてくれ』とな……」
エリーへのプロポーズは成功し、程なくしてふたりは婚約した。
――だが、幸せは長く続かなかった
「初調査の期間中にルイが、『ボイドにおかしなノイズがある』と私に言いだした。あいつは今後の調査中断を求め、私は副司令官の権限で拒否をした。『単なる気のせいだ』とあいつをあしらったんだ。……そして調査中、あの事故が起きた」
ノイズはボイドへの無知な過干渉が原因で、『破壊的な遷移』が発生する兆候だった。ダイブ中だった当直隊員は『一次遷移』に巻き込まれ、神経組織を壊された全員が死亡。
エリーもその一人だった。
彼女が遺体袋に収められるさまを、ハワードとルイは見つめるしなかった。
「最期までエリーはボイドが好きだった……。いつも言っていたよ、『ボイドは人類の希望。ボイドノイドたちも優しくてまた行きたくなる』と。……だが、私はルイの忠告を無視したことで、彼女を守れず、死なせた……」
ルイはハワードを責めたて、その後ボイドとミラージュを潰すため『ミラージュ解体派』の筆頭となった。一方ハワードはミラージュの再建を選んだ。
しかし、事故のショックは世論を『ミラージュ解体』へと向かわせる。解体は時間の問題だった。
だが、『ある出来事』が流れを変える。
オーロラだった。
「遷移後、オーロラがある施設を再始動させた。セニアが眠るあの子宮ポッドの施設。誰もが忘れていたあの場所を、オーロラは人々に『教えた』んだ。私はこれを『オーロラからのメッセージ』と捉えようと思った……」
追い詰められていたハワードはこの一件に目をつけ、上層部を会議所で説得した。
――オーロラは『ミラージュ隊員を絶やすな』とメッセージを送ってきた。子宮ポッドの子は『オーロラの落とし子』である。我が隊員として、ボイド調査の戦力とする――
この演説は、上層部やVRA全体にその場しのぎの効果があった。ハワードの主張通り、ミラージュは存続を許された。
冷凍休眠により、子宮ポッドで唯一生存した胚は施設を再始動させたオーロラにより解凍済み。十ヵ月後、元気な女の子が産声を上げる。
厄災から二九年――人間に捨てられた少女はAIに救われ、
再び人間に利用された――
「私はセニアを利用した……。だが、あの子を愛していることに変わりないんだ。オーロラの娘を預かっている以前に、父親として大切な娘に相応の幸せを与えてやりたい。しかし」その声は、くぐもっていた。
「……あの子を見ると、エリーを思い出してしまう……。エリーと似た琥珀色の瞳を見るたびに、自分が救えなかった命の重さが、あの日々が私を苦しめる」
「六年前、ボイドで実動部隊に暴力を受けあの子が危険な目にあっているときも、ダイブが恐怖で、助けてやれなかった。……ずっと娘を悲しませてきた。私は、私は酷い親なんだ……」
静かな四〇三号室――
喉を詰まらせ、彼は泣いていた。
暴力騒動後、ハワードはセニアに思いを記した『手紙』を渡そうとした。だが手紙を渡す事はできず、手違いで『セニアの出生データ』――暴力騒動を収めるための統合会議資料――を四〇三号室に落とし、彼女はそれを読んでしまったらしい。
「……教えてくださり、ありがとうございました」
――『わたしの母親はオーロラなの。わたしは、いつもひとりで……』――
彼女が抱く苦しみを、僕はようやく知った。
だからこそ、セニアの助けになりたい。これが毎度の『おせっかい』だとしても。
本当はあるはずの幸せに気づいて欲しい。彼女には、やっぱり笑顔が似合うから。
だから、
「ハワードさん、……思いをはっきり伝えましょう。今朝、セニアはうなされていました。おそらく『過去のトラウマ』の夢を見たんだと思います。……これ以上、彼女が苦しまないように。僕も手伝います」
◇関連話◇
ミラージュ結成、ファーストコンタクトの事故
(一章#11a Xenia)
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(一章#15a 極光の回廊 Ⅰ. AURORA)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15
(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16
セニアの過去
(二章#010b 少女の記憶)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/38
『わたしは、いつもひとりで……』
(一章#23a 喧嘩)
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(一章#12a 再会)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/12





