#012b DB-01_Plus-m
太陽嵐の厄災が地球を襲う一年前、とあるベンチャー企業が、事業の試験運用のため被験者を募集した。
――人工母胎プロジェクト――子供の妊娠と出産を『子宮ポッド』と呼ばれる装置に肩代わりさせ、クライアント夫婦に『楽をさせる』ビジネスである。
ハワードは続けた。
「命のゆりかごは、人工の器であっても上手くいく。我々の世界はそれを導き出しビジネスとして実現させた。プロジェクトのうたい文句は、『妊娠の苦労と制限、出産後のスタイル変化をゼロにする』。『子供は欲しいけどパートナーと自由に暮らしたい、そんなあなたへ』。……ニーズはあったそうだ」
企業に多額の援助をおこなっていたのはミンカル社。子宮ポッドなどの装置製造と安全対策、AIオーロラを利用したシステム管理も任されていた。
「試験運用の段階でも、参加費は一般人が手を出せないほど高額だったらしい。エントリーしたのは富豪や有名人だ」
募集は終了し、名乗りを上げたペアは十組。
その中に、セニアの『遺伝元の親』がいた。
女性は東欧出身の映画スターで、スタントもこなすアクション女優。
男性は、記録更新を何度も繰り返した有名メジャーリーガー。
合衆国で出会い、熱愛ぶりが有名なふたりは結婚後すぐプロジェクトに参加した。ふたりは女の子を望み、名前もすでに決めていた。
「セニア――名の由来は、原子番号五四のキセノンからきている。キセノンガスを詰めたキセノンランプの発光は、夜空に現れるオーロラの発光現象と同じものだ。遺伝元である彼らは、『安全な世紀の天体ショー』として話題をさらっている巨大オーロラと、人類の英知であるAIオーロラの二つにあやかって、あの子をそう名づけた」
人工母胎プロジェクトには追加できるオプションが存在した。セニアに対し追加されたオプションは、二種類。
名称は、DB01とプラスエム。DBとは『デザイナー・ベビー』の略だ。
「アレク、実は人間もボイドノイドも、『情報』によってつくりだされている。君たちボイドノイドは電子情報のパターンであり、我々は細胞の中にある遺伝子『DNA』のパターン、ゲノムの情報だ。情報の僅かな違いや遺伝子の発現具合によって、個性や外見が決まる。……『デザイナーベビー』とは、その情報をデザインし、依頼者の望みどおりの『カタチ』にした子供のことだ」
DB05まであるDBオプションのひとつ、01は『もっとも洗練されたわが子』を意味する。両親の望む、優れた遺伝情報を受け継いだ子供を、ゲノム編集でつくるオプションだ。
デザインにはAIオーロラの処理能力が使われた。
夫婦のゲノム情報をAIオーロラが解析。データベースと比較し、優れていると判断した遺伝情報を、発現の因果関係も含め演算し要素をピックアップする。次に、依頼に見合った容姿と身体能力、知力を子供が持てるように整理と再抽出がされた。
そしてオーロラは選別した夫婦の受精卵のひとつに『クリスパー・キャス』システムを用い、ゲノム情報を書き換えていった。
母方の持つ、琥珀色の瞳に淡いアッシュブロンドの髪を持つ美貌、しなやかな肢体と機敏に動ける瞬発力を――
父方の、持久力や動体視力を――
ゲノム編集はミスもなく、DB01は依頼どおり完了した。
「もうひとつのオプション『プラスエム』は、エネルギー代謝の主体である器官、『ミトコンドリア』のDNA(mDNA)情報に改変を施すオプションだ。身体能力を大きく底上げするゲノム編集を、彼らは要望したらしい。これも成功裏に終わった」
受精卵は胚へと成長し、人工胎盤がある子宮ポッドへ移された。経過は順調だった。
しかし――
「……依頼したふたりは、突如離婚した。豪華なハネムーンでひどく不仲になったのが原因だそうだ。熱愛振りは一変し、結婚生活は一年にも満たなかった」
離婚調停のなかで問題となったのは、『子宮ポッド』で育つ胚の親権。
双方とも受け入れをしぶった。結婚の熱だけで申し込み、いまや冷め切っているふたりには、子を持つ意欲も実感も持ち合わせていない。
決まらぬ内に胚は成長を続ける。親権がはっきりとするまで、セニアと名づけられた胚は冷凍休眠される事になった。
その後、結論が出た。
『双方は、胚の親権を放棄する』。
プロジェクトの規約によって、生成胚は廃棄処分が決まった。
廃棄日は二〇四九年の九月二〇日。
だがその三日前に、予期されていない二度目の太陽嵐が人類を襲った。
対磁気嵐シェルターと同程度の能力をもつ人工母胎プロジェクトの施設は無人状態で生き残り、冷凍休眠された胚は、眠り続けた。
時は流れ、人工母胎プロジェクトは人々から忘れ去られていった――
「……あの子には遺伝元の人間がいる。が、真の意味で愛されていなかった。ふたりは厄災後行方不明だ。もし生き延びていても、今は死んでいておかしくない年齢だな」
そう言うと、ハワードは下を向いた。
アレクは戦慄し固まっていた。
――人間を機械に産ませ、子供を望みどおりに『つくり変える』――
セニアの出生は、彼にとって想像を逸脱した衝撃でしかない。
あの凛々しい姿、素早い身のこなし、マヤ博士が言った『血筋』……。
彼女は人の姿を成す前から人間にもてあそばれ、捨てられた。それは無責任であまりに惨い仕打ち。
顔も知らない遺伝元のふたりに、ふつふつと怒りが沸く。だが歯を食いしばっても、向ける矛先はもはや存在しないのだ。
それに、ハワードからまだ知りたい事があった。
「ハワードさん。休眠状態のセニアは、なぜ生まれることができたんですか? 誰もが忘れた場所なのに、どうして」
開く口は重い。
「ああ、それは十六年前、『ファーストコンタクトの事故』から始まった。あの頃、私も少しは若かったな……」
――厄災から二九年後の二〇七八年。オーロラに発生した『何もない領域』のボイドに世界が生じた。それを調査するため、VRAと調査部隊ミラージュが組織される。
「実は私にはフィアンセがいたんだ。まあ事実上結婚したようなものだった。名は『エリー』、聡明で美しい女性だった」
思い出しながら綻ぶ顔は、寂しく幻影を見ているようだった。
※クリスパー・キャス(CRISPR/Cas)システム
2010年代に世界で発表された、三種類目のゲノム編集技術。2018年現在有名なのは『CRISPR/Cas9』や、それの問題点を改善した手法。
過去の手法より安価であり、効率が良いとされている。
(素人が調べているので、詳しい方の修正をお待ちしております)
活動報告にも記載いたしました。ご覧いただけると嬉しいです。
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/954126/blogkey/2028990
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◇関連話◇
エリー
(一章#21a 局長室)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/21





