#011b 義父と少年
――アレクは呼びかけ続けた。
「――……セニア! セニア、ねえ大丈夫!?」
セニアはベッドでうなされている。額に汗をにじませ、苦しそうに胸を上下して。
統合会議が終わり、セニアと四〇三号室で床に就いた。翌朝アレクが目を覚すと、彼女は眠ったまま息を荒げていたのだ。
セニアから聞こえる、かすれた声。
「……あなたにいつ逢えるの……」
そして瞼が開く。
双眸に涙を溜め、セニアは重そうに身体を起こした。
寝汗で乱れた髪、涙跡を残す頬。昨日はあまり眠れていないのだろう。苦痛に心と身体を痛めつけられたようだった。
「……アレクおはよう。よく眠れた?」
それでもセニアは気にかけてくれた。
実はアレクも『悪夢』を見ていた。四〇三号室へ初めて来たときと同じ、暗闇をただ駆け続ける不気味な夢。
だが、こんな夢はセニアの悪夢の比ではないはずだ。
だから――
「僕は大丈夫、けどセニアはうなされてたよ。一体どうしたの?」
「……わたしは夢を見てて、昔の……。ごめんなさい……」
そう言うと、押し黙って下を向いた。
朝の支度を終えたセニアは、簡易ベッドから離れたソファーに座っている。異様に静かな部屋で、ぐったりとした彼女の後ろ姿に声を掛けづらい。
気まずさに負けて、アレクは外の景色に目をやった。そしてあることに気づいた――
「うん?」
外の様子がおかしい。
二〇九四年の世界『バージニア州の街』は、無機質な建物がポトマック川の対岸からはるか遠くまで建ち並び、地平の形さえ変えている。しかしその無機質な世界でも、どこか活気のようなエネルギーが感じられて、以前の道には高速で動くモノが走っていた。
でも今は、『ただ無機質な』景色があるだけ。
眠っているうちに街で何かがおきた。 いや、まさか昨日から――
――スライドドアが急に開く。
いたのは、ハワードだった。
彼も疲れた表情をしていた。
セニアを見つけ、言葉に詰まりながらも話しだす。
「……セニア。ああ、また無断で入ってしまったか、すまない。今日はその――」
――セニアは部屋を出ていった。
身体を思いきりハワードにぶつけて。
そして、
二人だけが残された。
「……まあ、今回はその方が良いかもしれん」
閉じたスライドドアを見つめ、ハワードはつぶやいた。
「アレク、眠れたかね?」
「……少し嫌な夢をみましたが、眠れました。僕は大丈夫です」
「ならよかった。二度の遷移で君に影響がないか心配だった」繕ったように笑みを浮かべた。
「実はな、遷移後この地域の電力網システムが前例より長く停止している。オーロラがシステムをバイパスするまで待っている状況だ。だがこのVRAビルに影響はない。理由はオーロラから直に電力をもらっているからだ、安心してくれ」
ようやく昨日から続く違和感が分かった。
昨日の夜に感じた違和感は、『停電』で煌々とするはずのビル群が真っ暗だったから。そして日が昇った今でも、遷移の影響は人々を苦しめている。
セニアも、また――
「ハワードさん。あなたに言いたいことがあります。あなたとセニアの関係についてです。」
「ああ、私も君に伝えるため、ここに来た。セニア……私の娘との過去を」
ハワードは、ゆっくりと語りだした。
「私の娘、セニア・オーウェンは血の繋がっていない養子だ。だが、セニアには『お腹を痛めて産んだ』人間がいない」
「……。『いない』ってどういうことですか? 子供を産むには、人間の女の人が必要ですよね」
理解ができなかった。人が人を産まないなら、誰が彼女を――
「四五年前の『人工母胎プロジェクト』……。セニアを産んだのは、オーロラが管理制御するミンカル社製の『子宮ポッド』だ。あの子は人が産んだのではなく、機械であるAIが造りだし産んだのだ」





