#007b VRA統合会議
――重厚なドアが音もなく開く。大きな空間がそこにあった。
まぶしさを抑えた白の壁。対向した机と奥には背の高い長机。静けさと、刺すような視線の中を進んでいき、所定の場所で台は停まった。
その場にいる全員が席に腰を掛け、長机に座る老人の一人が宣言する。
「これよりVRA統合会議、『ボイドノイドの所有権確認審議』を開廷する」
――この戦いが、僕の運命を決める――
アレクは震えるような深呼吸をしながらも、VRA局長補佐『ルイ・フルトマン』をじっと睨んでいた。
廊下でルイと鉢合わせしたあとハワードから聞いた。彼がミラージュとボイドを潰そうとしている『解体派』の旗振り役、そしてこの会議の原告だと。
視線に気づいたルイは、不敵に口角を吊ってみせた。
会議の下準備、審理官の老人たちの代表が会議のお題目を発表している。
統合会議は弁護役兼被告側と検察役兼原告側、VRA上層部の更に上部の老人たち五人が取り仕切る審理官側に分かれて行なわれる。
審理官の老人たちは解体派の一員。だがハワードから聞くに、彼らはルイほど頑なでないらしい。
今回の統合会議は通例と違い非公開だ。ボイドノイドの出現事案は、世間の混乱を考え隠匿される。
アレクがいるホログラム台の位置は証言台の右横、ハワードたち被告側と原告側のルイを見渡せる位置に置かれた。この世界で『ボイドノイド』はモノ扱い。審理官の命で被告側への配置を拒否された。
被告席のセニアが心配そうに眉をひそめている。自分は大丈夫、と彼女にうなずいた。
気を引き締めていこう――
セニアと帰るんだ。
双方の宣誓も終わり、
ついに審議が始まった。
まず原告側、ルイの主張。
証言台に立った彼はアレクに見向きもしない。
述べた内容は、『ボイドノイドの所有権は上層部にある。ミラージュはこれを明け渡せ』。ハワードから事前に聞いたものと同じだった。
次は被告側の反論だ。ミラージュの代表者、ハワードの声が会議所に響く。
「『ボイドノイド』が現れ、皆さま不安だったことでしょう。大丈夫です。『アレックス』は我がミラージュの活動に協力することを、固く約束してくれました」
審理官たちがざわつく中、ハワードは続けた。
「ボイドは発見当時から人類の希望であります。オーロラを覗くことができる稀有な『接点』であり、『文明の方舟』計画でオーロラにプールされた様々な情報を持ち合わせる、まさに『人類の財産』なのです」
「ボイドの正体を我々ミラージュが解明できれば、ボイドの遷移事象の制御が可能になり、かつオーロラとの交信に大きく近づけます。つまりは四五年前から続く悲劇から脱せられるのです。ボイドを潰すのではなく、共存すべきです」
ハワードがアレクに目を向けた。
「アレックスは、『ボイド世界と我々の世界の両方を守りたい』という意志を伝えてくれました。ボイドの一部である彼を信じ、ミラージュに所属させることを求めます」
その時――
「……バカらしい」ルイだった。
「我々のオーロラをどこまでも壊すボイドを信用するとは、常軌を逸しているな」
「局長補佐よ、静粛に!」
審理官が注意し、ルイは不満な顔をした。
正式な反論を認められ、ルイが証言台に立つ。
ひと呼吸つき、彼はハワードを見据えた。
「あなた方ミラージュは十六年もの間、人類とオーロラを救うために尽力してこられました。……では、それによって得られた『成果』はどこにあります? ……そうですよ、あなた方の成果など存在しない!」口調が厳しい色に変わった。
「ボイド潜入調査部隊『ミラージュ』の得た成果はゼロ。いやファーストコンタクトの事故で、取り返しのつかないマイナスだ。この部隊に存続価値はない!」
ルイは審理官たちに、語気を強めた事を謝ると発言を再開した。
内容は『アレクを所有した場合どうするか』だ。
「我が『ミラージュ解体派』は、このボイドノイドを『ボイド破壊システム』の構築のために利用いたします。これまで必要なサンプルがなく机上の案でしたが、これを所有できれば実験に移れるのです」
「現在のボイドは潜入したミラージュ隊員らに対し、免疫のような拒絶反応を示します。これを逆手に取り、自らに強い反応を引き起こすプログラムをサンプルで実験し構築。感染させることで、自身を攻撃し続けたボイドは跡形もなく破壊されます」
「……そんな!」
衝撃の答弁――
この男が勝てば、街の破壊だけではなく自分は『実験台』。横で淡々と訴える様子に恐怖が更に膨らんだ。
突如マヤが立ち上がった。
「ダメです! その案は非確実で、オーロラにもダメージを与える可能性がある。あなた方のやることは本末転倒だ!!」
審理官がマヤを注意し、ルイはあざ笑うように再び口角を上げた。
「当案を発表した十五年前にも同じことを言っていましたね、マヤ博士。本当にあなたは変わらない人だ。……ボイドを守りたいだけなのは見え透いていますよ」僅かに息を吐く。
「VRA参入時からボイド調査に誰よりも執着している、あなたには止められたくない。……あなたは、なぜそこまで『あれ』にこだわるのですか? 当時の必死さを見るに『ホログラム技術の研究』だけが目的ではないはずだ」
「い、イヤ……。それ、は」
マヤは途端に口ごもり、――最後には座ってしまった。席に着いてもなお彼女は動揺している。
この人は何かを隠している。
アレクもそう感じた。
ルイは答弁を続ける。両腕を広げ、審理官たちに訴えかけた。
「皆さまご存知のとおり、VRAビルの電力は『オーロラからの盗電行為』で成り立っています。ボイドは厄災前には想定されておらず、これを調査する組織や施設はオーロラにとって『管理上の死角』、盲点でした」
「人類は管理外であるボイドに可能性と希望を抱いていました。ですがそれも過去の話。もはや誰もが幻滅し、この領域を捨てたがっているのです。……人類の繁栄に欠かせない『道具』にかじりつく『虫』など、殺す方がふさわしい」
アレクを見下ろす冷酷な眼差し。ルイの表情に、身体の芯が凍りついた。
視線を移したルイはハワードを睨む。
「VRAの管理者、世界の代表である我が上層部が『サンプル』を使う、これが道理だハワード。貴様が足掻けないようボイドを潰してやる……」審理官へ言葉を締めた。
「局長補佐ルイ・フルトマンは、改めて『ボイドノイド』の所有権を主張します。私からは以上です」
満足そうに原告席へ帰っていくルイ。対して被告側のハワードは苛立ちをあらわにしている。余裕の差は歴然だ。
成果を得られないミラージュが訴えた『過去の理想』より、ルイの語る『解決策』の方が現実的に感じたのだろう。審理官たちが互いに目配せをしていた。
冷静さを失いかけたハワードとマヤのそばで、セニアが不安を募らせている。
会議は始まったばかりのはず。
だがこのままだと、ミラージュは負ける。
そして負けたならば、僕は……。
「では次に、再度被告側からの答弁を――」
審理官が発言した最中だった。
――突然のアラート――
会議所は緊張に包まれた。審理官のひとりがおののいた。
「まさか……、『遷移』だと!?」
◇関連話◇
ミラージュについて
(一章#15a 極光の回廊 Ⅰ. AURORA)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15
遷移について
(一章#16a 極光の回廊 Ⅱ. Void)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/16
(一章#26a 消失)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/26





