#005b MINCAL Inc.
※あくまでフィクションです
「――さて、と。……キミから聞くことは済んだかな。あとは」
マヤがアレクに向き直る。
彼女の表情は、能天気な色と違う影があった。
「この世界のお話。『太陽嵐』の厄災を受けたワタシたちの世界をちゃんと伝えたいんだ。ハワードさんが教えた内容には、いい加減な部分がある……。まあ仕方ないかもね。あの人の場合、三歳だったから」
語ったのは、AI『オーロラ』を造った『ミンカル社』についてだった。
「ハワードさんは確かミンカル社を、『IT企業最大手』とキミに教えていたよね。『企業』とか『IT』のことは、ワタシが教えたから良いとして、問題は最大手の部分だ」
「あの人は勘違いしてる。確かにIT産業を生業とする企業は厄災前に幾つもあった。だけどそれらはみな看板を掲げているだけで、すべてミンカル社の傘下だったんだ」
長い黒髪のマヤは目を閉じる。
四五年前より昔、
『厄災と混沌の十ヶ月』に、世界が閉ざされるまでの記憶を思い返すように――
――いつの時代でも、人々は願いをもつ。
自らには快適で安全な生活を求め、同種と認知する仲間とは、人類の持つ本能的行動により、手に入れた幸せを分かち合おうとする。
二十一世紀の初頭から中頃にかけ、人々は『情報産業』という夢のツールに幸福を感じていた。
そのツールの発展に多大な貢献をもたらし、国境を越えどこまでも拡大していった存在が『ミンカル社』だった。
自身もエンジニアでありながら、ミンカル社二代目CEOの『テッド・クレイン』。
彼のカリスマ的経営、先進的な技術開発、他企業の買収や合併を躊躇せずに行なう姿勢は、時代に大きな変革をもたらした。
組織体である企業が諸大国を超える財力を持ち、国際政治の運営を一任されたのだ。
「当時の国家らや国連の政治運営はひどく停滞しててね、どのリーダーも世界を引っ張っていく力がなかったんだ」
マヤは続けた。
「ミンカルは急成長を続けて、さまざまな企業、組織を傘下にしたんだ。IT企業だけじゃない、……別業態の企業に民間運営のライフライン、軍事関連企業も手駒にして。そうやって不可侵の独占化を達成できた」
「あの企業は『独自』の通貨さえ持ってたんだ。国家が流通させる貨幣とはまったく種類が違う、国や組織に属さない『電子仮想通貨』がそれ。組織に属さないというのが売りのお金だけど、流通ネットワークを担っているのは事実上ミンカルだからね……」
何もかもが繋がり、あらゆる情報を分かち合う社会――
その役目を巨大企業に任せた世界において、彼らの力は絶対的なものとなった。
「彼らはこれまで培った技術を総動員して、全能を目指したAI『オーロラ』を五〇年前に発表した。けど技術やノウハウはブラックボックス。外部の人間だけじゃなく、社員のほとんどにさえ公開しなかったらしい。ワタシたちが楽に生活できた代わりに、ミンカルのテッド・クレインCEOは『世界の手綱』を握ったんだ……」
彼女は何かを噛みしめるように、口を真一文字に結んでいた。
AIオーロラの高度な問題解決、予測能力の恩恵を世界が享受していたある日、オーロラから突然の報告があった。
――〔三年後の二〇四九年、九月一六日。太陽からX五七の『キャリントン事象級』を超える太陽嵐が発生。一七日には地球で『荷電粒子放出』による磁気嵐が生じ、人類の生命と財産に致命的な被害をもたらす可能性が高い〕――というものだった。
「ニュースを聞いた時は誰もかもがビックリしてたけど、ミンカルの対応は迅速かつ効果的だったよ。ワタシたちの世界で言うところの『ノアの方舟』だ」
もともとオーロラには様々なアクシデントに対応できるよう、構成演算素子に強力なプログラム修正能力を持たせていた。その上独自の水素ジェネレータを電磁波の届かない深層部に内蔵している。
テッド・クレインCEOは、人類がこれまで培ったあらゆる技術や情報をAIオーロラの中にプール(溜め込み)する事で、この危機を乗り越えようと人々に訴えかけたのだ。
世界中の人間がこれに賛同。AIオーロラに『文明の方舟』という新たな使命が与えられた。
そして、予測から三年後――
「あのオーロラは本当に美しかった……。AIの予測どおり太陽嵐が発生して、世界の夜空は鮮やかに舞う光に包まれていた」息が小さく漏れ、彼女は瞼を閉じた。
「三年前からの予測のおかげで被害は最小限、廃棄に回らなかった一部機器の故障だけで済んだ。その後磁気嵐も消滅してAIオーロラは再起動と修復を開始。ミンカル側も、各地の『対磁気嵐シェルター』に許容量以上まで詰め込んだ様々な自社製品を、急いで各地に配布した。すぐに製品が届いたことで、僅か一日強で世界はほぼ元に戻ったんだ」
聞き入っていたアレクは口を挟んだ。
「えっ、大災害にならなかったの? どういうこと?」
「そう、厄災は免がれた――」重い口が開く。
「不意の『二発目』がなければ、ね……」
世界の営みが戻った次の日――
AIが予測しなかった『第二の太陽嵐』が地球を襲ったのだ。
修復途中のAIオーロラは完全に沈黙。
世界のネットワーク、インフラ、医療、国連の管理システム――世界に張り巡らされた、あらゆるモノが一切の機能を停止した。
急ピッチで仮架設された送電線は電磁波による過電流で発火。発電所も破損し、世界から電気が消えた。
ミンカル社が配布した様々な製品にも過電流は流れた。故障あるいは内蔵の二次電池により発火し爆発を起こす。
消化装置のシステムもまともに動かない世界で高層ビルは炎に包まれる。二次電池を搭載した自動運転車は、ハイウェイを地獄絵図に変えた。
「火災は夜に収まった……。何もかも壊れた世界で、オーロラだけが夜空に輝いていたよ」
声は僅かに震えていた。
太陽嵐の厄災は過ぎ去ったが、次に人類を襲うのは『混沌の世界』だ。
食料を生産する工場は動かず、水道設備も機能しない。正確な情報を分かち合う手段を失った人々は、自らの安全を守るためだけに行動した――
「……ぞっとする十ヶ月だったよ。出所のわからないウワサもあったけどね」
日々だけが過ぎていった。ひと月、またひと月……。
混沌の世界は永遠に続く――
そう思われていた。
しかし、
「AIのオーロラが奇跡的に復活したんだ。おかげで、混沌の世界から人類は解放された。だけどこの十ヶ月で、世界の人口は八三億から七一億人、つまり一二億人も亡くなった……」
多大な犠牲を負いつつ、人類は再び文明的な生活を送ることができた。
だが回復したオーロラは不完全だった。過去の指令――四五年前の指令を繰り返し、外からの指令をまったく受け付けない。サブシステムの『簡易モード』が、二〇九四年の人類を今日まで生かしていた。そのオーロラもボイドによって――
――
「まあ、……こんなカンジかな。懐かしい話ができたよ」
穏やかな顔でマヤが言った。
アレクはじっと聞いていた。
彼女から多くの事を知った。ミンカル社や厄災の事……。すべて理解するには時間が掛かりそうだが、この世界を知るには貴重な証言だ。
――そう、『証言』。
「何か聞きたいことない、アレク?」
見つめてくるマヤ。
二つほど質問があった。
「はい、二つあります。ひとつは――」あの企業の事。
「ミンカル社はどうなったんです? オーロラを直そうとしなかったんですか」
「……ミンカルは、オーロラを直せなかった。いや、正確には『ミンカル社』は厄災で跡形もなく消えたんだ」
一回目の太陽嵐から人類を救ったミンカルの幹部や多くの技術者たち。彼らは太平洋上でパーティーを開いた。場所は豪華なクルーズ客船、CEOも遅れて合流するスケジュールだった。
だがそのパーティーの最中、『二回目』が地球を襲い、電子制御の客船は太平洋をさまよった。
一年後に客船は発見された。しかし、生存者は誰一人いなかった。
「テッド・クレインCEOは厄災当時ハイウェイにいたらしい。彼を送迎していた車の残骸に、消し炭の死体があったと聞いてる」
「ミンカルの技術を知る者は居なくなった。もともとオーロラはブラックボックス。解析不能に自動修復された上で技術者を失っては、『正攻法』じゃどうにもならない……」
マヤは小さくうなだれた。
「……あの企業の話はこれくらいで、いいかな。『もうひとつの質問』はなに?」
「えっと、ですね――」彼女の話を聞けば聞くほど、ある事が気になる。
それは、
「なんで、あなたはそこまで知っているんですか? 『年長』のハワードさんでも知らないことを……」
つややかな黒髪の彼女に訊ねた。
初老のハワードを差し置いて、若々しいマヤのほうが厄災やミンカル社をよく知っている。まるで厄災前をその目で見たかのように。
なぜ昔話を語れるのか。
疑いの目を向けたアレクに対し、マヤは不思議そうに首を傾けている。
が、思い出したかのように顔をほころばせた。
「……あっ、あはは。ゴメン忘れてたよ、まだ言ってないもんね」ニヤニヤしている。
「ねえ、アレクはワタシを何歳だと思ってる?」
「え? それは、……まぁ」
奇妙に思ったものの、考えてみた。
――シワやシミのない瑞々しい皮膚。つやのある長い黒髪に、キラキラと輝く瞳……。
どう見たってロジーナおばさんより少し若いくらいの年齢。
『二十代後半か三十代』あたりだ。
『東方の民』に会った経験がなくても分かる。
念のために若い方で見積もって……。
「多分、にじゅう――」
「ななじゅうきゅうだ」
……。
「え?」
「フフッ。だーから、七九歳だよ。ワタシはね」
……?
……!?
「ええぇっ!?」
――そんなバカな!
『若づくり』とかいう次元じゃない。彼女の顔も立ち姿も、若い人のそれでしかない。どうしてだ。……なんでだ、なんで!?
「あははビックリしちゃった? ちなみに、『ホログラム・メイク』なんてトンデモ技術は存在しない。正真正銘、これがワタシのスッピンだ」
「……ナンデ!?」
彼女は頭を掻く。
「それは、……ワタシにも分からない。自覚したのは四二歳のときだ。不気味だったけど、今は長生きができるこの身体に感謝してる。しかも全メンバーはこのことを知ってるのに、みんな歳を気にせず話してくれるからワタシは大満足だよ。きっとマジメに研究してきたからかな? アッハハ」
腰に手を当てマヤは高笑いした。
――この人は、どこまでもオカシイ……。
アレクは思った。
そしてふたりがワケを知るのは、もっと先の事となる。
※マヤの年齢を七六→七九歳に変更(2019/08/29)
◇関連話◇
ハワードが語った厄災の話
(一章#15a 極光の回廊 Ⅰ. AURORA)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/15
活動報告もご覧いただけると嬉しいです!
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/954126/blogkey/2018469/





