#004b 博士の不器用な愛情
――セニアを『道具扱い』していない。
マヤの話を聞く限り、これは本当のようだった。
彼女は愛され生きている。
少しホッとしたが、別の視点で考えれば現状は思ったより深刻そうだ。
ハワードがセニアを気にかけても彼女は拒絶する。これだけだと彼女に非があるように感じるが、ハワードが起こす行動のぎこちなさや致命的なすれ違いが、彼女に不信感や怒りを起こさせているのだろう。
過去の『わだかまり』とは、何だろうか。
ふたりの間には血が繋がっていない。その事は、ハワードから以前聞いた。
やはりセニアの出生と関係が――
「『マヤ博士』、彼女の母親がオーロラなのと関係はありますか。過去に一体何が……」
しかし、
「それは、ハワードさんに直接聞いてほしい。あの人が自分の口で話すことが、根本的な解決の第一歩だからね」
マヤはそれ以上、この話に取り合わなかった。
確かに解決するのは当事者が基本であって、お互いの努力が必要だ。その事を念頭に入れた言い分なのだろう。けれど、そこまできっちりと分けなくていいはずだ。
マヤの言動を思い返せば、セニアの部屋である四〇三号室に無断で踏み込んだりしている。
この人も不器用なんだ。
――そう思った。
話題を変えたいのか、ぎこちない笑顔でマヤは近づいてきた。
「これでハワードさんから頼まれた仕事は終わりだ。ケドね、アレクにはもうちょっとワタシに付き合ってほしいんだ……」
前と異なり、今回は諦めるしかない。
「……はい、お願いします『マヤ博士』」
「うーんとね……。ワタシのこと『マヤ博士』じゃなくて『マヤ』って呼んでほしいんだけど、ダメ?」
頷こうと思ったが、大人の彼女に対してまだそんな気分じゃない。首を横振ると、マヤは残念そうな顔をしたが理解してくれた。
「わかった。ワタシはいつでも良いから……」
マヤの付き合ってほしい事とは、ボイドノイドであるアレク自身や、『従装具』データの詳しい分析。
それと、
「キミは明日、『VRA統合会議』に出席するでしょ。だから、この世界のことをより教えたいんだ――」
始めに分析から始まった。
コンソールデスクを慣れた手つきで操作するマヤ。横からデスクを覗けば、天板のガラス面に文字と数字、光の線で輪郭をかたどった人型が映し出されている。
「キミの組成データ全体を分析してる。こんなにボイドノイドを詳しく調べられたのは初めてだ。ふむふむ、ボイドノイドのデータは『アクセス権限』を取得できない領域が多いね」調子よく指をスライドし、画面が切り替わった。
「この前スキャンした『識別データ』の画面だよ。他のボイドノイドから引き継がれているデータは三種類以上、ひょっとしたら七次遷移で初めて発現したかも」
はしゃぎながら語るマヤは、大好きなものに夢中な子供のようだ。
「なんだか楽しそうですね博士」
「えっそう? ふふ、まぁそうだね」ニヤリとした笑みが柔らかい。
「ボイドの世界やキミ達ボイドノイドは、ワタシの得意分野『ホログラム工学』の関連技術とよく似てる」
「ワタシの夢は『ホログラムの技術で人類を幸せにする』こと。キミ達のデータは、別の視点からホログラム工学を研究できるから……」
マヤの瞳は、どこか遠くを眺めていた。
彼女がデータの中で気にしていたのは『ボイドと四〇三号室を行き来できる能力』だ。裏路地で端末の自動抹消に巻き込まれた事がきっかけではないか、と仮説を立ててくれた。
だが能力に関するものは、なぜか見つからない。
恐らくはアクセスを拒否された領域に存在するのだろう。コンソールデスクを『想い』で操作できる謎も解けなかった。
今度は従装具データの分析に移る。
アレクは腰に巻いていたバッグをデスクに預け、『魔術札』をいくつか引き出す。マヤが始めにスキャンしたのは『物体を熱する札』だ。
「おお、確かに発熱させる機能があるみたいだ! それでこっちは……冷却! キミやっぱり凄い」マヤは続けた。
「従来の『魔術』が使えるボイドノイドは、ひとつのユーティリティ能力しか使えないって以前教えたよね。キミは各能力は比較的弱めだけど、本当に複数の魔術を使えてる!」
「もっと見せて!」とせがむマヤに札を次々と見せる。
街でも札術は珍しい存在だが、ここまで興奮される経験がなくて妙な気分だった。
「これは『溜め込み』だね。ボイドに純粋な物質を一旦プールさせて必要な時に発現させるタイプ。欠点は再発現時に『崩壊』による損失が起きちゃうことだ。……ちなみにボイドノイドの魔術は、この世界の科学技術のアプローチに似たものが多い。『発熱』は標的となったボイド世界の構成分子、原子を強制的に強く振動させる。『冷却』はその逆で、振動を制限か停止させるんだ。他には音を出したり、物体を吸着させる魔術とかが存在して……って、その札もあるの!!」
「は、はい。……あとこれもあります」
『治療』専用、母の怪我を癒した札を出した。いつしかすべての魔術札がデスクにある。
病の母を治そうと必死に覚えた魔術札たち。独自の札を創るまで極めても、あの人を救えなかった。
『希望の残骸』。思い出と虚しさで目が逸らせなかった。
「アレク、この札は何の機能があるの? ……え、『治療』機能って初めて聞いたな」
マヤが治療用の札を調べだす。
――驚きの声を上げた。
「なな、なにコレ!!」とんでもなく目を輝かせている。
「これ『新種』の魔術だよ! 把握してる魔術の構成とぜんぜん違う。……この札は、対象になったボイドノイドの『外傷を負った』時刻データを解析して、ボディを以前の状態に戻す機能があるみたいだ!!」
「キミにはまた驚かされたよ、ホントに」
落ち着きを取り戻したマヤが笑った。
スキャンの結果、魔術札には共通する『未知のプログラム』が存在するようだ。この部分が魔術札の要なのかもしれない。
「どこまでキミは規格外なのヨ。複数の魔術を使えて、新種の魔術も持っていて、その上この世界とボイドの往復が可能なんてさ」
「僕が知りたいですよ」一度は苦笑いしたが、気付かされた。
「いや、そういうこともこれから知りたいです。僕が何ものなのか。街の正体もひっくるめて……」
一年前の七次遷移――
母との思い出を抱え、僕は発現した。
『ボイドを守るためにミラージュと協力する』。今までこれしか考えなかったが、もうひとつ目標ができた。
――ボイドの正体。そして僕とは何なのか――
答えなんてない。永遠の謎で終わるかもしれない『問い』。
だとしても、その答えを追いかけてみたかったのだ。
◇関連話◇
・『今回』は諦めるしかない
・勝手にセニアの部屋に入る
(一章#25a ヘンな人)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/25
母との思い出
(一章#18a〜#20a)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/19
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/20





