#003b 義父と娘
『少女のアクシデント』によって、図らずも四〇三号室は落ち着いた。
セニアが着替えて戻ってきた。
……心なしか厚着になっている。
無言のまま近寄り、会話に参加してきた。
「キャップ! アレックスを当部隊へ加入することを求めます」
ハワードが口を開けた。
「それなんだがセニア。……えー、彼の話を信用することにした」
「……はぁ!?」
「すまん……。彼が言う『移動のコントロール』を目の前で見せられてはな。協力を訴えた内容にも芯があった」すっきりした顔で声を張った。
「これより、アレックスを我が隊の一員とする! 安心しろセニア、待遇も現隊員と同じだ」
「本当、ですか? ならば通信中のあの拒みようは……」目線が合う。
「どうアレク、この話を信用する?」
アレクは目を丸くするしかなかったが、
「うん……。ハワードさんと話したけど、すぐに理解してくれた。なんか拍子抜けな気分。でも――」うなずいた。
「信じるよ、僕は」
ハワードに対し「よろしくお願いします」と腕を出したが、今の自分は『ホログラム』であって握手ができない。
もぞもぞと引っ込めた。
「えっと、『アレク』と呼んでください。僕のあだ名ですので」
「ほう、アレックスのあだ名に『アレク』は珍しいな。ははっ、よろしくアレク」
嬉しそうに頬笑んでいた。
マヤ博士はきらきら瞳を輝かせ、デルタチームのジャンは舌を鳴らす。ケネスや他の隊員二人は無愛想。
そして、セニアは半開きにした疑惑の目を、義父にジットリ向けていた。
「腑に落ちないわね。なんか嘘っぽい……」ハワードに言った。
「二人きりで話しましょうキャップ。あなたに念押ししておきたいので」
「おお、私も話したいところだった。自室だが良いかセニア」
指揮官であるハワードからメンバーへ指示が出た。
セニアと自室へ向かうので、メンバーは散会。デルタチームは帰って良し――
『ミラージュ解体派』のデルタチームは、ようやく時間の拘束が解かれた事に脱力して、気だるそうに四〇三を去っていった。
そうして、部屋に残ったのは――
「……フフ、ワタシのことは『マヤ』って呼んでね『あれくくん』! ありゃ、ちょっと言いづらいな。アレクでいい?」
……大丈夫なんだろうか。
――マヤが任されたのは、ミラージュの一員となったアレクに必要な予備知識を理解させる。つまりは用語や装備品を教える事だった。
マヤの話は進んでいった。
「――ていう感じ。どうかな、ワタシに何か聞きたいコトある? TCとか発現させた武器が脆いとか、色々伝えたつもりだけど」
「そう、ですね……」
アレクは考えながらも、マヤが気になっていた。
今さらになって、マヤの顔は赤みを帯びている。そんな気がしたからだ。
しかしマヤが首をかしげ始めたので、あわてて応えた。
「えっと……。セニアが裏路地で着ていたあの服って、いったい何ですか」
「あー、あれね!」ニッと笑った。
「あれはワタシがプログラムした『エンゲージウェア』だ」
嬉しそうに語るマヤ。なかなか終わらない。
「筋力増強ウェアだ。ダイブする隊員はみんな使ってる。ボイドでの任務中に優位な肉弾戦を行ったり、跳躍力向上や地面から遠い壁の張り付きが可能になるんだ。コピー衣装の下に発現することもできるけど、あの日は時間がなかったから」
「ちなみにセニアちゃんのエンゲージウェアは、あの子専用の『オーダーメイド品』なんだよ。他と違って筋力を上げる以上に、しなやかで素早い動きができるよう調整してある」すると、マヤは感慨深そうな顔をした。
「まあ、でもね……。あそこまで機敏に動いたり、一回分の跳躍で家の屋根に立てるとかなんて、あの子の素質がないと無理。ここで『コネクトスーツ』を着たまま転んだ時も、しっかり『受け身』がとれてたし……。やっぱり『血筋』だね。ワタシのプログラムじゃサポートぐらいしかできない」
――血筋。
セニアの出生について、何か知っているのだろうか。
いや、それより先に……。
「あの、『マヤ博士』」彼女に尋ねた。
「あなた達はセニアをどう思ってますか? セニアからは『存続派の道具』だと聞きました」
マヤは目を見開いたあと、深くため息をつく。
「ああ……やっぱり」寂しそうな表情だった。
「そんなこと、『道具』だなんてワタシもハワードさんも思ってないよ……。特にハワードさんにとって、セニアちゃんは最愛の一人娘だ。いつもあの子のことを心配してる」
セニアの話とあまりにも食い違っていた。
マヤは続けた。
「今日、セニアちゃんがダイブしたとき四〇三号室は誰もいない状態でね。ハワードさんが『きっとあの子は苦しい思いで帰ってくるから、はやく終わらせてメンバー全員で出迎える』って言い出して皆を呼び寄せたんだ。……だけど、結局セニアちゃんを怒らせてしまった」
うなだれると、言葉を締めた。
「あの人は不器用なうえに、セニアちゃんとは過去の『わだかまり』がある。これはハワードさんが自分で解決しなきゃダメなんだ」
◇関連話◇
ダイブ前の四〇三号室
(一章#27a アカツキ ノ マチ/あるいは少女の決心)
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