#002b セニアのこころ
「なぜですかキャップ!? 彼の帰還を認めてください!!」
耳に手を当てもう一度訴えても――
あの男は、力なく同じことを言った。
〔……セニア、アレックスの抹消を済ませてくれ〕
頭の中に響くハワードの声。
通信を開始して、必死にアレクが協力してくれると伝えた。なのに返事はそれだけ。
「……なぜです」
〔アレックスの発言に確証がもてない。我々の前であれだけ拒絶していた彼が急に考えを変えたというのは、隙をつくるための嘘、ワナかもしれん。移動のコントロールも本当かどうか……〕
「ですから! 先ほど報告した通り『遷移と思い出の品を見て』意志を固めたと。それから――」
気がつくと、アレクは目の前にいた。見せる褐色の瞳から不安が読み取れた――
――わたしはずっとひとりだ――
そう決めてあのとき銃を突きつけた。思いを断ち切ったつもりだった。
けど、勝てない。
アレクが守りたいもの――それはわたしの母親、オーロラをも守ること。そして『あの思い』を、わたしが断ち切るなんて本当はできないのだから。
わたしの大切な『友達』、
アレクを守りたい。
なのに――
「お願いです……。彼を信じてあげて――」
〔セニア、君はアレックスに会うべきでなかった……。ためらうのも分かる。ここまで辛い任務を負わせたのは私の責任だ……〕この男は、わたしの訴えなんて聞こうとしない。
〔早く済ませて帰ってこい。セニア、我々はいま〕
もうイヤ。
「――なにがっ『私の責任』だ!!」喉がひしゃげた。
「会わなければ良かったのはハワード、あんただ!」
〔……セニア〕
「アンタなんて大っ嫌い!! ずっとわたしに苦しい思いをさせてきて、都合のいいときは父親のカオして、なのに大事なときは逃げてく。……わたしには父親なんてない!」
息があがった。目の端が熱くなった。
そしてあの男は、何も言わない。
「……ねえ、セニア」アレクが口を開けた。
「ハワードさんは僕を信じてないんだよね。なら、僕が直接乗り込んで証明しにいくよ。きっとなんとかなる」
不安の色は消えていた。
一歩後ろに離れると、彼は目をつむる。
姿が白みを帯びて光を放つ。服や髪は揺らぎ、全身が光の粒になって散っていき、
彼は街を去った。
「……いかなきゃ!」
◇◇◇
――感覚が戻ってくる。
白蝋色の『コネクトスーツ』には触媒液が目いっぱい染みこみ、薄手の生地が重い。
キャスケットの中でグリーンランプをひたすら待った。視界を覆う装置が、はやる気持ちを余計に意識させる。
早くここから出たい。
あの男を説得するつもりだったのに、……あれでは逆効果だ。
アレクを認めてくれるだろうか。
――
……外が騒がしい気がする。
ダイブ前、四〇三号室に残ったのはわたしだけのはず。
まさか、また勝手に。
聞き覚えのある複数の声。
やっぱりキャスケットルームの外にメンバーがいる!
その時――
「ゆるさねぇぞ! この『ボイドノイド』が!! ぶっ壊してやるっ!」
ジャンの怒り狂った声。
アレクが危ない!
「……やめて!!」
――四〇三号室に走った。
――
――セニアの声がした。
スライド式のドアが開き、薄暗い部屋から彼女が走ってくる……。
今の四〇三号室は大騒ぎだ。
突如光の中からボイドノイドが出現したことで驚き、デルタチームのジャンは怒りだし、『ぶっ壊してやる』とコンソールデスクへ向かうところを、ケネスが羽交い絞めにして。
そこへ悲痛な表情で駆けてくるセニア。
「ひどいことしないで!」
けれど――
「え? セニ、ア……」
アレクだけでなく、
そこにいる皆が固まった。
コネクトスーツの生地はへばりつく液体で透き通り、濡れた白肌を見せつけている。
そして、小さな胸の先に……。
「は、しまっ――」
案の定、触媒液がセニアの足をすくう。背中を打ちつけ足を広げたまま少女は滑っていき――
やっと、皆の前で停まった。
「いっっ! いやぁぁっ――!!」
セニアは絶叫した。





