#001b 銃口
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静かだった。
埃の混じった空気は、どこまでも張り詰めていた。
「……セニア」
「言い残したことはあるか、『アレックス』」
その言葉が『答え』だった。
裏路地で初めて出会った時と同じ口調。拳銃を背中に突きつけられ、アレクはセニアへ振り向けずにいる。
だが伝えなければならない。
自らの意思を。
「……ああ、あるよ」詰まりかける声を振り絞る。
「ミラージュ存続派に、協力したい」
「……今更になってハッタリか」
「違う、決めたんだ。僕はこの街を、『ボイド』を守りたいんだ」持っていた『黎明日祭の絵』が音を立て曲がった。
「今まで認めなくてゴメン。エオスブルクは君たちが教えてくれた通り、幻だった。だけどその幻の世界は、僕にとって母さんと暮らした唯一無二の大切な場所なんだ」
「母さんと生きたこのボイドは、オーロラを蝕み続けるから、『解体派』が潰そうとしているんだよね。しかもその考え方は、世論に合わせたものだって……。なら、ボイドは『オーロラと共存できる存在』と認めてもらえばいい」
「僕はセニアたちの活動に協力して、オーロラを守り、ボイドも維持する。ボイドがオーロラへ危害を加えない存在になれれば、ボイドや僕たち『ボイドノイド』の風当たりもよくなるはずだ」
震えた声がかすれる。
「セニア、僕を信じてほしい。……お願いだ」
突きつけられた銃は微動だにしない。
部屋を舞う埃は、窓の陽で輝きながら落ちていった。
「わたしは任務を必ずやり遂げる。今回は、あなたの抹消――」僅かに銃が押し付けられた。
が、
「だけど、……ハワードから『いつ行なう』かは、聞いてない」
腕の力が抜かれ、
セニアは銃を降ろした。
「……わかったわ」きりりとした、しかし穏やかな声色が戻っていた。
「信じていいのね、『アレク』」
「……ありがとう、セニア」
「でも忘れないで。わたしはオーロラを危うくさせるモノは許さない。もしもあなたがおかしなマネを、……わたしの母親を危うくさせる存在だと思ったら、そのときは……」
「大丈夫、変える気なんてない。僕にとっても、オーロラは大切な存在なんだから」
セニアにとって、オーロラは『母親』。そのオーロラの中にボイドは存在している。
――僕とセニアは違うようで、やっぱり似た者同士なんだ。
そう思えた。
「あの、そろそろ後ろ向いても……いいかな? これじゃ話しづらくて」
セニアがクスリと笑った。
「そうね、そうしましょ」
ぎこちなくセニアへ向き直る。身体は先ほどの恐怖でこわばっていた。しかし、目に飛び込んできた光景にアレクはまた固まった。
淡いアッシュブロンドの髪に琥珀色の瞳を持つセニアは、『裏路地でマントを脱いだときと同じ、裸に見える衣』で立っていたのだ。
ライトグレーの生地は肩、両腕、胴体など色味に差はあるが、彼女の肢体に対し素肌と見間違えてしまうほど薄くピッタリと張り付いていた。
目立ち過ぎないものの、胸もとはせり出す膨らみがふたつ。胴のくびれは、しなやかな曲線を描き、短い腰布とスラリと伸びた脚へつながる。
細身でありながら相応に筋肉のついた肉体は、素早く躍動的な動きができる事を物語っていた。
「なっ……」
『エンゲージウェア』が強調する、引き締まりつつも滑らかな少女の姿に、アレクは顔を赤くした。
「え、なによ……?」セニアは『きょとん』としていたが、
「……! そ、そんな目でみるな!」
アレクの視線に意味を察し、端整な顔を赤らめた。
「エンゲージウェアをそんな風に見てきたのはあなたが初めてよ! このスケベ!」
「いや、あのっ、……ごめん」
姿を見た事より、心の中を読まれた事が恥ずかしい。
顔をそむけたが、セニアは腕で体の線を隠そうとしていのが横目で分かった。だが逆に肩や押された胸が強調され、部屋に差す陽に照り返されている。
どうしても意識してしまう。
セニアはいまだ『もじもじ』としていた。
「ちょっと恥ずかしくなってきたじゃないの……。え、それはなにアレク?」
視線の先には『黎明日祭の絵』があった。
「ああ、えっとね。これは『母さんとの思い出が詰まった絵』なんだ」気持ちを切り替え、絵を広げた。
「街のお祭りの絵だ。元々は黒鉛のシロクロで描いてたんだけど、『遷移』であの日に見たときと同じ色合いに変わってる」
「アレクそれって……」
「いや、悪く捉えてないよ」セニアに笑みを見せた。
「確かに遷移で街は変わる。だけど母さんとの思い出も、存在も消えることはない。この世界は変化していくようで、『根っこの部分』は変わっていないんだ」
改めて、思える。
「人の営み、生きた証は消え去らない。母さんは今も『この街に生きてるんだ』」
セニアは柔らかな表情だった。
「あなたの明るい顔がまた見れて、嬉しい」
「ありがとうセニア。僕は今度こそ『母さん』を守りたい。これからもよろしく頼むよ」
「ええ、もちろん」
どちらともなく、腕が伸び――
ふたりは固く握手をした。
結ばれていた手が解かれ、セニアは口を開ける。
「……ちなみにアレク、『統合会議』はどうやって切り抜けるつもり? 帰れるの」
「大丈夫、移動の仕方はもうわかったんだ。今度も上手くいくよ」
エオスブルクと四〇三号室を行き来する方法――
九次遷移後、四〇三号室で必死に『魔術札』を探した。マヤ博士の『魔術札が特殊だ』という言葉と、裏路地で移動した時、タンマツと魔術札を重ねた状態で持っていたからだった。
だが、その考えは間違っていた。
コンソールデスクに魔術札が入ったバッグが突然現れ、バッグを開けた瞬間に移動が始まった。札には触れていない。
裏路地で、四〇三号室で、移動する直前に共通していた事は――
移動先に対して、『強く想いを巡らす』事だった。
セニアに伝えると「本当なの?」と眉をひそめられたが、
「……そこまで真剣に言うのなら、一応は信じることにする」最後には飲み込んでくれた。
「なら、わたしはハワードにこのことを通信するから、ちょっと待ってて。……あなたを見捨てたりなんてしない」
そして彼女は目をつぶり、意識を集中させるように深呼吸をした。通信の準備だろう。
セニアの世界へ行けば、会議が無事終わるまでここには帰れない。
アレクは家の中を見渡す。
――とんでもない事に気づいた。
「……無い! 『ペンダント』がない!!」
母の形見であり、紋様つきの棒と共に毎朝母を偲んだ、『極光色のガラス』が埋め込まれたペンダント。
あの大切なものが無くなっている。倒した棚の周りにも見当たらない。
女神像をなぎ倒した時に飛ばしてしまったのか。
「セニア、ちょっと探させて!」
セニアはうなずき、通信を開始した。
誰かと話すセニアをよそに、急いで倒れた棚へ向かう。
床に手をついて這いつくばり、あらゆる方向に目を凝らした。
「どこだ、……どこなんだ」
ペンダントを探し続け、
テーブルの下に輝きを見つけた。
「あった!」
腕を伸ばし掴む。幸いな事に傷ひとついていない。『よかった』とため息がもれた。
ひとまずペンダントをテーブルの上に置いておく。棚を元に戻す時間より、早くミラージュのメンバーに伝えたい。
――僕が味方である事を。
「セニア、あったよ! もう安心……」
通信中のセニアは必死だった。彼女が口にした言葉に、絶句した。
「なぜですかキャップ!? 彼の帰還を認めてください!!」
◇関連話◇
エンゲージウェア初登場
(一章#07a 戦闘)
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ペンダント、黎明日祭の絵
(一章#18a 〜魔術札〜)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/18
コンソールデスクから魔術札
(一章#26a 消失)
https://ncode.syosetu.com/n3531ej/26
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※『あれって、なんだっけ』と思った方へ――
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