#28a 一歩
ドアを開ける。
アレクは我が家へ帰ってきた。
誰もいない家。ベッドと居間。正面は木製の棚が置かれている。
棚の上には母のペンダント。
そして、毎朝母を偲びお祈りをした木の棒は――
女神像にすげ替わっていた。
棚へと歩く。意思すらあいまいに。
思考はよどんで、終わりなく廻る。
『幻』。
すべて嘘だった。
母さんは、はなから存在しないのだ。
僕は、失った――
すべてを失った――
もう何も残ってない。僕の生きる『意味』は、もう――
痛みと鈍い音。
つま先が棚に当たっていた。
棚は揺れ、傾いた女神像は倒れていった――
棚はまた揺れた。何度も壊れる音を出した。不意にぶつけた足は、蹴り足へ豹変し棚を歪ませる。
速く深い呼吸が、息をかすれた声へ換えていき――
叫び。
腕が棚の上をなぎ倒す、かなぐり捨てる。
棚を叩き、叩き、落ちた水の雫を叩き潰した。
棚と壁の隙間に指はねじ込まれ、重々しい棚は床へ倒された。
泣いた。
見境のない赤子のよう、ただひたすら泣いた。
周りに無残な欠片が散らばる。
自らが壊れていく。
――もう僕に、生きる価値など、
ない。
――
「……え?」
あるものが目に留まった。
倒れた棚の奥。
もとは棚と壁の隙間だった場所。
そこに、紙が落ちていた。
両手で持てる大きさの紙が二枚。家の紙はすべて魔術札のために溶かしたと思っていた。
棚の奥まで近づき、滲む視界で手に取った。それはただの紙ではなかった。
絵だ。
黒鉛じゃない、見た事もないカラフルな画材で描かれた、手書きの絵。
だがその絵は――
「……僕の絵だ!」
それは、紛れもない。
あの記憶を、母との日々を記そうとした、懐かしいカケラ。
色付きでも、描くクセですぐ分かる。
もう一枚は黎明日祭のもの。パレードの様子が、記憶と変わらぬ色合いで丁寧に描かれていた。
華やかなパレードを画材が彩っている。黒鉛で工夫した思い出の光景が、そこにあった。
晴れた青空、立ち並ぶ商店と客を呼び込む店の主たち、通りを練り歩くパレードにはオレンジ色の一団と、手を握る母と子の後ろ姿。
そして、母に絵を見せた時についた指の跡――
この街に母さんと僕は生きていたのだ。
視界全部が涙で溶けていく、だがすぐに拭う。見えた世界はくっきりとしていた。
なにも変わらない――
僕は確信した。
この街は『変わっていなかった』。
確かにエオスブルクは遷移し、別物になった。しかし街が変わっても、どんなに別物になっていても、母さんの痕跡は、共に歩んだ出来事は事実だった。
変わったように見えていても、根本の姿はなにも変わらない。
『黎明日祭の絵』を掴んだまま立ち上がる。手に力が入り、僅かに紙が曲がった。
彼らが明かした『幻』。それは僕にとっての真実だ。
この街で僕は生まれた。大切な人と共に過ごした。そして母さんはこの世界、『ボイド』としてずっと傍にいるのだ。
姿はなくとも、あの人はこの世界に『生き続けて』いる――
ひとつの決意が心を満たす。
過去を律した決め事ではなく、前に進んでいく強い意志を。
街はあの世界の『解体派』に消されようとしている。
僕は生きる。
エオスブルクを、母さんと生きたこの街を守るために――
そのために、僕は――
「動くな」
後ろから声がした。
背中に押しつられる、冷たい感触。
少女は少年に、拳銃を突きつけていた。
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