#21a 局長室
電子音のベルが鳴り、エレベーターが停まる。表示は居住エリアより上の一四三階、VRA上層部が利用する場所だ。
エレベーターには初老の男が一人。ミラージュの指揮官、ハワード・オーウェンである。
エレベーターのドアが開き、ハワードはフロアを歩いた。ある部屋のドアの前で立ち止まると、IDカードを機械にかざす。
ドアには『VRA局長室』と書かれたプレートが掲げられていた。
電子ノックを鳴らし、「どうぞ」という男の声がした。ハワードは局長室へ入る。
部屋は落ち着いた明るさに保たれた、黒と木質を基調とした空間だった。部屋の奥には木目調の高級そうな机が鎮座している。
机には『L・フルトマン』のネームプレート。そして細い眼鏡を掛けた、スキンヘッドで初老の男が座っている。少し頬がこけた顔がハワードに向いていた。
男が口を開く。声は淡々としていた。
「久し振りだな、オーウェン大尉」
「同感であります。フルトマン局長補佐」
『局長補佐』を睨みつけハワードは言う。
「確か六ヶ月ぶりぐらいか。あの時はミラージュの予算を七割減らしたな」
つむぐ言葉に血は通っていなかった。
「なぜ呼び出しを。今任務の報告書は送信したはずです」
「……貴様の顔が見たくなってな」男は続けた。
「来てくれて感謝するオーウェン大尉。今回君に伝えたい用件は三つだ」
男が姿勢を整えた。
「一つ。今任務をもって、アルファチームを解散、我々が直接管理する部署へ移ってもらう。過剰分のキャスケットは接収する。そのための同意書を君の部屋に送っておいた。今日中に提出してくれ」
男はメモを取り出した。
「二つ。今回のボイド調査後に、少年型のボイドノイドがホログラムとして出現したな。これはボイドへの介入として未知数のリスクであり危険だ。だが同時にボイドを破壊、消去する手段を確立するには貴重なサンプルである。我々上層部は所有権を主張し、この件を『VRA統合会議』にかける。会議を開くのは三日後の五月十日だ。ボイドノイドの出席など準備を始めろ」
「……余談だが、私は会議が終わると正式にVRA局長へ昇格となる。知っての通り以前から上層部の老人たちはVRAそのものを見捨て、私にあらゆる職務を押し付けてきた。しかしボイドノイドがこのビルにやって来たことで、席を置くことさえ厭になったらしい」
息を漏らす声が聞こえた。
「そして三つ目だオーウェン大尉。……もう諦めたらどうだ? お前の部隊はすでに瓦解している。我々『解体派』の主張と世論を認め、共にボイドを潰そう」
男の口元が僅かにほくそ笑む。
ハワードは、憤りを抑えた。
「お断りします、フルトマン局長補佐。ボイドは人類の希望であります。ミラージュを解散するつもりはありません。『オーロラの落とし子』の件もあります。……以上ならば、これで失礼を」
ハワードは踵を返し、局長室を後にしようとした。
「本当にそれだけか? ハワード」
ファーストネームを言われたハワードの足がとまる。
男は続けた。
「……『エリー』の死を無駄にするのか。彼女はボイドが危険なことを身をもって教えてくれた。もし生きていれば、我々『解体派』と同じ考えに行き着いたはずだ」
一瞬の沈黙があった。
ハワードは、振り返らなかった。
「……無駄にしてるのはどっちだ……! ルイ」静かに、しかし湧き上がる怒りを隠さずに、友だった男『ルイ』の名を言う。
「お前がエリーを語るな。あいつの夢を汚すな。『世論に合わせ、ボイドを潰す』? ルイ、……お前の腹にあるのは、本当にそれだけか」
ハワードは出口へ行き、ドアを開けた。
ルイに振り返る。
「お互い、私怨がある者同士だ」目玉だけが感情をむき出していた。
「仲良く啀みあおう」
部屋をあとにした。





