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#02a 遭遇


 人が賑わった商店、調子の良い言い回しで客引きする露店を横目に通る。昨日の八百屋や他の店での活躍を話したり、おばさんからは世間話を聞いた。

 大体は面白おかしい話題とか他愛無い話だった。

 が、ある通りの前で彼女から違う話題が発せられた。


「今日も『黒魔術団』が出たそうよ。怖いわね」


 「ほらそこに」とおばさんが指さした方を見ると、今日の日付と

 〔『黒魔術団』出没。不審者を見つけた人は付近の兵へ〕

 と書かれた張り紙を、城の衛兵が壁に貼っている最中だった。近くの市民達も不安そうな面持ちでこの紙に視点を重ねている。


 エオスブルクやその周辺の地域は、長年に渡り正確な名も目的すらも不明なその集団に怯えと恐怖を抱いてきた。

 判るのは、彼らが魔術が使える一定数の市民よりも高度で奇妙な術を使っているという事だけである。

 近年になって彼らは大きな活動を行ってはいないものの、「黒魔術団の騒乱」として代々伝わる、甚大な被害と死者をもたらした事件は住人に恐怖を植えつけている。


 一般的な呼称として『黒魔術団』と呼ばれ、現在も小規模ながら犠牲者を出すような事件を起こす。

 周辺の地域では被害が此処より深刻と知られている事もあり、皆神経を尖らせていた。


「一人でうろついているそうだ」

 とか

「衛兵が『レイネ通り』で見つけて取り逃がしたそうよ。何してくるか」


 ひそひそ怯えた声が聞こえてくる。

 おばさんもこちらに声を掛けた。


「捕まって無いみたいだし、あなたも気を付けてね」


「そうしますね。本当に収束してほしいです」


 アレク自身、札を利用した魔術を使えるのだ。一時期、彼らの一味として疑われた事もある身として快くは思っていなかった。



 張り紙が張られた通りを過ぎて、レイネ通りから少し離れた位置にある大通りの『アムル街道』へと繋がる分かれ道。

 お礼とともに「そろそろこの辺で」と告げようとした時、こちらを見ている彼女の表情が曇っているのに気が付いた。


「今日で二年よね」


 沈痛な表情を汲むと同時に、なぜ行き先を変えてまで付き添ってくれたのかを、自覚した。


「今日あなたに会った時、前よりもやつれているし、沈んでいる様に見えたから、心配で」


 おばさんは声を落として言った。

 その通りで言葉が出なかった。

 家を出てからというもの、振り切ろう、かき消そうと思っても、亡き母と当時の日常に今の日々を重ねて肩を落とさない事は出来なかった。


 母とおばさんは親しかった事は知っている。

 今日でちょうど二年なのもきっと忘れずにいるのだろう。

 そこに、落ち込んでいる僕が向こうから来たのだから。

 居ても立ってもいられなかったのだろう。


「あなたはもう充分頑張ったわ、一人で本当に。……だから大丈夫。何も気負わなくて良いから、私の家にいらっしゃい」


 おばさんの目は心配と暖かさを帯びていた。まるで母親のように。

 だが彼は、その暖かい慈愛に身を背けた。出した声は小さく、少し震えていた。


「心配しなくて良いんです。一人でやって行けます。それじゃ、さよなら」


 逃げるように走って別れた。

 思い切り走り続け、彼女が見えなくなるまで駆けた。

 歩みを戻すと、普段より息切れを重く感じていた。


「ごめんなさい。おばさん……。やっぱり出来ないよ……」


 少年は小さく呟く。

 街を照らす陽はいつしか、影を濃くするまでに昇っていた。



 アレクは亡き母以外に親族はない。

 この街で家族の居ない家に独りで暮らし、綱渡りではあるが駄賃を稼ぎ食い繋いでいる。

 手伝い先の人や知り合いに顔を合わせれば『元気で快活な姿』で、一人でやって行けると接していた。


 いや、そうありたいと思った。

 亡くなった『あの日』から、母に約束したのだ。自分の力で生きると。

 母に償うため強く生きよう(・・・・・・)と自ら心に刻み、今まで暮らしてきた。

 そして二年が経ち、十四歳になったアレクの心の内にあって、周りの反応からも感じられるもの――

 それは、朗らかで快活という表現とはまるでかけ離れた、寂しさと物悲しさだった。


 そんな今日、おばさんが来た。

 彼女の『助け舟』に飛び込めば全て終わるのだ。もう苦労はしなくて済む。温かい家庭の一員として朝を迎えることができる。

 けれど、やはり踏み出せない。

 『今を抜け出せば母へ償いができない。僕は、朽ちて消える方がふさわしい』。

 この気持ちはやはり変わらない。

 いや、なぜか拭えなかった。



「はぁ……」


 アムル街道を進むが店へ向かう歩みも遅くなりがちで、気持ちを紛らそうと周りを見渡してみる。

 朝の空、左右に立ち並ぶ商店と賑わい、そこに降る日差しに頬を優しく掠めるそよ風。あの日まで軽やかに見えていた世界は、今では自らの心情に重なる事はなかった。

 見えるものたちの『明るさ』は自身を重く、苦しくする。


 店に着いた。

 仕事をこなすが、少年が本心を隠せていないのは雇い主の態度からでも明らかだ。肉屋のおじさんには「大丈夫か?」と心配され、花屋では不自然に気を遣われた。

 更に、大通りにある酒場の開店準備の手伝いでは、


「今日は顔色が悪いな。無理するなよ」


 店長に言われ、いつも手伝っているのを理由に駄賃を更におまけしてくれる。


「……ありがとう」


 皆の優しさと気遣いに、アレクはお礼を欠かさなかった。

 だが心根では悲傷した姿で接している事に焦燥と申し訳なさが上塗りされていく。



「次の手伝いは……。もう良いや……」


 今日、予定していた事は済んだ。


 いつもならば他にも一つか二つ位、手伝いできる事は無いかと他の店に顔を出したりするが、向かう気など起きない。


 行く先はわからないまま。

 『決意』に追い詰められた少年は栄えた城下街の中を、満たされないものを満たすため、浮浪者の様に歩き続けるしかなかった。



 大通りであるアムル街道からは、街の中心の丘陵にそびえ建つ『エオスブルク城』が良く見える。遠目でも風格ある装飾を施された白塗りの壁や、空へ届かん許りに伸びた尖り屋根が美しい。

 この城郭を眺めた者の多くは感嘆と晴れやかな気分を抱くだろう。


 アムル街道には、街に住む誰もが階級無く信ずる女神『エオス』を祭る聖堂、『聖エオス大聖堂』が城を背に鎮座する。

 信仰の対象は女神だが直接的な女神像を崇拝している訳ではなく、特定の紋様と女神とを重ねている。彼の家にある木の棒もその一つだ。

 荘厳かつ神秘的な雰囲気のある聖堂に訪れる人は絶えなかった。


 だが今の彼が城を眺めても、大聖堂に訪れたとしても心は動かない。

 アレクはただ何も、行く先さえも考えず歩くだけで、目に映るのは年月を過ぎ風化した家の壁や足元の石畳だった。



 足をとめる。気付けば大通りと繋がる脇道で立ち止まっていた。

 すぐ目の前にあった喧噪は遠ざかり、大通りとの隔たりを強くしている。


 もう、苦しい。

 この状況から脱せられたら……。

 でも、僕は罪を償いたくて……。


 思考はただ廻るのみ。終着点に辿りつく事はなく、悲しみが心を沈ませるばかり。

 アレクは、空を仰いだ。

 澄んだ五月の空はどこまでも高く、自身が深みにいる事を実感させた。



『どうしよう……』


 もう何も考えたくない。いいや、何もかも投げ出そうとも思ったのかもしれない。

 だたずっと、遠い空を眺め続けた。



 ――その時、

 アレクは身体に衝撃を受けた。


「うわっ!」


 何かが勢い良くぶつかってきた。青空の視界が歪み、よろめいて何が起きたか目を移す。


 フードが付いた、栗色のマントを纏う人物とぶつかったらしい。奥に見える人物の目が驚いている。

 アレクもあっけにとられていると、相手はすぐ横の小道へマントをなびかせながら、風のように走り去っていった。

 先ほどの騒動が嘘のように、静かな脇道――


 きっと前方の曲がり角から勢い良く走って来たのだろう。あの衝撃ならまともに前も見ない状態で。


「なんなんだよ……」

 不満がぼそりと漏れていた。

 僕が上ばかり見ていたせいだけど、よそ見しながら走ってくるなんて。

 いきなりの出来事で空を眺める気さえ無くなってしまった。


 苛立ちをため息に混ぜて、またトボトボ足を進めようとした時。

「ん?」


 つま先に何かが触れた。

 アレクはしゃがみ、それを(いぶか)しく思いつつ手に取る。


「さっきの人が落としたのかな? これ」


 人物が消え去った小道へ向き直る。入り組んだ路地の入り口はぽっかり(VOID)と、そこにあった。


「落し物ですよー」


 心の何処かで不穏を感じつつも、アレクは駆け足で奥へと進んでいった。


 ――少年の足音が去り、大通りの脇道は再び静けさを取り戻す。

 その矢先に、曲がり角から飛び出してきたのは衛兵だった。離れた場所から訊ねる他の衛兵へ報告をしている。


黒魔術団(・・・・)め、何処へ行った!? そっちにはいたか!」


「いいえ、こちらは見当たりません!」

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