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#19a 〜 “黒魔術団” 〜


 それから二ヶ月が経った。

 街は冬の十二月。寒さが身にしみる季節だ。


「よし、準備できた」

 ペンと書き込んでおいた魔術札、白紙の札などを腰巻きのバッグに詰め終えた。


「いってきます!」

 ベッドで見送る母に手を振り、今日もアレクの一日が始まる。



 ――魔術札で店の手伝いをして、仕事の対価をもらう。初め大人たちはアレクに応えず、耳を貸そうとしなかった。

 しかし魔術札の効果を見せれば、誰もがその能力が子供だましでない事を知る。

 札術を操る人物が珍しい『暁の街』ではこの少年の噂が広まっていき……、アレクは知る人ぞ知る、『商店の救世主』となっていた。

 今では街のあちこちに常連店がある。


 アレクが予想した通り、母の看病でも進展があった。

 店の求めに応じた札術を見出すうち、治療に使える札術の改善点やアイデアを得られたからだ。

 魔術札の管理や作成も正確になり、薬効などを溜め込む術も習得できた。独自の魔術札をつくれるのも近いかもしれない。


 現在、アレクは『学び舎』に通っていない。しかし街が定めている教養の基準は満たしているため、問題なく過ごしている。


「――ありがとうございました!」

 小袋に入った駄賃をもらい、元気良く店を後にした。


 袋はこれで三つ目。残りの仕事が済んだらもう夜だ。

 だが夜間の帰宅でも街の治安が良いため安心といえる。なぜなら犯罪者は、『黒魔術団』と間違われて衛兵に捕まるのを恐れるからだ。



 手のひらに収まる小さなランプを魔術札で灯し、今夜もアレクは家路を急ぐ。


「母さん、待っててね……」

 しかしその後ろで様子をうかがう人物がいる事を、アレクはまだ知らなかった。


 翌日。

「おはよう。母さん、具合どう?」


「そうね、近頃調子がいいの。……ふふ、アレク何かしてくれたかしら?」

 いたずらっぽく笑みを見せてくれる母。症状が少しずつだが良くなっている。アレクもそう感じていた。


「えー、僕頑張っているのにぃ」

 母にお返しする。最後にはお互いがくすすと笑った。


 札術の上達で看病の幅が広がった。薬草から薬効成分を札へ抽出し溜め込ませ、治療に使えるようになったのが一番の成果だった。

 この前ロジーナおばさんがお見舞いにきた時に、元気そうな母を見て驚いてたっけ。


「ねえ、母さん。昨日の夜さ、『新しい札術』を思いついたんだ。できあがるまで楽しみにしててね」

 昨晩、アレクがベッドの上で考えついた『独自の魔術札』。

 それは切り傷や擦り傷などを瞬時に治療する『外傷を治癒させる札』だった。

 仕事をする人の多くは刃物を使う。肉屋はナイフで肉を捌き、花屋はハサミで茎を揃える。怪我をすれば彼らは困ってしまうが、この術があれば簡単に治せるのだ。


 母の体に床擦れができてもこの札は使える。だがひょっとしたら、もう必要ないのかもしれない。

 母はこれからも良くなっていく。魔術札を使っていけば、きっと、きっと――


「じゃあ、いってきます!」

 アレクは家を後にした。



 ――とある手伝い先に向かう最中だった。

「おい、ガキ!」


 振り向けば若い男が立っている。後ろにも年恰好の変わらない男が二人、アレクに睨みを利かせていた。知らない顔だ。


 男が続ける。

「そうお前だ、『黒魔術団のガキ』。我が物顔で街を歩き回りやがって」


「えっ」

 ――黒魔術団――その言葉が向けられた事にぞっとした。

 街の、世界の敵であり悪党の黒魔術団。疑わしいとなれば衛兵に捕まり、連行される。


「ち、違うよ……! なんでそんなこと言うの」

 恐怖と動揺がそのまま出てしまう。


「当たり前じゃん。『誰も見たことない術』で街の人ビックリさせてるだろうが」一歩、また一歩とアレクへ近寄っていく。

「なんだ? 組織の資金稼ぎでもしてんのか。襲撃の下準備か? あ!?」


 不気味な笑みをたたえ、アレクを見下ろした。



 黒魔術団の知られている特徴は、『一般の魔術師が使う術とは異なる』高度で『奇妙な術』を使う所だ。

 確かに魔術札は存在が珍しく、他の魔術と違って複数の術が使える。

 でも違う!


「僕は黒魔術団なんかじゃない! これは魔術札を使う普通の魔術だよ!! ただ珍しいだけで――」


「ハハッ、俺にはそう見えんがなぁ」突然、周りに声を張った。

「みなさーん、どう思いますー? この子供がくろ……」


「わっ! 待って、やめて!!」


 アレクが立っているのは商店が多い通りだ。

 皆がアレクを見ていた。店の人も客も、沢山の視線が刺すように向けられた気がした。

 大声のせいで反応しただけかもしれない。それでも、体中の寒気は収まらなかった。


 ニンマリとしていた男はしゃがむと、今度は声をひそめた。

「……なあ、お前が『善良な市民の敵』じゃないならさ、証明してくれないか。『善良な市民』である俺たちに魔術札の分け前(・・・・・・・)をくれよ」


 気付けば、男の後ろだった二人がアレクの背後にいた。企むように笑う男たちに、アレクは囲まれていた。


「……お前ら、それが目的だな!! 従うもんか!」

 男たちの隙間から逃げ出した。

 あんな奴らのために、僕は魔術札を勉強したんじゃない。母さんを治すためだからここまで来れたんだ。あいつらには何も渡さない、絶対に――


 しかし、男たちの脅迫は続いた。次の日も、また次の日も。

 店へ向かう時も仕事の最中でも関係なくアレクを脅し、まともに仕事をさせてくれない。


 衛兵に相談しようにも、脅している相手は口だけだ。「俺たちは脅していない」と奴らが言えばそれでうやむやになる。

 そして衛兵が、存在が珍しい魔術札を黒魔術団の術と疑ってしまえば自分は連行される。

 疑いが晴れても一度広まった噂はこびりつく。仕事はなくなり稼ぐことができなくなって、

 ……そして、母さんは――



 我が家。

 アレクはテーブルに突っ伏していた。最初の脅迫から八日目だ。

 集中力は削がれ、数をこなせず駄賃が減っていく。こんな事が長引けば生活が立ち行かない。今日も午前で帰ってきてしまった。


「アレク、どうしたの?」

 ベッドの母が声をかけてくれた。

 心配そうに見つめる瞳。心が締め付けられる。


 母は続けた。

「最近あなた元気がないじゃない。何があったの?」


 母さんだって苦しい状態なのに、僕の異変も見逃さない母さんはすごい――そう思った。

 だけど、

「……母さんのほうが心配だよ。僕は大丈夫、何とかする」


 あの出来事を話せば、具合の悪い母には負担になる。怖くて言えなかった。


 母の眉尻が下がる。

「アレク、目を触ってみなさい」


 言われた通り目の辺りを触れると、温かいものを感じる。――涙だった。

 母に顔を背け、テーブルに突っ伏した。


 どうすればいいんだ……。あいつらの脅しをやめさせる方法は、どうしたら……。

 その時、テーブルの端にあった『あるもの』がアレクの目に入った。



 その日の夕暮時。

 アレクは外を歩いていた。季節は十二月、わずかだが雪も降り、寒さが息を白くさせた。

 人の多い通りを逸れ、ある道で立ち止まる。

「いるんだろ、出てきたらどうだ」


「あぁ、バレてたか。どおも」

 男と仲間二人が姿を現した。思った通り、アレクを尾行していた。


「どうした? 『お仕事』に行くんじゃないのかな。あっ、それとも俺たちの提案(・・)、飲んでくれたの?」

 わざとらしい口調でおどける男。


 ふざけやがって……!

 怒りをのみ込み、アレクは落ち着こうと努めて、言った。

「あんたらに渡したいものがある。僕の『能力の元』だ」


 アレクが男たちの前で取り出したもの、それは『魔術札の指南書』だった。


「この本があれば魔術札を使える。札術は指南本が珍しいだけで、実は使える人は多い(・・・・・・・)んだ」

 ……大嘘だ。

 魔術札の適合範囲は特に狭く、厳しい。そうガラクタ商店から聞いた。

 だが、闇雲に嘘をついた訳じゃない。


 存在が珍しく予備知識が少ないはずの『魔術札に関する情報』。この話を奴らが信じ、指南書を持ち帰ってくれれば騙された事に気付くまで時間は稼げる。

 その間に僕は衛兵と話し、「本を脅し取られた」と通報する。指南書を持っている彼らは捕まるし、脅されていた事も本当だ。

 本の出所もガラクタ商店のものだから、衛兵が本の存在を把握している限り、僕は黒魔術団ではないと分かる。


 奴らはいなくなり、母さんと安心して暮らせる日々が、戻ってくる――


 様子をうかがう男に指南書を見せつけた。

「これさえあれば、あんたらは魔術札が使える。僕がいなくても好きな時に使えるんだ」……頼む、信じてくれ。

「お願いします……。これ以上、僕を脅さないでください……」


 いつしか、目に涙がたまっていた。それは嘘ではなく、心からの真実だった。


「ほほう、そういうことか。それなら……」

 男がニンマリとした。仲間と目配せをし、男の仲間がこちらにやってくる。

 しかし、その数は二人だった。


「えっ、本だけなら一人でも……」


「あぁ。『本だけなら』、な」

 二人はアレクの目の前にいる。

 突如一人が本を奪い、もう一人がアレクを羽交い絞めにした。


「な、なにすんだ!」


「……バカだなぁ、簡単なことだろ」男は言った。

「その本はもらうが、それだけじゃ足らない。なぜなら俺たちが術を覚えて、せかせかと働きたくないからだよ」口角がつりあがる。

「最初に会った時に言っただろ『分け前をくれ』って、つまりは金だ。お前が協力しないなら俺たちの部屋へ連れ込む。そこで金を稼げ!」

 降っていたわずかな雪は雨へと変わる。雨越しの男は、おぞましく微笑んでいた。


「……そんな。……いやだ、イヤだ! イヤだ、やめろ!!」

 暴れても羽交い絞めは緩まない。このまま連れて行かれるだろう。


 ――もう、終わりだ。……母さん。



「アレク!」


 声がした。凛とした女の人の、母さんの声。

「……母さん!」


 母がいる!

 道の曲がり角に姿が見える。道の建物に手をついて、おぼつかない足取りで男へ向かっていく。信じられない、満足に体を動かせないはずなのに。

 それでも、この言葉を口走ってしまった。

「母さん、たすけて……」


「……わたしの息子を返しなさい。今すぐに!」

 怒りと苦痛が混じった顔。

 男が母に振り向く、しかし男は他の人物に目がいった。


 衛兵だ。

「貴様ら、何をしている!!」


「マ、マズい! 逃げろ」

 仲間二人、アレクを羽交い絞めにした男と本を奪った男が逃げていった。


 仲間から取り残された男も逃げようとした。

 ――しかし、母が男に掴みかかる。

 アレクは羽交い絞めが解け、母へと駆けていく。

 その時、

「ぐっ、……このオンナ! 離しやがれ!」

 男は母を突き飛ばすと、逃げ去っていった。



 ――雨は降り続けた。

 息が白くなるほど、寒い夜だった。

「はぁ、はぁ。母さん……? 母さん!!」


 母が倒れた石畳。そこには小さなナイフと、

 赤い血溜まりが広がっていた。


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