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#16a 極光の回廊(コリドール) Ⅱ. Void

 ハワードの話を聞き、アレクはひとまずほっとした。僕と街は憎まれている……。だが少数ではあるものの、守ろうと行動する人たちがいるようだ。

 雰囲気を読むに狂言ではなさそうだった。


「アレックス、我々を信じてくれ」


「う、……まぁ一応は」


「よかった……」ハワードは安堵した。

「アレックス、我々『存続派』に協力してくれないか――」


 ハワードが『存続派』の要望を伝えた。

 内容としては、ボイド発現範囲外の詳しい街の様子や家族や知人など街のコミュニティーの把握、ボイドノイドであるアレクを壊さない形で行うデータの読み取りと分析、などだった。


「我々は君から得た情報をもとにボイド……エオスブルクでの活動に役立てたいんだ」頬笑みをみせた。

「大丈夫だ、情報を悪用しない。ミラージュは今まで、調査と自己防衛以外はなにも(・・・)してない――」



 アレクは、その言葉にハッとした。

「――()()()してない、だ……?」目をつり上げた。

「じゃあさ、大昔にお前たちがやった『黒魔術団の騒乱』はどう説明するんだよ! たくさんの人がお前たちに殺されたんだぞ」


 エオスブルクで代々言い伝わる、黒魔術団の虐殺と破壊……。現在でも街の人々に恐怖と怒りを刻みつけている。

 あの騒乱を棚に上げて「なにもしていない」とは……、やっぱりこいつらが言った事は全部――


「十六年前に起きた『あの事故』のことか……。故意ではなかったとはいえ君たちを危うくさせてしまったな、申し訳なかった。……あの時の隊員の犠牲がミラージュの命運を決めた」


「ふざけるな!! あの騒乱が故意じゃ……、えっ、……()()()()?」

 十四歳のアレクと二年しか違わず、あまりにも最近すぎる。そういえば、結成も十六年前だとハワードは言っていたような。


 ぽかんとしているアレクに、騒乱の事実を語りだした。


「君たちが共有している『黒魔術団の騒乱』は、君と君の世界であるボイドが生み出した『虚構』なんだ」アレクに尋ねた。

「君は『騒乱』を知っている。だがアレックス、その騒乱がどんなものか、中身を詳しく把握しているか? どこの誰から、どんな内容で聞いた」


「それは……。う、そんなこと思い出さなくたって――」


「――『思い出さなくともみんな知っている』、……ボイドノイドなら誰もがそう口にする。わかっているつもりでも、本当はみな情景をイメージできないはずだ」



 騒乱の記憶はもとから共有されていて、黒魔術団を警戒するのが『当たり前』、あの出来事を街の誰もほじくり返そうとしない。再度調べる気も起きなかった。


「『黒魔術団の騒乱』は、ボイドが外部由来のミラージュを攻撃して排除する『免疫システム』を実現するための辻褄あわせだ。……調査初期、ファーストコンタクトの事故で我々がそれをつくってしまった。ボイドの生態を知らなかったために――」


 十七年前に突然発生したボイドは、不完全な分析だったが何もない空白(Void)状態だった。その一年後ボイドは変化し、空白には世界が発生した。

 そして、詳しい解析法――ボイドへのダイブ(進入)により調査をおこなう手段が確立され、彼らミラージュは結成された。


「当時は軍人よりも、さまざまな分野の学者や志願した一般人が多かった。どのメンバーも未知の世界に目を輝かせ、オーロラに肉薄できる期待に胸躍らせていた。世界を含め、ミラージュは『人類の希望』だと疑わなかった……」


 ボイドにファーストコンタクトしたメンバーは二五人、全体の三分の一だった。当時のボイドは発現範囲が狭く、原始時代に等しい暮らしを営んでいたらしい。


「隊員たちはボイド空間の(ほつれ)である『特異点』を見いだすなど成果を上げていった。そこまではよかった……」唇を噛みしめた。

「突如ボイドの世界が壊れ、範囲が急激に拡大したんだ。その場にいた隊員全員が神経組織に深刻なダメージを負った。ほとんどが即死、生き残った者も数時間後に死亡、あるいは昏睡状態のままとなった」

 ハワードは瞼を閉じる。つらい思い出を汲みだすように。


 その後の事故調査で、原因は『ボイドへの過干渉』と結論される。調査を円滑におこなうために、多数のボイドノイドに隊員たちが接触。事実を教え、交渉のために持っている技術やノウハウを提供したことが事故のきっかけだった。


「半年弱でボイドは再構築された。だがそこには文明水準を飛躍的に上げた『エオスブルク』があったんだ。そして、そこに住むボイドノイドはミラージュを恐れ、排除する文化構造を生み出していた……」ハワードは続ける。

「その後もボイドの肥大化と文明レベルは断続的に進み続けた。我々はボイドが肥大化し文明レベルが変化することを『遷移せんい』と呼び、最悪の想定である、オーロラの全領域がボイドに占有される結末を『極相きょくそう』とした」


 ファーストコンタクトの失敗による事故は、ミラージュ内や全世界に衝撃を与えた。人々が抱いた期待は絶望へと変わった。

 事故から半年後には遷移の前兆を監視するシステムを構築し、ハワードの指揮で部隊は再構成された。

 だが隊員たちはすでにミラージュを見捨て、上層部から通達される『他部署へ異動』の命を心待ちにしている――



 アレクがハワードに尋ねた。

「……じゃあ、『黒魔術団の騒乱』も、うそなの?」


「そうだ、騒乱は虚構。『幻』だ」



 ――ぜんぶ、『幻』……。

 僕の姿も、僕がいた世界も、僕の街が歩んだ歴史も……。すべてが、存在しない虚構――


 セニアがハワードの後ろに立っている。

 裏路地にいたときの彼女が思い浮かんだ。……そりゃ笑うはずだ。

 死ぬ覚悟であいつに吠えた文句は、すべてが的を射ない中身。間抜けの極みだ。

 アレクはしぼむように肩を落とす。彼らの話が事実であれば、いろいろと辻褄が合う。


「じゃあ、……なんでボイドノイドの僕に事実を伝えるのさ、だってオーロラが危なくなるんでしょ」

 口で抗っても、内心では認めたも同然だった。


「そのとおりだ。……二度とあの惨劇を繰り返さない、我々は君たちに正体を隠し、もし露呈するきっかけがあれば排除と抹消を徹底している。しかしこの部屋に来た君には、もう誤魔化しきれないと判断した。君だけには事実を伝え、『存続派』の私が事態収束のために協力をお願いしたわけだ」


 ベッドに座っているアレクにハワードは屈む。

「どうだろう、我々の力になってくれないか」


 ハワードの企みのない、まっすぐな眼差し。

 それに応えようとしたが、

「……ちょっと待って。……心の準備が」

 出てきた言葉は正直だった。


「戸惑うのもわかる、ゆっくり考えておいてくれ」

 アレクに表情をほぐし、やわらかく笑んでいた。



「ほかに聞きたいことはあるか、アレックス」

 立ち上がったハワードがアレクに尋ねた。


「えっと、……あ!」とある事が頭をよぎった。

「ミラージュのファーストコンタクトで、隊員は犠牲になった。なら壊れたボイドにいたボイドノイドはどうなったの……死んだの?」


 ボイドに住む彼らはボイドの破壊に巻き込まれたはず。当時のボイドノイドが死に絶えたなら、今の僕たちはいないはずだ。


「確かにボイドの破損で当時のボイドノイドは跡形もなくなり絶滅、いわば『抹消』された。だが新しく君たちの街ができた際、ボイドノイドは再度発現していた。しかも人数は格段に増えていた」 


 ミラージュはファーストコンタクトの成果として、ボイドノイドを個体別に識別する手段を確立していた。不完全だが広い範囲をスキャンできる非ダイブの調査によって、破損前のボイドノイドたちの識別データが、新しい世界に受け継がれていた事が分かった。

 ある者は二つのデータが混じり合い、ある者はほとんど混じらずに、またある者は多く混じったのか全く新しい個体なのか、リストに該当しない者が存在していた。

 ボイドノイドが発現するきっかけは、遷移かお腹を痛めて産んだ場合の二種類。後者は二個体の混合だが、前者は混合のタイプがさまざまで発現する年齢も幅が広いらしい。


 アレクは母親のことを考えた。ボイドにエオスブルクが発生したのは今から約十六年前。

 僕を産んだのが十四年前だから、母さんは前者にあたるはずだ、そう思った。


「君たちに『死、という名の抹消』は訪れるものの、存在は生き続ける。おそらくボイドへ一時的にプールされたあと、複製と再構成がなされ、その後新しい『人生』を歩んでいるのだろう。これは我々が抹消行為(殺害)を行なっても同様だ」


「じゃあ、裏路地で殺された衛兵たちは」


「次の遷移かその先かは分からんが、彼らは街に帰ってくる。新しいボイドノイドとして」


 セニアが言った「また会ってみたいかも」ってこの事だったのか。


「あの、……ハワード、さん」初めてハワードの名前を口にした。

「僕、もっと知りたい。僕のことも街のことも……、もっと教えて」


 まだ聞きたい。彼らの話を頭の中で噛み砕き、もっと吸収したい。疑問と興味があふれ出して、アレクの心は居ても立ってもいられなかった。


「おお、興味を持ってくれて嬉しいよ」ハワードは喜びに満ちていた。

「では博士、まずはアレックスの情報を調べてくれないか」


「ハイよろこんで!」

 同じく嬉しそうにマヤが、コンソールデスクへ駆けていった。


 マヤが操作を始めた。

「キミに服を着せる前に、識別データの領域をスキャンしておいたんだ。すぐに分かるよ」


 言った通り、すぐに結果が出た。

「ヨシ! わかったよ」先ほどの嬉しさで、マヤの声が弾んでいる。

「えっとね、キミは――」



 夕焼けに照らされていた川と外の景色は、とうに夜の暗闇に覆われている。


 有頂天なマヤが僕の『こと』を語った。

「キミはファーストコンタクトの失敗から数えて七回目、七次遷移で街に現れていてね、だから――」


 僕はそのとき、彼女が何を言っているのか、分からなかった。いや分かりたくない、分かるはずがなかった。

 ――あの頃は、ずっと楽しい日々が続くと思っていた。

 つらい、悲しい……。だけどそれは美しくて、かけがえのない、母との思い出。

 あれから二年がたった。


「七次遷移が発生した年、つまり『一年前』にキミは生まれたんだね」



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(黒魔術団) #02a

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(排除と抹消を徹底) #05a

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セニア『また会ってみたいかも』 ハワード『彼らは街に帰ってくる』 #07a

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