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#13a 騒動

 ――あれからどのくらい経っただろう。

 陽はとうに落ち、夜になって久しい。大きな窓の外は暗闇ではなく、反対側の細長い建物から漏れた幾多もの光が、まるで月明かりのように部屋の床を照らしている。

 だがそれは、ここまで届かない。


 アレクは寝返りを打った。騒がしかった四〇三号室は今や灯りのない静寂の世界に変わっている。ただ一人、急ごしらえの硬いベッドに横たわっていた。

 服は()()()もらったが自由はない。部屋を広く使った四〇三号室の壁際に置かれた、硬いベッドとその周りの一歩か二歩から先は、見えない壁に囲まれている。

 指で試してみたが、見えない壁に差し込むと指が消え、そこに激痛と痒みに似た、自分でもはっきりしない嫌な感覚が襲ってきた。引っ込めば元に戻るが、もう試したくない。簡易的な拘置所といった具合だ。


 横になったまま暗い部屋を見渡す。エオスブルクにあるどの建物にも、こんな部屋はないだろう。レンガや石や木でも土でさえない白い素材が、ほとんどつなぎ目なく壁として使われて、床には汚れもない。

 他の部分も、外の景色だって街と違うものばかり……何もかも。

 大きく息を吐いて寝返り、背を向ける。


「……うそだ」

 口を開けば、そんな言葉が出ていた。


 あり得ない――そう思っても、あの後に起きた出来事が『しがみつく』感情を否定する。

 そんなこと、ある訳ない……。

 僕がいた暁の街が、そして僕自身も全部――

 幻、だったなんて――



 二人が叫び声を上げたあの後、アレクとセニアはコンソールデスクでお互いの姿を隠していた。どちらも声を出せず、動けない。


 アレクは屈んだまま周りを見た。目に入る風景は街の路地裏ではなかった。

 材質の分からない白い部屋の壁、右側にはとてつもなく大きな曲面の窓、そこから見下ろせる細長い建物や奥に見える川、そして白色の奇妙な机に身を隠す、裸の少女と自分自身。


『いったい……、何が起きたんだ』

 たしかに僕は路地裏の袋小路にいたはず。なんでこんな事に、……足元のタオルもおかしいけど、ここはどこだ。


「あの、ここって――」


「ひぃ! こっ来ないで!!」


「行かないってば」


 彼女は動転して話を聞いてくれなかった。だが、アレク自身も冷静でいなかったことに気付く。

 黒魔術団の少女がさっぱりした姿で、くつろいでいたこの部屋は……、全身の血の気が引いた。

 ここは、――黒魔術団のアジトだ――


 彼女は腕を伸ばして机の上面に触れた。短い音が鳴ったあとに、大声を出した。


「TCトリアージ・カテゴリーブラック! TCトリアージ・カテゴリーブラック! 誰か来て!! はやく!」


 机越しから荒い鼻息が聞こえる。


 あいつの仲間が来る――!

「あ、あのさ、……落ち着いて」


「うるさい! できる訳ないでしょ!」

 もっともな話だ。アレクも客観的に見て、そう思う。


 そのうちに、後ろの壁から複数の足音が聞こえてきた。そこにはノブはないがドアらしき長方形のくぼみがある。

 足音が止み、ドアが右の壁の中に消えていくと、あいつの仲間――黒魔術団の男達がなだれ込んできた。


『あぁ、僕はもう終わりだ……』

 誰も知らないはずの黒魔術団のアジトに僕はいる。路地裏で少女に怪我までさせて、このまま生きて帰れるはずがない。

 素っ裸の無防備な格好で、アレクの目は涙でいっぱいだった。


 やってきたのは男五人、先頭にいる白髪交じりの初老の男が真っ先に口を開いた。

「セニア無事か!? セニ……」


 ハワードの目に飛び込んできたのは、下着一枚の義娘の姿。

 すくんだままのセニアの顔は再び、いやそれ以上に赤くなった。仲間を呼んだは良いものの、更に人の目にさらされる事に考えが及ばなかったのだ。


「……うぅ」

 五人に背を向けた。


 ハワードは騒動の元であるボイドノイドの少年を見た。こちらも裸の状態であるが、セニアに羽織るものを渡す方が先である。急いで制服を脱ごうとしたが、ボタンが上手く外せないでいた。他の四人はアレクをにらみ付けている。

 すると、


「あーもう、みんな速すぎだ。ちょっとどいて」

 男達をかき分け、白衣を着た長い黒髪の女性が現れた。


「うわあ、こりゃヒドイ」騒動の有り様を髪を掻きながら見ている。

「ハワードさん(・・)、これをセニアちゃんに」

 ハワードに白衣を渡した。


「すまない、マヤ博士。ん、今日は()()()()な」


「えっ、まあ、忙しかった……。って()()にその言葉はないでしょ」小言を言うとアレクを見た。

「じゃ、ワタシはあの子の方へ」

 アレクに近寄っていく。


 屈んだままアレクは後ずさりした。足にめり込んだタオルが残される。焦りでバランスを崩してしまい、机の側面に手をついた。

「……え」


 机の感触がなかった。確かに机が身体を支えた事で転ばずに済んでいる。なのに机自体を触っている実感がない。手に当たる物体の温感も触り心地もなく、まるで空間が手を受け止めたようだった。そういえば裸なのに空気の流れを感じない。


「キミ、そう怖がらずにこっち向いて」

 前を向けば、顔が目の前にあった。ワインレッドの薄手の服に黒のミニスカート、足の肌は黒いタイツが隠している。何をされるか分からない恐怖もあったが、アレクには女性の顔が奇妙だった。

 彫りの浅い顔、僅かだが色味のついた肌。今まで会ってきた人とは違う顔立ちだった。


「どうした? 呆けた顔して」女性が、間をおいてニッと笑う。

「さてはキミ、『東方の民(アジア人)』を見たことないな」


 ――東方の民――聞いたことはある。

 アレクが住むエオスブルクには、遠方から人や物がやってくる。

 北の方角はリメイ山脈が白銀の世界をつくっている為に北方との交流は困難だが、他の方角からは行われている。

 西からは様々な野菜や果物が来る。街に並ぶ野菜の原産地は、多くがここからだ。

 南は魚や貝などが多く獲れるらしく、リビ湖よりもはるかに大きい『海』があるそうだ。肌の色が濃い人たちが通商にやってきて、街に暮らす人もいる。

 そして東、二つの方角よりは交流が少なめだが、街のものとは毛色の違う渡来品が人々の思いをめぐらせる。人づての話では、東の端には黄金を建材として使う街があるとかないとか。

 定住した東方の民がいると聞くものの、アレクはまだ会ったことがなかった。


「ワタシは日本人の『片霧(カタギリ)真彩(マヤ)』だ。ちなみに『マヤ』がファーストネームでね、よろしく」

 マヤの握手の求めに、アレクは応えなかった。


「ありゃ? 視覚は機能してると思ったんだけどな」

 いきなり、腕をアレクの顔に近づけた。マヤの手はアレクの眉間に伸び、そのまま――

 頭の中へ埋まっていった。


「わっ、わ!!」

 尋常でない事態、おまけにマヤは腕を上下に振り始めた。アレクが掴もうとした時には腕はすでに引き抜かれた後だった。


「うん、反応からみて視覚は大丈夫そうだ」


 ――いったい僕に何が起きているんだ。さっきまで腕があった場所を触っても、あるのはいつもの顔の感触。なのに自分以外のものが全く触れられない。


「ぼ、僕に何をした!」


「ゴメンねびっくりした? 大丈夫、今のは見えているかどうかの確認だから、キミには何もしてない。証拠に痛くなかったでしょ」


「確かに痛くないけど、……そこじゃなくて」


「聴覚も正常、コミュニケーションも円滑に出来そうだ」

 マヤは立ち上がると、机の上面を触りだした。忙しなく指が動いている。


「博士、どんな状態だ」

 ハワードが話しかける。


「ウーン、この子は部屋(四〇三号室)の『ホログラムメッセージ』を動作させてますね。やはりホログラムと互換性があるようです、ワタシの予想通りだ」指の動きが早くなった。

「コンソールデスクと繋がっている、キャスケットの左腕ユニットのプログラムが不正に更新されてます。ここが入り口でしょう」


「危険性はあるか」


「侵食は部屋の一部のシステムだけですし、この子が行うこれ以上の変化は、ワタシは無いと考えますよ。物理的な攻撃も不可能です、ホログラムなので」


「なら良いが……ボイド側が気になるな」



 アレクはマヤをぽかんと見上げていた。

 キャスケット? ホログラム? 喋っている内容、言葉の意味がわからない。

 黒魔術団の彼らに、いともたやすく殺されるのだと震えていたが何も仕掛けてこない。あったとすれば『視覚の確認』ぐらいだ。

 自分以外に触れられない現象も、聞く限り意図的でないように思える。


 マヤは机に張り付いたまま。ふと、アレクは『セニア』と呼ばれていた少女を目で探した。

 机の側にはロジーナおばさんより歳が若そうな東方の民の『マヤ』と、初老らしい『ハワード』と呼ばれた男が立っている。彼らがやって来た扉の近くには、体つきがしっかりした男四人のうち三人が、暇を持て余すように壁に寄りかかっていた。一人は真面目に待機している。肌の色が濃い。南方の民だろうか。


 少女――セニアは机に身を隠した時とほぼ同じ場所で立っていた。羽織っている白衣がシワだらけ、ハワードからひったくったのだろう。

 視線を感じたセニアが恥ずかしそうに目を逸らした。

 そうだ、僕は裸だった。


「あの、服を……」


「それもやってる、少し待ってて」マヤは机で作業をしながら応えた。

「たぶんキミの服は、この部屋に現れる間にキミと関連付けるための値が変化して、デフォルトに戻っちゃったんだと思う。ボイドノイドの『従装具』データを直接イジるのは初めてだけど、ホログラムと互換性があるみたいだからワタシなら、きっと……」

 突然目を見開き、マヤの顔が固まった。


「博士、どうした」


「……いや、何でもないです。気になさらず」ハワードに小さな声で伝えると、再び指を動かす。アレクに歯を見せ指を止めた。

「よし、服着せてあげる」

 机をポンとたたくとアレクの体を光がまとい、一瞬のうちに街にいた時の服が着せられていた。


「フフッ、すごいだろ。値がデフォルトにならないように変更もしておいた。これで心置きなく話せるな」


 驚きで体のあちこちを見るアレクに、マヤは得意げに腰に手を当てている。



「……バッグがない」


「ウエストポーチに似た奴か? あれは分離させた、ここにある」

 マヤが指をさしている。魔術札やペンを入れておいたバッグは机の上だった。


「これは渡さない。何もできないと思ってはいるが、念のためだ」


「返せよ!」


 立ち上がりアレクは歯向かうが、鋭く重苦しい目つきが、後ろから前から浴びせられた。

 逃げ場は無い、ここは味方なき敵のアジトなのだ。


 ハワードが口を開いた。

「まあ、そう焦るな、こちらは話したいことが山ほどある。我々に付き合ってくれないか、ただし拒否権はないが」


「ぐっ、……黒魔術団め!」


「『黒魔術団』?」首をかしげた。

「ああ、あちらでの我々の名前だったか」


 アレクの前に立つと、少しだけ胸を張った。

「『ミラージュ』へようこそ、ボイドノイドの少年。これからよろしく」



関連話 ※別タブ推奨

(キャスケット)#10a

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/10/


『従装具』→“clothing”の意味(衣服に加え、身につけるものすべてを含んだニュアンス)で書きました。

間違っていたらすみません……。

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