#083b 世界は動きだす
街を歩きまわったあと僕たちは北西のはずれにある丘へむかった。草原がひろがる丘で、街を一望できる場所だ。
黄昏れも過ぎたエオスブルク。街は家々のランプに彩られ幻想的な景色が広がっていた。
草原に腰をおろし、夜景を眺める僕たち。
セニアが声を漏らした。
「綺麗ね。とっても」
「ああ、僕もそう思う」
穏やかに時が流れてゆく。いつもと変わらない街なのに、今日はより美しく感じる。
丘にそよ風がふき、となりに座るセニアの淡い色の髪がゆれた。
ボイドと現実世界をふたつとも守る――叶うかさえわからなかったこの願いが、いま目の前にある。僕たちは本当にここまで来られたんだ。
「セニア。いろいろあったね」
「ふふっ、そうね。最初はあなたを殺そうとしてたのに」
「だったなあ。プッ……」
僕もセニアも、くすくすと笑う。彼女が笑う表情はとても柔らかくて、可愛らしかった。
「ねえセニア」僕は言う。
「ボイドと現実世界は両立できた。でもこのまま続くとはかぎらない。いつか崩れてしまう可能性はある。……だとしても、いま僕たちがいる『世界』は、きっとさきの世の『基準』になると思うんだ」
「ええ、わたしも同じ考えね。わたしたちの道は後世につづく。これからも」
僕はうなずく。
「僕たちは守っていこう。生きていこう、この世界を」
セニアは僕に頬笑む。
けれども彼女は街に顔を向け、呟いた。
「……ロラは、もういないのよね」
「……そうだね」
ロラがいたからこそ、僕たちはふたつの世界を守れたと言えるだろう。
できれば三人で、いまの世界を歩みたかった。そうあらためて思った。
――そのとき、街全体が急に明るくなった。明るさはだんだんと強まり、いつしかエメラルド色の輝きにつつまれている。
輝きは北の上空から。そこには、
大きなオーロラが夜空に広がっていた。
「なんて……綺麗。わたし初めてみた」
セニアがため息を混じらせた。
空いっぱいにきらめく、幾重にもかさなる光のベール。僕自身も話に聞いただけで、見るのは生まれて初めて。もしかするとボイド世界に初めて発現したオーロラかもしれない。
街の人々が言い伝える訳もわかる気がした。オーロラは、『女神エオスの夜の姿』だと――
……はっと気がつく。それはセニアも同じだ。
僕らは立ちあがる。輝くベールをふたりでみつめながら。
夜空に僕は手を伸ばす。
「おーい、ロラ! きみはいま元気かい」
オーロラはゆっくりと幕を揺らしながら、その身を緑から赤色へ変えてゆく。その燦然とした輝きは、すべてが美しい。
四五年前、世界は太陽嵐の厄災をうけた。だが恐怖の象徴だったオーロラも、いまでは美しくきらめく存在にもどった。
生きた証は消え去らない。
世界は動きだす。ふたたび。
fin.