#080b 願い
テッドの取調べを終えた日の夜、四〇三号室の展望ルームで僕はひとりソファーベッドに座って、夜景を眺めていた。
あの後もテッドはボイドについて発言をした。とくに記憶に残っている事は『魔術』について。厄災前にあったプロジェクト・エオスブルクと、僕が存在するエオスブルクはその年代に大きな乖離がある。文明の利器がない現エオスブルクがこの矛盾を解消しようとした結果が、一部のボイドノイドがもつ『魔術』という能力らしい。
僕があらゆる魔術をつかえた理由はプロジェクトの第二管理者権限をもつレンによるもので、二種類の魔術がつかえた特化型ボイドノイド『暁の戦士たち』も、五〇パーセント程度が彼に由来していたそうだ。僕が草地で戦えた理由がわかった気がした。
またあの能力はボイドノイドたち――つまりプロジェクトに参加した一三五人が抱いた、豊かで幸福になりたいという願いが根源だとテッドは話していた。
「……願い、か」
きらびやかなビル群をまえに、僕はつぶやく。
「ねえ、そろそろ食事にしない」
階段のうえからセニアが身をのりだす。
彼女の顔を見あげ、僕は決心した。
「セニア、すこし話があるんだ」
彼女を呼び、ソファーベッドに隣りあい座る。セニアはすこし訝しげな顔をしたが、急に澄ましたような表情になぜか変わっていた。
「あのさ、きみに伝えたくて」
――と、
「知ってる。『プロポーズ』、でしょう?」
澄ました雰囲気のまま、セニアは冗談っぽく目を半開きにした。
……図星だ。
「なっ!」
くすりと笑って、彼女は唇をひらく。
「だってもう顔でわかるもの。アレクは隠しごとが苦手ね」微笑みながら言った。
「それにわたしたち、告白する関係はとうに過ぎてない?」
「……まあ、ね」思わず耳が熱くなる。
けど、
「お願いセニア。僕に言わせてくれないかな? きみへの気持ちを」
セニアに、僕は言う。
「ずっと僕は、死ぬために生きようとしてきた。母さんへの償いを理由に自分がどう消えるかを……。それは『レンの意思』が影響していたとしても僕の意志だった。きっと近いうちに苦しみながら死んでいたはずだ」
「でもセニア、きみが僕のまえに現れてから、僕が歩む道は変わったんだ。きみが現れて僕に銃口をむけようとしたあのとき、やっと自分の本心を知った、……『生きたい』んだと。当時はわからなかったけど、あれが僕がもつ本当の気持ちだと思う。そして母さんもきっと、僕が苦しむことは望んでいなかったはずだ」
セニアをみつめた。
「きみは僕に、『死ぬための目的』じゃなく『生きるための目的』を与えてくれた。二〇九四年の世界にきても、世界の真実を知っても、きみのおかげで僕は光を失わなかった。きみがいたから、僕は強くなれた」
「セニア、きみが好きだ。これからもずっと一緒にいよう」
彼女は僕をみつめ、言う。
「わたしもおなじ。あなたはわたしの心を救ってくれた。みえる世界を、運命をかえてくれたの。アレク、あなたを愛してる」
互いの視線が絡みあう。
僕たちはそれ以上語らない。幸せな時間が、僕たちを満たしていた。