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#079b 彼の意思


 取調屋にいる皆が、テッドが放った言葉に固まった。それは僕もおなじだ。


 レンの妻は、ロラ――AIオーロラとおなじあだ名で、しかもレンは妻を殺している。

 僕は、『レン・ユーイングの亡霊』――


「……そんな、そんな馬鹿な!」


「馬鹿なことだと思うか『亡霊』。これはゆるがない事実だぞ」テッドはすぐさま否定した。

「貴様は『母親』を愛し、だが彼女を死なせたことに(さいな)まれてきた、『罪』の意識を背負ってな。自分の命を彼女への罪滅ぼしのため、擦り切れるまで使う決意だった。そうだろう、貴様の素性はすでに調べてある」

 畳み掛けるように言うテッド。僕はただ黙るしかない。彼を睨み、でも言い返せないまま、テッドは語りはじめる。


「アレックス、貴様は『レンの意識』がつくりだしたボイドノイドだ。組成データの約八二パーセントが彼に由来する。貴様の『記憶』も、『深層心理』さえもな」


 僕はテッドの言葉にたじろぐばかりだ。


「アレクが、……レン」

 マヤは呟き、動揺を隠さない。


「この際すべてを伝えよう。レンがどう生き、何をしてきたのかを」



 レンがマヤのまえから去り数週間が過ぎたころ、彼は『ロラ』というひとりの女性と出会い、そして結婚をする。金色の長髪と青い瞳をもつ彼女はミンカル社の一社員だった。結婚生活は幸せそのものであり、研究室があるレン宅にふたりは暮らしていた。精神転送の研究もわずかだが着実に進んでいく。

 この幸せはずっと続く――はずだった。


「……聞くにロラは重い病を患ったそうだ。治る余地はなく、彼女の看病を続けるレンも精神が擦り切れはじめた。彼女の身ごもった子が流れてからは喧嘩も絶えなくなり、精神転送の研究さえも壁につきあたる。打開するためには、意識を電子の空間に移す『実験』が必要になった。……看病疲れからいっときの憎しみを妻にいだき、研究にも追い詰められたレンは、」


 ――動けないロラを、実験台につかった。



「実験は失敗に終わったらしい。ロラという人間を殺したうえでな」

 転送できたロラの意識は全体の三割未満。精神の一部を失い、彼女は死を迎えた。


 愛していた妻ロラを殺したレン。だが彼のもとにやって来たのは警察ではなく、ミンカル社のCEOテッドだった。警察よりも情報をはやく手に入れていたテッドはレンを脅し、なかば強引に連れ去る。その目的は彼の力を借りてAIオーロラ内部に電脳世界――のちにプロジェクト・エオスブルクと呼ばれる居住地――をつくるためだった。

 レンは社会的に妻ロラとともに失踪扱いになる。テッドのもとで彼は同プロジェクトと、それに必要な精神転送の研究、技術開発を続けた。レンにも自らで決めた『目的』があったからだ。


「レンは、あの世界に『墓をつくる』と伝えてきた。電子空間に引き裂かれてしまった『彼女の断片』を埋葬するために、あの世界に『最初で最後の墓』を築く……。思惑は違えども、たがいに協力するうちに俺たちには信頼関係がうまれていた。俺はあいつを、友だと思うようになった」


 その後プロジェクト・エオスブルクは完成に至り、レンはロラのデータを埋葬(プール)する。だがそれは彼にとって『罪滅ぼし』にあたらなかった。最愛の妻を殺した、死なせた罪悪感は消えず、テッドからみてもレンが罪を背負い続けていることは明らかだった。

 そして厄災の日となった。


「あいつは予測があった『二波目の磁気嵐』に巻き込まれるつもりだったのだろう。死をもって償おうと」


 厄災が過ぎたのち、AIオーロラは休眠状態だった人工母胎――セニアの胚があった施設を再始動させる。またボイド世界にあらわれたときには女神の姿をした『彼女』はレン・ユーイングに近しい存在のアレクに、強く関心を示した。


「流れた子とセニア・オーウェン、レンに近いアレックスへの関心……俺はこれを知り、思った」


 ――レンの妻ロラの断片的な意識が、AIオーロラに入りこんだ(・・・・・)、と。



「ロラが……」


「貴様は『なにかを感じていた』はずだぞ。あの女神さま(・・・・)にな」

 苦々しい顔で、しかし口角をあげる。


 僕はテッドに、言い返せない。思い当たる出来事が数え切れないほどある。

 ロラに抱いた感情、……魂が揺れるような、懐かしくて、それでいて悲しく苦しいあの気持ち。レンという存在によってすべてが裏付けられてしまった。暗闇を走り続ける感覚も、なぞの夢さえも、ぜんぶ。

 かたく握る拳が、ゆるんでいく。


「これでわかったか……。貴様の過去もいまも、未来も、意志や記憶はレンのものだ。変質がおきようと、薄れようとも根底は(くつがえ)らない。そしてほかのボイドノイドも存在する以上、多かれ少なかれ『苦悩』を抱え続けている。貴様たちは生と死を繰りかえすあの世界で『生の苦しみ』を永遠に運命づけられたんだ。……俺は、仲間を過ちへ導いた俺は、だからこそ」

 口を閉ざしたテッドは、僕をしずかに見据えていた。


 彼のまえで僕は声を失い、茫然と立つだけ。

 ……大切な『記憶』も、母を死なせた後悔と罪滅ぼしの衝動も、すべてレンの記憶と意志――

 彼の亡霊が僕だというのなら、これまで僕が選んできた判断は、固めた決意は、レンの意志だ。


 考えるほどに心がずん、と重くなる。

 僕は、()ではない。そしてレンの意志に僕は、これからもつき動かされ続けるのだろう。

 過去も現在も、そして未来さえも……。



 と、――垂れていた手に突然、温かい感覚が伝わってきた。目を落とすと、それはセニアの手だった。

 僕の手をセニアは黙ったまま、視線も交わさいままに、握りしめる。柔らかい感触が手のなかにあった。



 ……ああ、そうだよ。僕はなにを悩んでいたんだ。


 目を伏せたまま言った。

「ねえテッド。僕は、やっぱりあんたが言うことが正しいとは思わない」


 テッドに顔を向ける。

「たしかに僕は苦しんできた。あんたから見たら僕はレンの単なる亡霊で、幻影だ。でも、いまここに生きている。それが最近、やっとわかったんだよ」


 そして、セニアの手を握り返した。


「生きているから、きっと苦しみは尽きない。でも楽しいことだっておきる。あの街で暮らしていた僕は、やっとそれを思い出せたんだ」


「……ほう? これはまたおかしなことを」


「テッド、あんたも贖罪(しょくざい)のために生きてきたんだよね。だから言わせてほしい」彼をじっと見た。

「僕たちボイドノイドは不幸じゃないよ。あんたが償うべきものはない。だから、――自由になってほしい」


 ベッドにいる彼は、黙ったまま僕をみつめていた。

 沈黙は、ちいさな笑いに破られる。


「ははは……、なるほどな。そういう答えも、悪くないかもしれん」


 肩の力を抜くように息を吐いたテッドは、頬笑みをうかべる。




 取調べが終わった一週間後。テッド・クレインは、心臓の疾患によりこの世を去った。




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