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#077b プロジェクト・エオスブルク


 ハワードが開口した。

「調子はどうだテッド」


「ふん。まあまあ……と言いたところだが、実際そうはいかんな」

 強がるように嫌味をついたテッドは咳払いする。


「あの遷移事象(せんいじしょう)、どうも以前とは性質が違ったようだ。おかげで神経系のダメージがひどかった」テッドは斬られたときの傷を再現するように身体に手を沿わせ、息をはく。「それから」と付け加えた。

「俺は心臓に疾患がある。さきの一件で神経がいかれたうえ、これだ。貴様らとお喋りできる時間もそう長くないかもしれんぞ」

 鷹をおもわせる鋭い眼差しのまま、テッドは皮肉っぽく口角をあげた。


「冗談は(しま)いにしろ。テッド、お前には話す義務がある。何もかもすべてだ」



 皆でテッドを注視するなか、ハワードは訊ねた。

「お前のほかに覇権企業ミンカル社の残党は何人いる。答えろ。いまどこで何をしている。少なくともひとり(・・・)は」


「……死んだよ」


「なに?」


 テッドは重い口で言い、拳を握りしめた。

「死んだ。全員、分け隔てなく……。貴様らも知っているはず、四五年前の厄災時にミンカルの社員たちはみな死亡した。生きている者は俺のみだ」


「……そんな。それはオカシイ!」横槍を入れたのはマヤだった。

「ワタシは十六年前にキャスケット(ダイブポッド)の設計図をレンからもらった。彼が厄災で死んでいるワケがない! 嘘をつくな」


「あのメールか博士。……あれは俺だ。レンのアドレスを入手してな」


「えっ」


「あんたはレン・ユーイングと親しい間柄だった。彼の名前を(かた)るほうが、あんたは動いてくれる」


「うそ……。そんな、レンが」

 マヤはそれきり、言葉を失った。


「すまない博士。こう面とむかうと、予想より罪悪感は増すものだな。レン――友はプロジェクトの(かなめ)だった。本当に優れた技術者だったよ」


 ハワードがにじり寄った。

「ならばどうしてお前が表舞台に現れなかった! ボイド調査局に直接関わればよいものを」


「それは、言わん」


「なんだと!?」


「……いや、この程度ならよいか――」


 ――ミンカルの再興、復権……とでも教えておこう。


 テッドは眉根をよせ言葉を継いだ。

「まあ大失敗だがな、いまの状況では」



 白くなった短髪の頭をかくテッド。――その様子を僕はマヤの横で見ていた。

 マヤが逢いたいと願いつづけたひと、レン。彼が居ない事実は彼女にとって、つらいなどという言葉で片付けられないものに違いない、その思いを知る僕だって。マヤは唇を噛んでいた。


「ただ、いまの状況だからこそ、俺は伝えねばならんのだ。過ちをな」


 テッドは言った。

「あの太陽嵐の厄災によって、ミンカルに所属する人間はみな死んだ、これは事実だ。……だが場所がすこし違う。ミンカルの社員全員は『客船で死んだ』わけではない。一三五人(・・・・)は別の場所で死んだのだ……『プロジェクト・エオスブルク』のなかで」


「……『プロジェクト・エオスブルク』」

 特異点調査で発見した、暁の街(エオスブルク)とおなじ名称……。以前マヤからミンカルに所属した人々は、すべて洋上の客船で亡くなったと聞いている。テッドいわくそれは間違いという事か。


 テッドは僕の言葉に「ああ」と同意し、ふたたび口をひらいた。

「俺たちが目指したもの、創り(・・)だしたもの。ミンカルの開拓地(フロンティア)であり、理想郷(ユートピア)だった」



「五〇年以上前の人類はあらゆる地を制覇した。大陸や島はもとより、洋上(メガフロート)地下(ジオフロント)月面(ルナベース)。……居住地を築きあげ、さらには火星にさえ足を伸ばそうとしていた。だが唯一、見向きもされない『場所』が長年存在した。……サイバースペース――電脳空間だ」


 するとテッドはハワードに声を掛ける。怪訝な顔をするハワードはしかし彼の要望に応え、手持ちの端末を操作してファイルをひらく。それは十次遷移後の特異点で得たデータ(二章#036b)

 ――途切れ途切れの音声が再生され、

 目をつむるテッドは、音声にあわせ口を動かした。


「……我われは、ここに我われの世界をつくる。あたらしい土地、概念、国といえる存在を創るのだ。……そしてこの世界が人類史にあらたな一歩を刻む。……古めかしい組織やしがらみ、時代錯誤な国家など、この世界において意味はない。さあ、我われで切り開こう。新たな時代を……」

 謎の音声がテッドの言葉によって補われる。静かに言い終えた彼は「懐かしいな」とひとり呟いた。



 語り続けるテッドから当時のミンカルが何をおこなったか、全貌がみえてきた。


 AI(人工知能)分野の開発競争に勝ち、ついには世界の覇権を握るに至ったミンカル。彼らの存在は、もはや『現存する国家』の枠に縛られるにしては巨大過ぎた。どの国家(G―ZERO)もリーダーシップを執れない世界ならばなおさらの事。国連からの依頼で次世代AIユニット『オーロラ』を完成させた彼らは、同時にある計画を裏で進めた。


 ――既存の国家、地域を超えた『世界』を創りあげる。

 ミンカルは、電脳空間――『AIオーロラの内部』にその世界を構築するときめた。


「行き詰まった人類史を、混迷の夜を照らす新たな光。そして夜が明けたさきに広がる、暁の居住地……。『プロジェクト・エオスブルク』はAIオーロラとともにそう名がついた。エオスブルクという名称はレンのアイデアだ。俺と、レンをふくむ一三五人のミンカル社員は、『楽園』を築こうとした」


 年齢も人種も生まれも関係なく、既存の制約からも、ひいては『肉体の制約』からも解放される地。最終目標は人類全体に入植の選択を与える事――

 すでにある居住地は各国家が介入、管理をしている。ミンカルはそれを避けたいがためプロジェクト・エオスブルクを完成まで極秘のうちに築き、主導権を完全に握るつもりでいたらしい。


 ……『オーロラのなかにある居住地』。その概要はいま存在するエオスブルク、つまりボイド世界とほぼ変わらないといえる。

 まさか、


「ボイド世界は、プロジェクト・エオスブルク……」


「……えん曲に表すと、そうかもしれんな」

 目線を落とし、テッドは言った。


 驚愕をあたえたまま、語りは進んでいった。





挿絵(By みてみん)



「ああこれだ、プロジェクト発足時の集合写真は。部分的なうえノイズも多いが、右手前が俺で、左がレンだったはず……」

 特異点データの謎の画像をみたテッドはそれが何かをすぐに言い当てた。


 プロジェクト・エオスブルクにおいてマヤの想いびとレンの役割は、『ホールブレイン・エミュレーション(精神転送)技術』を用い電脳空間に意識を移植する事だった。『キャスケット』とおなじ設計のダイブポッドで肉体から意識を完全に切り離し、AIオーロラのなかにある『街』に居住させる――そのための技術開発に(いそ)しんでいた。

 データ規格はマヤがつくりあげたホログラム技術を流用。電脳空間に『実体』を生みだす。だがそもそも街や世界自体を構築するためには、それに見合うありとあらゆる情報が適切な値で入力されなければならない。――この問題を解決する絶好の機会(・・・・・)が、ミンカルに訪れた。


 ――AIオーロラが警告した、太陽嵐による被害の予知――

 『文明の方舟』を銘うったテッドの呼びかけに、世界はすすんで自らの情報をあけ渡した。


「すべては人類全体を豊かにするため……。結果、プロジェクト・エオスブルクはついに完成にこぎつけた。……ただひとつを除いてはな」


 レンの精神転送技術はいまだ大きな課題が残されていた。……『肉体と精神のつながり』、これがどうしても切り離せなかったのだ。 個の肉体が現実世界にある事が、電脳空間にある『個の精神』を維持していた。

 だが太陽嵐という一過性の災害を乗り越えるのは楽だ。その時だけダイブをやめればよい。磁気嵐によるAIオーロラのダメージは自動修復できるし、そのなかにある居住地も同様だ。


 世紀の太陽嵐からふたつの世界が復旧したあと研究開発を再開する、――はずだった。


「当時にAIオーロラが予知した太陽嵐の被害はな、十パーセントの低い確率だがもうひとつの可能性があった。……『二波目の磁気嵐が地球を襲う』というものが」声は重かった。

「俺は大丈夫だと思ったんだ。無視して良いと……。レンを、ほかの社員を説得して、そしてあの日(・・・)になった」


 レンを含む一三五人は第一波目が過ぎたあと、プロジェクト・エオスブルクへダイブインを開始。テッドは現実世界にとどまり、客船のミンカル社員、洋上パーティーに途中参加するためにハイウェイを港へとむかう『予定』だった。

「――だが、俺はハイウェイに乗らなかった。乗ったのは部下の社員だ。『無視して良い』と決めた自分だが急に胸騒ぎをおぼえ、山間いにある家に帰ったんだ。……それからさきの惨状は、誰もが知っているだろう」


 第二波の磁気嵐は人類の営みを壊しつくし、命をうばった。洋上、地下、月面の居住地は厄災と混沌とした十ヶ月により壊滅。耐えられる者はいなかった。それはプロジェクト・エオスブルクにいたレンたちもおなじだ。

 ダイブした一三五人の精神は、壊れたAIオーロラとともに、消失した。



「人類が飛躍するため、人々のためと(うた)った俺だが、……振り返るとテロリズムすれすれ、いいや一線を越えていたな。そのうえ仲間を巻き込み自分だけが生き残った。空に広がった極光(オーロラ)に、壊れ果てた世界。……俺は目に映る光景に、ただ突っ立っていることしかできなかった」

 口を締めたテッドの顔にしわが深く刻まれる。彼の老いがより際立っていた。


 厄災と十ヶ月が過ぎ、AIオーロラが復旧。膨大な死者数と遺体を鑑別する資料が無いなかで、ほかの死者たちと同じようにテッド名義の車に乗っていたミンカル社員は、テッド・クレインの名前で葬られた。




◇関連話◇



 特異点データ

(二章#036b 特異点データ)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/64


 集合写真

(二章#043b 突破口は)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/71


 太陽嵐の厄災

(二章#005b MINCAL Inc.)

https://ncode.syosetu.com/n3531ej/33

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