#076b 余韻
まて初耳だぞ。お前、彼女を――
そうだテッド、
僕は彼女を甦らせるつもりはない。
……死んでしまった者は、二度と帰ってこない。
してはいけないし、いや、できないともいえるか。
現存するデータ量であんたにもわかるはず、
それに万が一できるとしても、僕はやらないよ。
……。なら、どうしてお前は俺のはなしに乗った? なかば脅迫とはいえ。
テッド、……僕は墓をつくりたい。
墓、だと?
ああ。僕は墓をつくる。
この世界の、最初で、
最後の墓だ。
……遠のいた意識がゆり戻される。目にうつったのは、迫りくる地面――
落ちているのか、僕は。
「……っ!」
あわてて受け身の態勢をとった。ほぼ同時に衝撃が襲いかかる。
僕は勢いのまま地面を転がり――ようやくそれはとまった。
……息はきれぎれ、身体中が痛む。
仰向けでみえる景色には青空と、崩壊し消えゆく黒い塔があった。
あのとき――意識が飛ぶまえに僕は、テッドを塔の上で斬りつけたはず。その瞬間にあいつは一言、たしか僕の名前を……、
あれ。僕の名前でもないような。
誰、だっけ。あいつは何を言った。
そうだ、テッドは――
痛みをこらえながら仰向けの身体をもちあげると、崩れゆく塔の近くで、おなじく仰向けで倒れるテッドがいた。
僕は這いつくばるように、もはや壊れかけた脚を引きずりながら向かう。ほとんど動かない両脚は激痛も感じず炭の色をしていて、焦げた臭いさえだしている。エンゲージウェアの力だけで動いているのかもしれない。
さっきの幻覚のような光景……あれは一体なんだ。けれど考えるほどに、あの光景は脳裏から薄れていった。
ようやくテッドのもとに来たころには黒い塔は完全に消滅していた。
彼は、まだ生きていた。胴を斜めに斬られた深手を負いつつ、すこし前の僕と同じように晴れた空を呆然と眺めている。
テッドは僕に気づき、おぼろげな眼差しで僕をみた。
「あぁ。お前か」かすれた声だった。
「俺はもうだめだ。すまんな……」
「なにを……。あんたにはまだ生きてもらう」身をよじり、どうにか腰のバッグに手を入れた。血まみれの衣服と傷口をみた。
「治療する。でもまだ完治はさせない。あんたには聞きたいことが山ほどある」
咳き込んだテッドは、しかし皮肉に苦笑を浮かべた。
テッドの確保をミラージュ側につたえ、それから一〇分以上が過ぎただろうか。
草地にへたり込んでいるうち、セニアたちミラージュメンバーが草地にやってきた。
セニアがいきなり僕に覆いかぶさってきた。
怒りの形相で、涙をいっぱいに溜めながら。
「ばか! バカ、この大馬鹿っ! 大うそつき! なんど言えばわかってくれるの、もう危ないことはしない約束でしょ!」
彼女に思いきり襟首をつかまれていた。
「わかったよ、セニア……ごめんほんとに。げほっ」
「はっ、どこか痛かったアレク? ごめんね」
「いや……、すこし首のほうを」
セニアは襟首の手を離してくれた。喉をさすっていると、僕の左脚に目をうつす。
「その脚、……大丈夫じゃないでしょ」
「ううん、多分なんとかなると思う」彼女に言った。
「待つあいだに治療用の札を数枚使ったら、右脚はだいぶ動くようになったんだ。治す途中の痛みは凄かったけど……」セニアに動く右脚をみせる。
「治療用の札はまだ家にもあるし、つくれば良い。だから両脚は、」
僕が言った内容に彼女は息をはく。一応は安堵してくれたようだ。
でも、
「脚が治ったら、ぜったいにぶん殴ってやるから覚悟しなさい。四〇三号室でハワードも待ってるから!」
彼女の顔が僕に迫る。剣幕に僕は小さく「はい」としか言えなかった。
ケネスたちデルタチームがテッドを取り囲んでいる。彼の居丈高だった面影はもはやない。
彼らの様子を確かめたあとに、僕はセニアに言った。
「セニア、……ロラが」
「ええ、通信で」
彼女は口をつぐんだ。
十七次遷移のあと、ロラはいまだにその姿を現さない。もう四〇分が経とうとしている。
彼女に抱きしめられたときの温もり、感覚はいまも残っている。
心のおくが締められたように苦しい。不安で押しつぶされそうだった。
僕も、そしてセニアも。
そんなとき、
――優しい光が、草地にきらめく。
輝く粒子が消散したとき、
そこに、彼女が立っていた。
「ロラ……!」
金色の長髪が風にゆれる。ロラは微笑みながら、涙ぐんでいた。
「……よかった。よかった、本当に」
ロラの涙に僕はつられ、セニアは彼女の懐に飛び込んだ。
草地はさらさらと音をたてる。
晴れやかな空のもとで、時間は流れていった。
――
――
夜が更けたエオスブルク城内、中庭にて。城の関係者と僕たち『黒魔術団側』は一同に集った。
庭の中央には即席の木壇があり、炎が燃料によって巻きあがる。壇には白い布にくるまれた遺体――
ラルフさんの姿は、炎が一段と強まったのを最後に、みえなくなった。
立場も使命も違う者たちがひとつの大きな炎をみつめている。その光景は以前の両者を考えればありえない。
と、横から声をかけられた。城の王エドモントだった。
「アレク、身体のほうはどうだい」
治療札のおかげで両脚はすっかり治った。ほかの怪我も同じだ。
「はい。お気遣いありがとうございます。それから、犯人の件も……」
テッドを確保し、作戦の成功はエオスブルク側へ伝えられた。だが肝心のテッドはエオスブルク側には渡さずに現実世界で尋問するしかない。これ以上ボイドの真相を知られる危険をさけたいからだ。街の被害もある事で城内の反発は十分予想された。だがエドモントの一声でそれは問題なく収まってしまったのだ。
「いやいや、もう礼はいいよ」エドモントははにかむ。
「『君たちの使命』は済んだのであろう。だから約束どおり『街に危害を与えない』事を守ってくれたなら、もうそれだけで良い」
――黒魔術団は以後、街を襲わない。その約束を条件にテッドの処遇、連行は僕たちに委ねられた。付け加えればエオスブルク側も攻撃しない事を前提にしたものだ。
結果、双方が戦わず、互いに恐れを抱かない、大変ありがたい約束事が結ばれた。
「じつを言うとね……」エドモントは炎に顔を向けつつ口をひらいた。
「わが街と黒魔術団との共存は、もとはラルフが求めていたものなんだ。小娘――セニアとの一件からね。君も彼から聞いたはず」
「……『最後の戦士』になった、雨の日のことですか」
小さく「うむ」とうなずいたエドモントは、続ける。
「この街、いやこの世界といえるかな。まあ少なくともエオスブルクは黒魔術団の脅威で、ある意味維持されてきた。人々は互いが協力することとは裏腹に『自らが黒魔術団でない証明』のために動いてきた節がある。それが逆に悲しい事件を引きおこすんだと、彼は私に言ったよ。たしかに調べるとそういう事件は巷にあふれていた」
「考えるほどに、これを正したいと思った。……街の人々と黒魔術団の対立――私はそれを終わらせたい。ほかの街にも広まると信じて……。難しい問題だとしても、でもだからこそ、君たちにはこれからも協力をしてほしい」
ラルフさんは雨の日に立ちすくむセニアをみて、最後はこの世界に疑問をもった。彼が語ってきたたくさんの言葉を思い出しながら、僕はエドモントに応えた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
燃える木から火の粉が舞う。それは昇り、夜空へ消えてゆく。
赤々と燃える炎に溶ける事なく、星たちはきらめいていた。
◇◇◇
現実世界、VRAビル。
医療エリアに仮設された『取調室』に、僕を含めたミラージュ全員が集まった。そこにはベッドから上体をおこし僕たちを睨むテッドがいた。横にある心電図のモニターは心拍を表示している。マヤによると彼の具合は良くないらしい。
草地に帰ってきたロラの分析でテッドはニューヨーク州東部のアパートからダイブをしているとわかった。偽名をつかいながらここで暮らしていた事も。デルタチームと、ルイに指示されたVRA局員数名はアパートに突入。テッドにダイブアウトを強要し、終えた瞬間に彼を確保をした。
テッドは鋭い眼差しで僕たちを睨み続ける。
尋問がはじまった。
◇関連話◇
雨の日に立ちすくむセニア
(二章#010b 少女の記憶)
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