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#074b 戦いの草地



 耳を(かす)める風の音と銃声。

 視界に、草地が迫ってくる。

 暗い森を抜けた瞬間――セニアの姿が目にはいった。

 彼女たちは新たに出現した黒鎧と戦っている。ロラはすでに実体化を解き、作戦の支援を行っている。


 草地は直径が約三〇〇ヤード(二七四メートル)の円状だ。青々とした広大な土地の中心に、巨大な鎧の腕がそびえ立っている。草の背丈は足首程度。どこにも隠れる場所はない。


「セニア!」

 不完全エンゲージウェアの全力で、彼女へと走る。銃声が飛び交うさまに怖さを覚えつつも走り、どうにか彼女のそばに駆け寄った。


「セニア、大丈夫?」


「そうね、いまのところは」コルト(拳銃)を遠くの黒鎧に向けながら彼女は言う。

「『塔の根元に居座る』作戦は失敗ね。上からあいつ(・・・)に銃撃されたからみんな離れたの。でも想定内、続行できる」


「わかった」

 剣を構えながら、黒い塔と化す巨大な腕を見上げた。晴天の空を掴もうとするかのように広げられた鎧の(てのひら)、そこにテッドは堂々と立っている。僕たちを見下ろす彼は、いまだ余裕という雰囲気だ。


 負けてたまるか、かならず勝つ。

「セニアいこう!」

「ええ、もちろん!」


 セニアが放った弾丸が黒鎧の頭部を粉々にした。


 第二段階は『テッドの手駒をすべて動作不良にする』というものだ。黒鎧や裂け目の兵器を徹底的に叩き、処理が追いつかないビジー状態にもっていく。


 草地には黒鎧が九体と、ふたつの裂け目から顔をだす砲――一二七ミリ艦載砲――があった。

 ロラの支援で各々がマークしている黒鎧が判別できる。互いに目を合わせ、僕たちはそれぞれの相手に迫った。

 相手のマチェットを増幅剣で受け、次の一撃で足元の黒線を斬る。発熱の魔術札を剣に挟みこんだ。札の枚数に余裕はあるはず。

 熱線のひと薙ぎで遠くの二体を溶かしつつ、テッドの塔に熱線を向かわせる。裂け目から伸びる黒線を斬り、砲を破壊した。


 だが、塔はまったくの無傷。テッドを守る『歪んだ空間』は塔全体さえも覆っていた。

 さきほど森で塔を壊せなかった瞬間が脳裏をよぎる。『熱線で塔を破壊する計画』はいまのところ厳しい。


 テッドは悠然と僕を見下ろしている。拡声された彼の声が聞こえた。

「無駄だ。せいぜい足掻き続けろ」


 彼の左右に『裂け目』がふたたび現れる。九〇度上向きに傾いたそこから、砲が出現。

 轟音とともに砲塔が空へと火を噴く。街への砲撃が再開した。


 ……砲を抑えてもそれは一時的。やはり『あいつの内部』に介入しないと。そのためには、まずは黒鎧だ。

 気がつけば突撃銃(ARX―160)を構えた黒鎧が、僕に狙いを定めている。


 と、黒鎧のボディが鉛弾の雨に崩れていく。腕がもげ落ちた。

 助けてくれたのは、デルタチームのケネスだ。

「ケネスさん!」


「アレク、ぼけっとするな。正念場だぞ」


「はっ、はい!」

 よそ見をしていた気持ちが引き締まる。そうだ。ここで失敗したらもう(あと)はない。

 ……やってやる!


 強化された脚で地を蹴り、黒鎧を完全に斬り崩す。右後ろからの銃撃をギリギリで()わしながら熱線で跡形もなく消し去った。

 出現しては壊され、また現れてを繰り返す黒鎧たち。現在は七体が正常に動き、二体の黒鎧が動作不良をおこしている。だがこの数ならすぐに処理が終わるはず。

 だから僕たちはやめない。テッドの手駒が彼自身の(かせ)になるまで、叩き続ける……!


 セニアが黒鎧たちを次々に倒していくのが見えた。疾風のように駆け、ひらり、またひらりと舞うように攻撃を仕掛ける。のこる黒鎧たちが彼女に集まりはじめた。一斉に襲うつもりだ。


「セニア!」

 彼女のもとに走る。セニアも僕の姿を見つける。ロラの支援を介して僕たちの『思考』が、ひとつになった。


 ――背中を合わせた僕たちは時計回りに黒鎧たちを破壊する。セニアは短機関銃(スコーピオン)、僕は増幅剣。

 取り囲んだ黒鎧たちがすべて行動不能になる。セニアが黒線をナイフで断ちきり、最後は一体残らず崩れ去った。

 お互いに目が合う。そしてふたたび現れた相手に、僕たちは狙いをさだめた。

 だが――


 ――はげしい爆裂音が、後ろから響きわたった。



 ◇◇◇

――

〔方向二時! グレネードランチャー( 擲弾銃 )

〔なんだいまの爆発――〕

〔まずいぞ負傷者がいる。……ジャンを運べ!〕


 スピーカー越しに聞こえる員たちの声が、一気に混乱したものへと変わる。現実世界の司令室で、ハワードはマヤとともに作戦の行く末を、まるで祈るように見続けていた。


 マップに反映される隊員たちの点。統制が取れていたそれは次第に乱れはじめた。


「これは……マズい状況です」

 マヤの言葉にハワードは、まるで固まったように何も言わない。


〔出血がひどい。ダイブアウト(帰還)もできないぞ。アレクの魔術札(治療用)はまだか!〕

〔クソッ! ……どれだけ倒したら終わるんだ〕



「ハワードさん、もはや作戦が危ういですよ。はわ……」


 マヤは気づく。テーブルにあるハワードの拳が、震えていた事を。

 ノイズが混じった音声が聞こえる。


 そこに、セニアの微かな悲鳴が入りこんだ。


――

◇◇◇


 ……僕たちは突如として、劣勢に立たされた。黒鎧が撃ったグレネード弾を皮切りに防戦一方になっている。ジャンが負った怪我はひどく、治療用の札を五枚つかったがその間にセニアが黒鎧に飛ばされた。彼女は打撲程度で済んだものの、完全に流れはテッド側だ。

 きりがない。……そんな弱気が頭をかすめた。

 砲台は不具合解消による再発現(はつげん)を繰り返しながらも街の破壊を続けている。黒鎧は九体すべてが正常に動きはじめた。


 僕たちは逃げ場をじりじりと狭められ――

 ついに黒鎧たちに囲まれてしまった。


 生ぬるい風が草地をなめる。テッドの声が塔のうえから響いた。

「もう終わりか? その程度で挑んだつもりなら愚かすぎる」


 高さ四六ヤードの黒い塔――巨大な黒鎧の腕部に立つテッドの表情はわからない。けれど拡声された声から、草地にいる僕たちを見下ろしながら(あざけ)っていると理解できた。

 奥歯に力がはいる。いますぐにでもあいつを塔から引きずり下ろしたい。

 でも、こんな状況では無理だ。


 砲撃がとまった。

「聞こえるかオーロラ。あと少しの砲撃で遷移(せんい)がおきるぞ」息を吸い、テッドは言う。

「もう一度命ずる、俺に従え。でなければ遷移(せんい)と、ここにいる貴様の取り巻き(・・・・・・・)を殺す……。答えを訊こう!」


 彼の声が森全体に広がる。だがその問いに、何も返ってこなかった。


「……あとで後悔しろ」

 テッドは黒鎧に囲まれた僕らを見下ろす。

 それから、彼は僕の名前を口にした。


「アッレクスだったな、少年のボイドノイド。貴様は、俺を憶えている(・・・・・・・)か」


「『憶えている』? どういう意味だよ!」


「だな、……それで良い」

 尊大なテッドの声色が、少しかげった(・・・・)気がした。



 黒鎧の一体が動きだす。セニアに迫り、突撃銃を向ける。

 ――そのときだった。


 風が、僕たちのまえに流れ込む。セニアを撃とうとする黒鎧に何か(・・)が衝突した。

 それはエンゲージウェア姿の人物。後ろ姿に見覚えがある。セニアの義父――

 ミラージュ司令官、ハワードだ。


 彼は過去のトラウマでダイブができなくなったはず……。突撃銃を一瞬のうちに奪い、相手の首に銃口をさしこんだハワードの手元が、僅かに震えた。


「……私は、たくさんのものを失い続けた。仲間を、エリーを……」揺れた声は、力を強めていく。

「これ以上失ってたまるか……。私の娘に手をだすな!!」

 銃口から炎がほとばしる。黒鎧の頭部が粉々になった。


「全隊員、戦闘再開だ! ひるむにはまだ早いぞ!」

 振り向いたハワードにみなが応えた。

「了解、キャップ!」



 士気が上がったミラージュの動きは当初の連携を取り戻す。いや、さらに勢いづいたといえた。素早い動き、けん制と攻撃……。とくにハワードのそれは初老の身でありながら洗練されていた。


 テッドの悪態が聞こえてくる。

「ダイブ恐怖症がよくも……。だが、さすがミラージュの第一期隊員だな」


「お前の()(ごと)は無視する」ハワードは通信をひらく。

「オーロラ、『火力支援』の進捗(しんちょく)はどうだ」


 ロラの声が通信に乗った。

〔いまほど完了しました。いつでも〕


「よし、頼む!」


〔承知いたしました。『火力支援の要請を受理』〕


――

 ――

 草地から東。森の端にある広い平地に、衛兵団が運んだ『カノン砲』が一〇門、一定の距離をあけながら設置されていた。

 女神エオスの姿でいるロラと、衛兵たちがそこにいる。


「各砲の砲身調整、エオスさまの指示された角度を維持しております」


「感謝します。撃ってください」


(おお)せのままに……! ――女神の名のもと、放てぇ!!」


 号令の瞬間すべてのカノン砲が一斉に火を噴いた。鉄の砲弾が一〇発、大空に射出された。

 砲身内部にライフリング(螺旋状の溝)がなく命中精度が低いはずの滑腔(かっこう)砲。だがロラは全砲弾の着弾地点を予測したうえで、衛兵たちに各々の砲の角度、火薬量を指示した。


 砲弾は空に放物線を描きながら『ある一点』をめざす――

 ――

――


 草地の中央、塔の上にたつテッドは遠くの轟音を耳にする。音が砲撃音であるとすぐに彼は判断できた。

「……往生際(おうじょうぎわ)の悪い。シールド(・・・・)で何もかも無駄になるというのに」


 上空から一〇発の砲弾が風切り音とともに現れる。前時代的な球形弾が塔にいるテッド目がけ迫ってきた。彼を囲うように襲い掛かるそれらは案の定、『歪む空間』により直前で制止する。炸裂もしない鉄の塊は力なく塔の真下へ落ちてゆく。

 だが地上に落ちた一〇個の鉄塊は――地面ごと『黒鎧の線』をえぐった。

 黒鎧たちはつぎつぎに消滅し、草地に青い火の粉が舞い散る。再度現れた黒鎧たちの様子もおかしい。彼らを操作する線を、砲弾が邪魔していた。

 これらの火力支援はエオスブルク側が作戦会議中に提案したものだ。ミラージュ側とエオスブルク側、両者の連携が実を結んだ。


 驚くテッドをよそに、ハワードが「よし!」と声をあげた。

「『火力支援』は成功だ! 全隊員、このまま押し切るぞ」


「了解!」

 回線をやられ、ぎこちない動きを続ける黒鎧をミラージュたちとアレクは倒していく。

 動作不良をおこす黒鎧がふたたび現れはじめた。一体、また一体――


「……なるほど。それが狙いか」

 テッドが『作戦』に気づいたとき、動作不良の黒鎧は五体に増えていた。

――

 ――


 増幅剣で鍔迫り合いになった黒鎧が硬直した。これで動作不良に陥った黒鎧は六体だ。

 いける。あとすこし……!


 そう思ったとき、

 ――アラートが耳をつんざいた。



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