#072b 竹馬の友
「おかしいな。このデータに間違いはないハズ」
僕のとなりで、マヤはコンソールデスクを焦りながら操作していた。
メンバー全員で話し合った翌日、四〇三号室でセニアと朝食を終えた僕たちの前にマヤがきた。どうやら僕の事が気がかりだったらしい。「キミはとくにイロイロあったからさ」という一言も。
――テッドに殺されたラルフさんの事だと思った。これが僕にとって一番のショックといえるから。
そんなとき僕は思い出した。ラルフさんの仲間、斧使いのカーチスが『八百屋のおじさん』に生まれかわっていた事を。ボイドノイドは抹消後も何らかの形であれ、街にもどってくる。つまりラルフさんも、
けれど、
「ダメだ。……ラルフ・ドーンの識別データが、いまのボイドに存在しないことになってる」
「エオスブルクに、まだ現れていないの?」
「違う。未発現でも反応くらいあるんだ。こんなコト初めてだよ」
デスクでラルフさんの反応を検索するマヤ。しかし表示されるのは『None』の文字だけだ。
マヤは頭を掻いた。
「うーん、ラルフという防衛特化型ボイドノイドを構成するデータ、あるいは少なくとも識別データに、何らかの変更があった……そう考えたほうが自然だね。以前の識別データと違うから探せないんだ」唸ったマヤは尋ねてきた。
「彼の身におきたことで、変わった出来事って思い出せるかな。とくに、きのう」
「きのう? えっと、」言われるがままに記憶をたどる。
「城でラルフさんと鍛錬をして、途中で敵意を向けられて……いや、そのまえにラルフさんに怪我を、――あっ、怪我!」
――ラルフさんに怪我を負わせ、それを僕は治療用の札で治したんだ。
マヤに伝えると、彼女はしばし考えたのち、「なるほど」とつぶやいた。
「アレク、キミはこれまで起きた遷移事象を受けていない『旧バージョン』のボイドノイドだよね。キミの構成データは八次遷移後ボイドのもの。でも、いまのボイド世界は十五次遷移後だ」
「キミがつかう治療用の魔術札は、ボイドノイドの損傷した身体を『巻き戻す』能力をもっている。でも『巻き戻した』状態が十五次遷移後の身体じゃなくて、八次遷移後のものだとしたら」
「……はっ!」
――データに変化がおこる。
そう僕が言うと、マヤはうなずいた。
バージョンが逆戻りしたボイドノイドが死亡したとき、なにが起こるのか。唯一わかるのは、十五次遷移後ボイドにプールされたラルフさんの情報は、多かれ少なかれどこかが変化した、という事だ。
変化した部分がもし多いのなら、もはや別人だろう。
「そんな……。ラルフさんに、会えないかもしれないなんて」
「わからない。こればっかりは」
視線をマヤはさげた。
すると、
「大丈夫よ、アレク」セニアが僕の肩に手をおいた。
「あの人ならきっと帰ってくる。わたしの宿敵だもの。信じて、待ちましょう」
セニアがみせる頬笑みに、心のもやもやがすこし晴れた気持ちがした。
「『バージョン違いのボイドノイド』とボイドの相性について、危険度があらためて増したよ。キミが遷移に巻き込まれたらどうなるか……ワタシは対象者が抹消されると予想してる。だからアレク、気をつけてね」
◇◇◇
昼のボイド世界――エオスブルク城内にて。僕やセニア、デルタチームを含むミラージュメンバー全員が城に招かれていた。謁見の間はいま、大穴が開いた壁を修復中。話し合いは別の部屋でおこなわれる。聞くに、ここは『賢人会議』なる会議がおこなわれた部屋らしい。
大臣たちはまず僕たちに対し、遷移事象の直前に街から姿を消した事を槍玉にあげた。彼らからみれば僕たち『黒魔術団』は戦闘のさなかに姿を消したわけで、逃走したのではないか、信用できないという言葉があがった。
城の王エドモントがこれらの発言に異を唱え、僕たちを信用してくれた事がとてもありがたい。
つぎの議題に移った。エドモントがまわりに言い聞かせるように言う。
「では本題の、エオスブルクと黒魔術団・正式名ミラージュとの『停戦協定および同盟の締結』について話し合うとする」
ただひとりで街を危機に追いやる存在、テッドを倒すために史上初の決断が下された。
敵の敵は味方。長きにわたり対峙してきた黒魔術団と、エオスブルクは正式に協力関係を結ぶ事となった。
黒魔術団――ミラージュの出自については『本当のこと』を話すわけにいかない。そのため端末に映るハワードは、『北のアルビア岳を越したアジトを拠点とする』、『魔術を極めた組織』だと伝えごまかした。また、『テッドという男を捕らえることが組織の最終目標』と伝え、それまでに殺めた衛兵や住人たちに言及し謝罪をした。
話し合いは順調にすすんでいき、エオスルブルクとミラージュ、両者の同盟は締結に至った。
「アレク。きみとすこし話がしたい」
皆が席を立つなか、おなじく席を立った僕をエドモントが呼びとめた。大臣たちや衛兵長は互いに目配せをおこない、察したように敬礼をしてドアへと向かう。僕以外のミラージュメンバーも部屋を出る。気遣う視線のセニアを最後に、部屋には僕とエドモントだけになった。
沈黙のあと、つぶやくようにエドモントは言った。
「……いまだに、あいつが死んだという実感が無いんだよ。正直なところ」そして力なく笑った。
「よく城の中庭、コロネードであいつと極秘裏に落ちあった。私の愚痴を聞いてくれたり、懐かしいむかしを振り返ったり。きみとセニアが城に来てからはもちろん、きみたちについてもね。……笑いをこらえたラルフの顔を、いまも思い出す」
「中庭に『六月の花』が咲くころは会っていたんだ。それ以後、顔を出さなくなった。まさか『尚書官』が接触してきたせいだったとはね。気付けなかったことが悔しい」
彼は口を真一文字に結び、僕から顔をそらした。ラルフさんとの間柄を思えば、にじみでるその無念さは察するにあまりある。
なにも言えない僕に気がついたエドモントは、誤魔化すように頬笑んだ。
「すまないね。思いのほか、しんみりとしてしまった」
「……いえ。僕も悔しいです。もしあのときに戻れたら、そう考えたりも」
「あのとき、か。私は十三歳のころかな」エドモントはゆっくりと息を吐いた。
「むかし話だが後継者のきみには話しておきたくてね。竹馬の友、ラルフを」
エドモントは語った。王子エドモントと鍛冶屋に暮らす戦争孤児のラルフは街外れの泥道で出会ったらしい。エドモントは城に内緒で、剣術に長けたラルフに弟子入りを頼みこんだ。彼は城壁の亀裂から城を抜け出し、剣術を習った。ふたりの交流が続いたのち、青年になったラルフは傭兵として街の外へ放浪の旅に出ることになったのだ。
「旅に出るとき、あいつは『もっと強くなり、仲間を随えて帰ってくる。そのときは俺たちを家臣に加えてくれ』と言った。私が王になった数年後、あいつは本当に約束を果たした」
「私とラルフの関係は秘密だ。大臣どころか、きみでさえも彼から正確な成りゆきは聞かされていないだろう。ラルフは『この街に偶然やってきた英雄』の役割を、ずっとこなし続けてくれた。……苦労ばかりかけてしまった。あのときに戻れたら、……いいや、あいつは怒るよな」
そうして、部屋の窓に近寄る。窓の下に広がるのは『暁の街』だ。
「ラルフはこの街を、必死に守ろうとした。民を想い、私も気遣いながら、城と民がつながる世をつくろうとしてくれた。私は彼が守ったこの街を、民を守り通す。……絶対に」
「僕も、おなじ気持ちです」
エドモントのそばに行き、僕も街をながめた。
きれいな街。大切なひとたち。母がいた世界であり、ラルフさんがいた世界。そしてこの世界はセニアが暮らす世界ともつながっている。
かならず守り通してみせる。その決意がより固くなった気がした。
――
――
夜、城の居住塔にいた僕のまえにロラが現れた。やはり遷移でうけたダメージはひどかったようだ。利用できる領域を最適化するのに時間がかかったらしい。つぎの遷移がおきた場合、実体化さえ危うくなってくると彼女は伝えてきた。
極相――つまり彼女の死まで、遷移はのこり二回。もうテッドを逃がすわけにいかない。
それから二日後――
ボイド世界に、テッドが現れた。
◇関連話◇
ラルフに怪我
(二章#062b エオスブルク城内襲撃事件)
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(二章#050b 鍛錬)
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(備忘録ライブラリ 第25部分 ACT02 #048b Colonnade)
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