1.4キロ
1.4
ヘルエス駅 → グリサ駅
「1番線から列車が発車します。ご注意ください」
いつも聞いている、この発車アナウンスと発車ベル。
それは全く同じものだけれども、今の私にとっては、全く違うものへとなっていた。
例えて言えばそう、始まりと決別。
私はこの街と別れて他の街に行く。
この街に帰るつもりなんて無い。
嫌な街だった。
服はなんとか着替えたので、風邪をひくことは無いだろう。
とりあえず、明日から私は世界鉄道交通事業で働く。
これで新しい人生が待っている。
この遠くの行き先が書かれている切符を持ちながら。そんなことを考えていた。
汽笛が鳴り響く。
それとともに、黒い汽車はゆっくりと、ホームを出ていって、見慣れていた駅舎や街並みを後にしていく。
やがて、夕暮れの畑の間にある線路を進んでいった。
私は横にある窓からそれを見ている。
「切符を拝見いたします」
藍色のスーツを来た車掌が、この車両の中に入ってきて、他の乗客が持っている切符を見ていった。
やがては私のところにも。
初めてだから私は緊張したものの、こんな様子は、何度も見ているであろう車掌さんはかなり慣れているであろう……
いいな……
「ありがとうございます」
車掌は愛想良さそうに言いながら、切符にスタンプを押して、また別の乗客のを見ながら、奥の車両へと進んでいく。
それを見たら、緊張が少しほぐれる。
私も車掌になりたかったな……
かっこいい……
憧れてしまう……
でも似たようになれるからいいのかも……
「あの、そちらいいかしら?」
通路側から言われて振り返ると、見た感じ強気そうな、黒髪をボブにした私と同じくらいであろう少女が立っていた。
服装はどこかの軍の司令官が着ていそうな、茶色の服。
彼女のお気に入りなのかな?
ちょっと変わっているけれど。
「いいですけど……」
「ありがとう」
その少女は向かい合わせの座席に座る。
私はこの性格も相まって、目を合わせるのが恥ずかしくなってしまったから、窓の外にある風景を見ながら、目を見ないことにした。
けれども気になって見てみる。
すると、あの少女の顔に瓜二つであった。
私を助けてくれたあの少女に。
「あっ……!?」
「どうしたのよ」
彼女は驚いた表情で私を見ていた。
それはそうだろう。
急に大きな声を出したら、誰だって驚くに決まっている。
「貴女は……私を助けてくれましたよね……?」
「そうだったわね。服が違っているから分からなかったわ」
「お、お礼を……」
「そんなの良いわよ」
「でも……」
「貴女が助かっただけで良いわよ」
「そうなんですね……」
「ところで、アナタもグリサに行くの?」
「はい……」
返事をしようとするけれども、気が弱くなってしまって、彼女に比べて、さっきよりも小さめの声になってしまった。
一応、目は見ているけど。
「気が弱いのね。そんなんじゃ、あんまりやっていけないわよ」
「余計なお世話です……」
「あら、失礼」
少女に怒られてしまったけれども、これしか言い返すことが出来ない。
これが私の性格だから。
直したいけれども、なぜか人前で話すと、緊張したり声が小さくなったりして、ずっとこのまま。早く直りたいのは分かっているけど……
「まあいいわ。グリサで何をするのよ?」
「仕事を……」
「ふうん」
少女は興味を無くしたかのように、窓から見える風景を見ている。
しばらくすると、疲れていた私は、横になった。
メガネを横に置いて。
感触的に固めの椅子であまり眠れそうには無いものの、いつも座っている椅子やベッドに比べたら、柔らかいし、なんとかなりそう。
窓は・・・そのままにしておく。
風も気持ちいいし、景色だって。
そこからの景色は、列車が走っていく度に、オレンジ色の空からだんだんと青くなり、やがては紫、黒へとなっていった。
早いものだ。
「いい景色ね」
「はい……」
少女の言うとおり、灯りなどが何もない場所を通っていっているのか、星空がよく見える。
初めて見る景色だ。
私の街ではあまり見なかったから。
だって、私が住んでいた街では、色々と明るかったから。
私は暗かったけれども……
「ところで訊いていい?」
「何でしょう……」
「貴女が就職するのって、何ていう会社?」
まあ、彼女とは親しい訳でもないけれども、彼女でしたら言ってもなんとも無いかもしれないので、言ってみることにする。
どうせ分かるかもしれないし。
「はい……世界鉄道交通事業に……」
「交通事業?」
「ええ……先輩に教えてもらいながらやっていくんです……」
「そうなのね。どんな先輩なの?」
「まだ分からないのですが……きっと、素敵な人かもしれませんね。優しくて頼りになる」
私はどんな人かを想像しながら、目の前に居る少女に教えていく。
この部分はいい人だと思う所。
「へえ~それは楽しみね」
「ええ……ただ……」
「ただ?」
「もしかしたら……かなりガサツだったり……怒りっぽいかもしれないのが怖いですが……」
私が不安になっていることを言うと、さっきまで嬉しそうに聞いていた彼女は急に、表情を元に戻してしまいました。
どうしたのでしょうか。
もしかして、悪いことでも……!?
「……分かったわ」
「いえ……」
これで会話は終わったけれども……
なんとかなったみたい……
「痛っ……」
「大丈夫?」
「ええ……」
ふとしたはずみで新しい傷を触ってしまう。
殴られた時の傷……
そんなに痛くはないものの、気分がいいときに痛みが出てきてしまったことは、ちょっと嫌な感じになってしまう。
なんでこんなのが残っているのだろう……
忘れたいのに……
まあ、時間が経てば治ってくるだろうし、気にしないでおこう。
そろそろ窓は閉めておこう。眠くなってきたし、気がついたら少女も既に眠っているし……
私は眼鏡を外して、横になった。
なんかよく眠れそう……