【習作】描写力アップを目指そう企画 参加作品
唐突な浮遊感に続く、強烈な落下感に、下腹がぞくりと震える。
次の瞬間には、彼らは冬枯れた大地に降り立っていた。
「うわ、た、たた」
バランスを崩し、柔らかな水色のローブを着た少年が、尻餅をつく。
「大丈夫か」
傍らからの声に、眉を寄せながらも、うん、と返す。
連れの青年は、真剣な眼で前を見据えていた。
その、視線の先には。
赤紫色をした、全身鎧が立っている。
噂によれば、火蜥蜴の鱗を生きたまま剥ぎ、造り上げたのだという。
どんな炎の刃も通さぬ鎧。
それを身につける者は、世界に一人しかいない。
魔王。
「憐れな。またもその卑小なモノを我が前に引き出すとは」
地の底から這い出てくるかのような声が、ひび割れ、くぐもった声が、ねっとりと耳に入りこむ。
座りこんだままの少年が、息を詰まらせた。
あれは、存在自体が穢れだ。在るだけで、人を、生き物を、世界を汚濁に侵していく。
今までにも、幾度か姿を見たことがある。だが、決して慣れはしない。
呻き声を必死に堪えていた少年の視界が、すっと蔭った。
連れの青年が、魔王からの視線を遮る位置に立ったのだ。
脂汗の滲みた目を、上げる。
厚い雲に覆われた空の下、黄金の髪を鈍く光らせ、彼は堂々と立っていた。
「俺の仲間を侮辱しないで貰おうか」
魔王の存在感を、その引力をものともせずに、言い放つ。
世界で唯一、魔王の魔力が及ばない人間。
勇者。
青年が、すらりと剣を抜く。
合図だ。
少年は、慌てて両掌を大地に押し当てた。
「虚空の翼!」
周囲の幾百の石塊が揺れ、宙に浮かぶ。
そして一気に上昇し、魔王へ向けて放物線を描いた。
勇者が、手にした剣を、ぶん、と水平に振った。鈍い銀色に光る刀身は瞬時に真紅に変わり、軌跡に添って陽炎が揺らめく。
剣より放たれた熱線が、礫を炎の塊に変えていく。
その威力は、並の魔物なら掠っただけで溶けてしまうほどだ。
魔王を倒すための炎の剣の脅威を、敵はよく知っている。
だからこそ、それは動かなかった。
降り注ぐ炎の石を、平然とその奇怪な鎧に受ける。
そして、その間に距離を詰めてきた勇者の剣を、悠々と自らの剣で弾いた。
「小賢しい真似を。刃でなければ通用するとでも?」
「試してみただけだよ。そいつの性能をな!」
振り抜く刀身から迸った炎が、周囲の枯れ草を燃え上がらせる。
「どんな炎の刃も通さぬ鎧だ。それから発せられる、如何なる脅威をもこれは防ぐ!」
魔王が、剣を横に薙ぐ。
勇者は一歩引き、更に剣の腹でそれを受ける。
魔王は鎧を信用し、相手の斬撃を回避すらしないことも多い。ただ、ひたすらに勇者を攻め立てる。
「試してみた、だと? だが、我に通用しなかったからといって、逃げられると思わぬことだ!」
上段から叩きつけられた刃を受け、勇者は一歩下がった。
「俺は、いつだってお前を出し抜いてきたろうが。そっちこそ、俺を殺せるなんて思うなよ」
不敵に笑んで、煽る。
虚勢だ、と魔王は看破する。
剣から生じる、魔滅の、浄化の炎は、もう魔王には通じない。
魔王の放つ魔術は、もとより勇者には届かない。
自然、二人の戦いは、純粋に武力によるものとなる。
だが人間である勇者は、持久戦になればそれだけ勝機が減っていく。
今でさえ、魔王の剣を防ぐのに幾度もよろめいている。
先ほど空間を渡って現れたのは、勇者が連れてきた人間の術だろう。今は周囲を炎に囲まれ、地面に蹲り、ぶつぶつとうわごとを呟いている。
あれに近寄らせなければ、逃げ出せまい。
魔王は、また、大きく剣を振るう。
……と、おそらく考えている。
少年はじっと数えていた。瞳で、距離を。唇で、数を。
場所と、時間を計っていた。
がしゃん、と鎧が鳴る。
その、継目の、位置。
「……今だ!」
少年が、高く叫んだ。同時に勇者は敵の得物に剣を叩きつけ、鍔迫り合いに持ちこむ。
深く、息を吸う。熱気が喉を灼くことも厭わずに。
「堕天の鋲!」
上空から、微かにきぃん、という音が降る。
そして、三メートルはある槍が、魔王の背を貫いた。
「……………お……?」
ぎし、と、鎧が軋む。
最初に放った石礫。幾百ものそれのうち、一つを上空に留めておいたのだ。
雪を降らせそうな厚い雲は、氷の粒でできている。高速でその中を飛び回る礫は、やがて、長く鋭い氷の槍と化した。
如何なる炎の刃も通さぬ鎧を貫く、槍に。
魔王がゆっくりと腕を振り上げる。
勿論、この程度では動きを止めることすらできない。
「白檄の閃!」
再度叫んだ声に応じ、轟音と共に、槍に雷撃が落ちた。
「がぁあああああああ!」
避けられない衝撃に、魔王が叫ぶ。
氷の槍は流石に持ちこたえられず、弾けた。ぼたぼたと流れ落ちる体液が大地を穢し、そのただ中に魔王が膝をつく。
「あいつに出し抜かれたな、魔王?」
視界が、蔭る。
魔王を滅する、炎の剣を手にした勇者が、横に立っているのだ。
「貴様……」
息を荒げ、憎しみに満ちた声で、視線で、魔王は見上げてくる。
青年は躊躇わず、剣を鎧の穴に突き立てた。待ちかねたように、ごぅ、と音を立て、炎が勢いを増す。
体内をくまなく蹂躙する魔滅の炎は、鎧に阻まれて体外に放出されることも許されない。
魔王の絶叫は、先ほどの比ではなかった。
この企画で挑戦したものは、
「文字数内での伏線とその回収」
「繰り返しの表現(複数)」
でした。