裁判
雅也は裁判所にいた。中村といって自分の家族を殺した人間である。それなのに不思議なほどに情にまみれている。参考人として立つことになっているが幼かった頃の記憶はなくなっている。人の記憶というのはよくできたものである。弁護士が静かに立っている。
「参考人といっても起きた後しか見れてませんね。どうしていたのですか?」
淡々と酷なことを話せと要求している。犯人より質が悪い存在だ。頭が考えるのはやめろと言っている。
「俺は友達と遊んでいました。遅くまで遊んでいて友達の親が送ってくれたんです。そこで家族がリビングで死んでるのを見つけました。」
「井本さん。貴方が心から思っていることを言ってくれませんか?被疑者に対して。」
冷静に分析をするのが正しいと思っていた。それ以上に機能していないところを刺激した。
「俺は死刑にしないでしてほしいということだけです。散々苦しんできている。これ以上に求めることはありません。」
「わかりました。」
中村は目を合わせてきた。きっとここまで守ろうとするのかということだろう。尋問をすることになる。
「貴方はどうして井本さん宅を襲ったんですか?」
「養護施設にいた頃、逆らえないガキ大将がいたんです。いじめに遭ってもいました。頼る人や信頼できる人なんていませんでした。人を殺してこいという命令に従って周りの人間は去っていきました。」
意志なんてもってなくても守るために殺したのだ。
「被害者の息子が出頭を求めたとき、どう思いました?」
「気持ちが楽になりました。そしてある言葉を言われて驚きました。」
「驚いた?」
零は瞳の輝きを強めた。お礼をするかのように。
「恨んでもいない。憎んでもいない。っと言われました。今でも本を届けてもらってます。感謝してます。井本雅也さん。」
傍聴席に向かって深く一礼した。嗚咽が聞こえるほど泣いていた。語れるはずがない。きっと潤紀がいなかったらこんな感情を持たなかっただろう。いや、特殊犯罪課にいなかったら。復讐に人生を燃やしていたのではないだろうか。考えただけで恐ろしい。
「零さん。懸命に生きて下さい。」
テレビすら興味を持たなかった事件は裁判で注目されて警視庁までマスコミが押し寄せてきた。署長が苦労している。課に戻った。智穏は病院から退院してないためまだ空いたままの席に目を向けた。
「お前もなんか有名人だな。いいことの有名なら喜んでくれる。課なんて明かしてないから余計ね。」
優唄は嬉しそうに言った。




