支え
智穏は屋上にいた。空を見ると暗くもなく明るくもないという微妙な天気であった。見え方は心を映すと思っていたがそうではないらしい。ベンチに浅く腰を掛けた。ドアを開ける音がしたため立ち上がろうとした。
「座っていればいい。鑑識の奴からよくここにいると聞いたから。心配をしているみたいだ。君の仲間が。」
「署長は聞いてたんですね。学さんと組んでいた頃、ここが話し合いの場だったんです。捜査二課は居心地が悪いが学さんの口癖でした。」
6年前に起きた事件がすべて変えたとは言い難かった。気持ちを休める場所としているのだろう。課長という権力に怯えながら。
「荻の家にはいったのか?」
「いってません。荻から母親に会ってほしいと雅也に言伝したのを聞きました。病気にかかって病院から出られないことも。」
「仲が良かったからそうなったのか。本当の答えはお前がもっているはずだしな。」
捜査二課は大した事件はさせてもらえない。誘拐事件のあとの処理を中心にしていた。大きな事件は人の運命ですら変えてしまう。
「防弾チョッキはな。総理用はなかった。2枚足らなかった。事件の真相はお前自身がよくわかっているだろう。推理の天才。」
「当日の違和感があったからわかりましたよ。学さんを守るために着なかった。いや、着る必要がないと心のどこかで思っていたかもしれないです。」
「学は脱ぐことを決めたのはお前の人生の背景かもしれないな。孤独に生き、支えられず、守られず。仲間の大切さを、家族の大切さを教えたくてたまらなかったのかもな。」
署長の目は輝きに満ちていた。ポケットに隠した手を出した。缶コーヒーを出した。2本の黒い缶がベンチの上に置かれた。
「ブラックですか。目が覚ますためですか。」
「そう思ったんだがお前は正常運転している。機械みたいに言ってすまない。安心した。」
「あいつらのおかげですよ。馬鹿みたいに事件のことを追いかけて被害者の涙を消そうとしてるんです。加害者も被害者もお互いの気持ちに寄り添わないと解決しないと伝えてくれた。」
彼の缶コーヒーは開いてなかった。心まで朽ちちゃいない。
「井本はホシに会っている。本を渡してるらしい。」
「同じ思いはしてほしくないといってました。あいつは死刑を望んじゃいない。したことのない思いがあるはずだからそれを経験して欲しくてたまらないんでしょう。裁判に必ず出ると思います。そのためにも死神を捕まえます。」
智穏の口は食いしばっていた。町に潜む死神を捕まえると。




