戯れ
昨晩から降り続いた雨は下校時刻に合わせるかの様にやんだ。
昼休みに山本君と話をしてから、午後の授業も友達との会話もどこか現実味がなく、まるでラジオを聞いている様だった。
バスで登校した日はだいたい街に出てあてもなくブラブラし、電車で帰る事が多いが、今日はとてもそんな気分にもなれず授業が終わるとすぐに荷物をまとめ教室を出た。
「ワッキーから松田さんの事少しだけ聞いてたんだ。松田さん昔ワッキーのお兄さんにバレンタインチョコあげたんでしょ?しかもワッキーに渡したって!ワッキーてっきり自分のかと思ってぬか喜びして恥ずかしかったって言ってたよ(笑)」
「やば、恥ずっ!ワッキーそんな事覚えてたんだ!てか、それむしろ私の黒歴史みたいなもんじゃん!勝手に言いふらさないでほしんだけど〜(笑)」
「ワッキー、松田さんの事好きだったんじゃない⁈笑」
「ないない!ワッキーは柔道が恋人だから!」
自分で言いながら少し顔が赤くなっているのがわかった。山本君にそんな過去を知られていたなんて。恥ずかしくて、すぐにでもその場を立ち去りたい気分だ。
「とりあえず、地元で知ってる子いたら聞いてみるね!じゃあ!」
私は逃げるようにその場を後にした。
バレンタインチョコを渡した相手は脇田で間違いなかった。
当時女子の間で好きな男子のランキングが流行っていた。はっきり言って、1位以外はただの穴埋め問題のようなものだ。
特に好きな男子がいなかった私は、誰とも被らない脇田を1位に挙げた。強いて言うなら近所に住んでいる事もあり、当時一番遊んでいた男子という理由からだ。
バレンタインもみんなで作って渡そうというイベントの一環で参加しただけだった。
そして、それぞれの本命だけは義理チョコとは違うものを作る事になってしまった。
私は当日何も考えず、義理チョコを配り脇田にも同じように軽く渡した。しかし、それを見ていた周りの男子が自分の物と違う事に気づきからかい始めたのだ。
小学生男子の悪ふざけは軽く殺意を覚えるほどのしつこさだ。そして受け取った脇田の顔が少し赤らんでいるのを見て、気持ち悪いと思ってしまった。
「それ、お兄ちゃんに渡して!ワッキーのじゃないから食べたらダメだよ!!!」
咄嗟に嘘をついてしまった。幼い私は自分を守る事に必死で、誰かが傷つくなんて考えもしなかった。
「やっぱりなー!松田が俺にくれるわけないもんなー(笑)最初から兄ちゃんのだと思ってたし!笑」
あれは脇田の強がりだったのか。よくわからないが、結局私の好きな人は脇田の兄という事でその場は収まった。
バスに乗り込みしばらく経つと、心地よい揺れが眠りを誘った。
ーな〜もう帰ろうぜー!俺この間近所のおばちゃんにバレてママにチクられたんだよな〜ー
ー別に悪い事してる訳じゃないんだから、大丈夫だろ?それより、次はここに漫画とか持ってきて基地にしようぜ!ー
ー懐中電灯あったら便利じゃん!俺天才!ー
ーなぁ!これ見てみろよ!アルバムかなー
ーさつじん…れんぞく…やべっ!これ殺人事件の新聞の切り抜きばっかじゃんー
ー気持ちわり〜〜!捨てようぜー
ミシッ
ミシッ
バタンッ
「間もなく終点、終点です」
目覚めた瞬間、言いようのない恐怖が全身を纏い心臓は激しく打ちつけた。
乗り過ごしてしまった私は仕方なく歩いて戻る事にしたが、住宅街の細い路地を抜けると意外にも10分程で家に着いた。
家の前で自転車に跨った小学生が数人、楽しそうに喋っているのが見えた。
「あ、お姉ちゃんお帰り〜。今日早いじゃん!」
「ただいま!たまにはね(笑)絢うちで遊んでたの?」
「ちがーう!今から家で遊んでいいでしょ?」
「いんじゃない⁇てか、どこ行ってたん⁇」
「山の〜」
その時絢人は友達の声を遮り、
「女子には内緒ー!!」
と、意地悪そうに答えた。
「お姉様に言えないのかー⁇笑 まぁいいや!もう夕方だからおやつの食べ過ぎ注意ね!」
久しぶりにこの時間帯に帰宅した私は、リビングのソファーに横になると無性に泣けてきた。自分でもよくわからない感情は涙という形で染み出した。
そしてその夜、事件はおきた。