小さな棘
今朝は朝から雨が降っており、バスでの登校を余儀なくされた私は、いつもより30分も早く叩き起こされた。
絢人は相変わらずテレビの前に座りこみ、古いアニメソングを口ずさんでいる。
「絢って朝からほんとテンション高いよね。」
「ねー、絢?それすんごい昔のやつだよ?面白いの?」
「絢、聞いてる?」
「も〜お姉ちゃん少し静かにして!」
7歳下の絢人に窘められた私は少し不貞腐れながら、家を出た。
雨の日のバスは特に湿気と独特な匂いが充満し、昔からあまり得意ではない。残り少ない空席になんとか座った私は到着までの時間スマホで各SNSをチェックしていた。
しんとした社内は既に人が隙間を埋め尽くし、バスのアナウンスとたまに誰かの咳払いが聞こえてきた。
最近ハマっているハーフモデルの投稿写真を見ていると画面の上にメッセージの通知が表示された。
グループトークを開くと、実加子からのメッセージがいくつか表示された。
「C組の山本と舞付き合ってるってw」
「舞、ブログでキス動画アップしてるーw」
「てか、舞前彼ともやってたしw」
「さすがに前彼のゎ、削除してたw」
実加子は駅前の塾に通っていた為、地元以外の繋がりも多いらしくこれまでも実加子から色々な情報を得ていた。
私は正直舞ちゃんとは挨拶する程度だし、山本君に至っては顔もよくわからない。
とりあえず、当たり障りのない返信をしてみた。
「舞ちゃん可愛いし、やぱモテるんだー♡」
送信した瞬間、既読になった。
「舞が男ウケいいのは昔からだよー」
「山本が告ったらしい!山本も地元でモテてたみたい。うちゎタイプじゃないけどw」
なんとなく、悪意を感じるのは気のせいだろうか。どう返そうか考えているとアイが返信した。
「前カノ知ってるー!試合であたったことある」
「可愛いかった⁇」
「ふつー!てかちょい地味子w」
二人の会話はその場にいるかの如く次々と展開し、私は発言するタイミングを完全に逃した。そうこうしているうちにバスは目的地に到着し、慌てて降車した。
教室に入ると実加子を含む数人の女子が例の話題で盛り上がっていた。
「おはよー。実加子ごめん!バス降りる寸前で返信できなかった〜。てか動画見せてー」
「りょん既読スルーひどいわーってウソウソ(笑)うちもう朝から5回見てるし(笑)これ!どうよ!?」
それは制服を着たまだ幼いカップルが、キスをした後互いのおでこをくっつけて見つめ合う6秒ほどの動画でタイトルは「1ヶ月記念♡」となっていた。
少しはにかみながら上目遣いで山本君を見つめる舞ちゃんがとても可愛いと単純に思った。世間にこんな事公表しても許される、それだけ想われている舞ちゃんを羨ましく思った。そして、初めて見る山本君はとてもかっこ良かった。