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アドルフ先生は、人々は必ず一つ専属魔法の属性を持っているといったが、
その言葉に少し半分正しく、半分間違っている。
属性は持っているかもしれないが、誰もが使えるような代物ではない。
属性魔法が使用できる条件は、正直よくわかっていないのだ。
ある日突然パピルスが反応することもあれば、実体魔法の習得がある程度の段階までいったら
反応する、といったようにまちまちなのだ。
だから、パピルスに変化が生まれることをを「覚醒」という言い方で表現しているのだ。
さらに、「覚醒」しても、そこから使えこなせるようになるには、知識が必要になる。
それぞれの属性の性質、特徴から理解しないといけない。
それまで体を動かすものなどの、感覚的だったモノが、一気に学術的なものになる。
一度属性魔法をある程度使いこなせるようになった者は
「魔術師」と呼ばれるようになる。
戦場において、属性魔術が使えこなせるようになった「魔術師」は、
それだけで敵の脅威になる。
かつて、そういう人たちは、
現在、そういう人たちは特権階級...つまり、貴族であるのだ。
「そう深く悩むことじゃないですわ」
トイルリー魔術学校の大食堂でジュリエットのそう言ったのは、シルヴィア・エインズワースだった。
彼女と同じ四大公爵家のひとつに数えられ、小さいときから付き合いがある、いわば幼馴染である。
透き通るようなブロンドの長い髪は、彼女の肌の白さを強調させ、その碧眼の瞳にとても似合っている。
ジュリエットも渋々認める美少女である。
「覚醒するかは人による。それに、属性魔術を使う機会なんてあまりないからな」
大きな手で私の肩を叩くのは、ゴードン・オベール。
彼もまた私の数少ない幼馴染の一人である。
身長は18歳にして2m近くあり、肌の色は黒く、屈強で外見では近づき難い人間であるが、実はすごく優しい男だ。
公爵家ではないが、オベール家はそれに見劣りもしない名門で、かつては南アメリアの領土の一角の統治を任された一介の地方領主に過ぎなかったが、戦争で功績をあげ、いまでは首都パルティアで元老院を任されるにまでになった。
「あんたらはいいわよ。成績も魔術も優秀で将来は騎士団行き確定でしょ。
頭だけいい人なんてたくさんいるもの。今の女王が欲しているものは、やっぱり空で戦える人。わかるでしょ?」
「・・・」
世界屈指の魔術先進国であるアメリアは、すぐれた実体魔術により、補助的で一時的ではあるが、
戦士や馬に肉体強化を施し、敵と対峙した。
戦場では、魔術を使用する余裕もなく、主に白兵戦で戦うのだ。
アメリアを列国に至らせたのは、洗礼された実体魔法のおかげであり、
陸戦では無類の強さを誇った。
そんなアメリア王国は、7年前パーヴェル・アレクサンドロ率いるアトランティア帝国に戦争で敗北した。
その要因は、
また当時は、今以上に専属魔法は一般的なものではなかった。
つまり、使いこなせる人はごく一部しかいなかったのだ。
この戦いで、国王であるシャルルとその妻、リリーは殺された。シャルルとリリーにはアンという子どもがいた。しかし、彼女はまだ幼すぎたのでその妻の姉、アリス・ヴォーコルベイユがアンが成人するまでアメリアの最高権力者になった。そして…
「今年の8月でアンは18になるわ。」
二人の空気は重くなる。ジュリエットが続けて言う。
「アリスがどう出るかわからない。けれども、私はあの約束を必ず守るつもりだわ。」
「ジュリエット・・・今と昔じゃ状況が違う。シャルル様だったら可能だったかもしれない。でも、今じゃ・・・」
「そうやって、ゴードンは逃げるのね。」
「決して逃げてるわけじゃない。ただ、リスクがでかいだけだ。アン様が成人になったからって、全ての権力が彼女にいくわけないだろ。騎士団でさえ、持たせてくれるかどうか…」
「アリスはことはどうでもいいわ。私はアンのそばにさえいられればいいのよ。」
「そのための騎士団だもんな」
「まあパルティアにもいられるかわからないのだけれども。戦争のこともあるし、首狩りのこともね…」
シルヴィアが水を差す。
「まだ卒業するまで大丈夫よ」
私は紅茶を飲みながら、彼女の目も見ず答えた。
アトランティアとの戦争でアメリア王国はアメリア東部のノワール地方をに割譲することになった。ノワール地方というのは、昔から良質な魔法石が産出される地方で、そこがルテニアに取られたことによってアメリアは実質国力の4分の1を失ったとも言われている。アリスになってから対外政策が変わった。ルテニア共和国連邦を仮想敵国とし、フランドル教の宗主国である、ブリタニアとその同盟国、神聖アトランティア帝国と手を組み、近隣諸国との関係を悪化させてる。特にアメリア王国の南方、メディツラネ海に面している、ファーティマー王国とは資源をめぐって対立している。
「それだといいけどな。最近じゃいつファーティマー王国と戦争になるかわからないぞ。」
「決定的なことが起こらなきゃいいけど。」
シルヴィアはコーヒを飲み干し、席を立ち上がる。そしてこう言った。
「まあ、考えるべきなのはアメリア王国のことじゃなくてそれよりやばいジュリエットのことだけどね」