6話 伝説級の生き物・・・のはず
近付くにつれ、わたしはその鳴き声に違和感をもった。
だって……。
「ジェーッ! 人デナシメ!!」
「レイケツカン! オニアクマ!!」
「早ク戻ッテ来ーイ!!」
ただの罵声に聞こえるんですけど。
だけど、声の質に人っぽさがない。なんだろ、鳥の鳴き声みたいな……。こっちじゃ鳥も言語を理解して話すんだろうか。
魔物予想がぐらついていくのを感じつつ、声の方へと足を進める。その時、「阿呆!」を最後に急に罵声が止んだ。
あ、あれ……? どうしたんだろ。
思わず足を止めると、次に聞こえて来たのはか細い声。
「ウィー……迎エ、来テ。スズー……ルー」
…………泣いてる?
悲しそうな声にこっちまで悲しくなってきた。いや、ほんと勘弁して。これ以上悲しい気分になりたくない。それでなくてもどん底状態なのに。
とにかくその声の主の元へ早く行こうと草むらを掻きわける。ドレスが枝に引っかかってビリッと破れる音がしたけど、もうすでにボロボロだしどうでもいいや。力任せに道なき道をザクザク歩いて行き、やっと声の主が見えた。
……うん。声からして、人じゃないな、とは思っていたよ。歩きながら考えた結果、魔物か賢い鳥かの選択肢に絞られていた。でも、この選択肢はなかったなぁ……。
がっくりとうなだれながら悲しげに鳴き続けているのは、ロープでグルグル巻きにされたうえに、木に吊り下げられた、小さなドラゴンだった。
……なんでこんな状態?
だって、ドラゴンって言ったら伝説級の生き物で、希少価値があって、場所によっては保護対象だったり信仰対象だったりする存在のはずじゃなかったっけ? なんでこんな人気のない山の中にミノムシの様な姿で放置されているんだろう。
助ける事も忘れてぽかんと見ていると、ドラゴンが悲しげな声を出し始めた。
「ウィー、スズー、ルー……」
うわ、止めて。
慌てて近付くわたしに気が付いて、ドラゴンがこっちを見た。大きな丸い金色の目。頭から生えた二本の白く短い角。トカゲの様な緑色の肌。うん、大きさは別として、本で読んだ通りの外見だ。
「オ、オマエ、誰ダ!」
牙をむいてドラゴンが警戒してくる。……あれ、怖くないや。
ドラゴンだし噛まれたら指の一本くらい食い千切られるかもしれないけど、さっきの魔物に比べたら断然マシだ。むしろ虚勢を張っている子どもみたいで可愛い。
ちょっと撫でてみたい気もしたけど、怖がらせるのはわたしにも相手にも良くなさそう。その場で足を止めた。
「はじめまして。わたしは」
名前を言おうとして、雷翔の声を思い出した。
『そうだな、ジュジュって名乗っておけよ』
「……ジュジュ」
泣きそうになるのを堪えて口の端を持ち上げる。ちゃんと笑えたのかは分からないけど、ドラゴンの警戒心が少し解けた気がした。
「……ジュージュ?」
「うん、そう。ジュジュ。あなたは?」
「……クーファ」
「クーファ? 良い名前だね。ねえ、もう少し近付いてもいい?」
「…………」
返事は無し。まあいいか。勝手に肯定の意味に捉えて、わたしはクーファに近付いた。
「ここでなにしているの?」
「……」
「連れはいるのかな」
「…………」
「……それ、好きでやってるわけじゃないよね」
「当タリマエダ!」
クーファが怒鳴る。ああ、ちゃんと聞こえてたみたい。
「ジェー、ヤッタ! 縛ラレタ!」
じぇーっていうのは、罵声を上げている時に何度か出て来た言葉だ。奇声を発しているのかと思ったけど、どうやら人名だったらしい。そのじぇーっていう人が、このドラゴンを縛り付けて木に吊るした張本人なのか……。
ここにはあの魔物とかがいるはずだ。こうなった原因がどうあれ、おしおきだとしてもやり過ぎの気がするんだけど。
「それ、外してもいい?」
尋ねると、クーファは大きな目をますます大きくしてわたしを見た。
「外すね」
なんだかもう会話することにさえ疲労を感じてきたので、返答を待たずにロープを外す事にした。視界もなんだかぶれて見える。疲れがピークに近いんだろう。
「ジュージュ」
「動かないで」
あー、固い! どれだけきつく縛ったのじぇーって人!!
道具を何も持っていないわたしには、手を使うしかない。傷だらけの手はロープが擦れる度に痛みを発した。心が折れそうになるのを堪えること数回。やっと拘束しているロープからクーファを開放する事に成功する。
ロープがグルグル巻きで見えなかったけれど、クーファの背中には小さな羽があった。それをせわしなくパタパタ羽ばたかせ、少しぽっちゃりした身体を浮かせている。
解放されたのがよほど嬉しかったのか、クーファはわたしの周りをぐるぐる回った。
「ジュージュ! アリガト! 恩人!」
「よかったねー」
うん、よかったよかった。でもわたしの方はまた体力の限界が来ているよ。
クーファが縛りつけられていた木の根元にずるずると腰を下ろすと、膝の上にクーファが降りて来た。くりっとした丸い目でわたしの顔を覗き込んでくる。
「ジュージュ。オレ、恩返シスル。困ッテル事ナイカ?」
「恩返し? あはは、別に気にしなくて良いよ」
「駄目! ドラゴン、恩受ケタラ恩返ス!」
あー……だったら、少し静かにしてほしいかも。クーファの声って、なんか頭にガンガン響く。
目を閉じたわたしに、クーファはより一層高い声で恩返しコールを連呼し始めた。恩が仇で返されてる。勘弁して……。
「ジュージュ!」
「うん……」
分かったってば。困ってる事でしょ? 今すんごい困ってるよ。それを全部頼んだらロープをほどいたくらいじゃ割に合わないよ。……だけど、もし頼むとしたらやっぱり雷翔の事かなぁ。せめて無事かどうかだけでも知りたい。怪我をしているなら、早く治してあげたい。だから早く行かなくちゃ。
こんな所で、寝ている場合じゃない。