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白の魔王の物語  作者: まる
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5話 雷翔の行方

 呆然としていたわたしの意識を取り戻させたのは、皮肉にも魔物の声だった。

 遠吠えの様な不気味な声が辺りに響いて、慌てて立ち上がる。


 そのまま夢中で走り出した。


 方角なんてわからないし、何処へ行けばいいかさえわからないけれど、そんな事どうでもいい。

 なによりも雷翔。雷翔の無事を確かめなくちゃ。


 どこまで落ちたんだろう? いくら目を凝らしても、誰かが落ちた形跡さえ見つけられない。

 草木の生い茂る山は、何もかもわたしから隠しているみたいだ。


「雷翔!」


 せめてどの辺りにいるのか、教えて。

 叫び声にも似た声は、木々の中に吸い込まれて消えた。


「雷翔! どこ!?」


 急な斜面を落ちる様に下りて、遮る枝をかき分ける。進む度に傷が増えていくけど痛くはなかった。

 進みながら何度も叫ぶ。何度も、何度も。


 それなのに。


「雷翔! 返事してよ!!」


 だんだん、腹が立ってきた。

 なんで返事をしないの? だいたい、行けってなんなの? 格好つけて自分が落ちてどうするのよ! しかも邪魔って、失礼にも程がある!!


「いだっ!」


 前方注意が疎かになっていたらしく、木との距離感を掴めずに思いきり体を幹にぶつけた。

 ざりっと皮膚の擦れる嫌な音が耳について、右肩に熱と痛みが走る。ふらついた拍子にバランスを崩して思いっきり転んだ。転ぶというより、転がった。

 情けなくて、悪態をつく気にもなれない。


「はぁ……はぁ」


 その場にへたりこんで、違和感に気がつく。

 自分の足を見ると、何処で脱げたのか靴がなくなっていた。傷だらけの足には感覚もない。膝にも力が入らなくて、立ち上がるのにしばらくかかりそうだ。

 息を整えながら座り込んでいると、色々な事が頭に浮かんできた。実は裏から逃亡の手引きをしてくれたっていうおばば様の事とか、物凄い数の飛翼族の中に入っていた白亜様の事とか――雷翔の事。


 思い出すなと思っても、崖から落ちていく雷翔の姿が脳裏をよぎる。一瞬のはずだったのに鮮明に思い出してしまう。


 ――泣くな。まだ死んだなんて決まってないんだから。


「う……」


 意思に涙が反乱を起こす。

 必死で堪えていたはずの涙がぼろっと零れた。一滴落ちると、後はもう陥落するだけだ。ぼたぼたと膝に雫が落ちる。


「うっ、うわああああん!!」


 もう知らない。知るもんか。どうせ誰もいないんだから。こうなったら涙が出なくなるまで泣きまくってやる。


「らいかのばかあああ! あほおおお!!」


 涙も鼻水も放ったらかしで、喉が裂けるくらいの大声を張り上げる。

 でも、分かってた。

 馬鹿で阿呆で、ものすごく嫌いで、憎くてたまらないのは。


 雷翔じゃなくて、何も出来なかった自分自身。




「…………あー……」


 凄い擦れ声。

 こんなに泣いたのってどれだけぶりだろ。泣きすぎて酸欠でも起こしたのか、なんか頭もぼーっとするし……。

 だけど、いつまでもこうしてはいられない。


「よっこいしょ……」


 年寄り染みた掛け声を使いつつ、重たい腰を上げる。だるさはあるものの、もう立ち上がる事も出来るし歩く事も出来そうだ。

 ずるずると足を引きずるようにして歩き出す。泣き時間を取った事で気分は少し浮き上がったけど、体力の消耗も激しかった。足が痛んできたし、腕や掌の擦り傷もじわじわ痛み出してきた。おまけに泣きすぎて喉が痛い。


 どこかに川とかないかなぁ……。

 山の中だし、可能性はゼロじゃないはず。耳を澄ましながら歩いていく。


 

 ――と、頑張ってみましたが、世の中そう上手くいくわけもなく。


「ふ……ふふ。そうだよね。所詮魔王は悪だもんね。神様だって見放すよね」


 数分後。わたしは這いつくばってへこんでいた。

 以前のわたし。いくら歩いても川のせせらぎはおろか、水滴の落ちる音さえ聞こえなかったよ……。やってきたのは二度目の体力の限界。ついでにおなかも減ってきた。今日は朝ごはんもまともに食べてないし。


「もうここで朽ち果ててもいいかなぁ」


 半分ヤケ半分本気でごろりと倒れ込む。青かった空はいつの間にか薄いピンク色になっていた。どういう仕組みだろう。凄いな空。それとも幻覚?

 それにしても、山の中でボロボロなドレス姿の女がぼーっと空を眺めているとか。多分傍から見たら危険人物にしか見えないだろうなぁ。


 靄がかった脳味噌で毒にも薬にもならない事を考え込む事しばし。

 ふいに何かが聞こえて来た。


「…………?」


 なんだろう。

 キーとか、ギーとか、動物っぽい鳴き声。なんだか怒っている様にも聞こえる。


「魔物かな」


 そう思う事に驚くほど怖さがなかった。疲れのせいかもしれないけど、鳥とか犬とか猫とかと同等な感覚で、ああ魔物の鳴き声かな? と思った。

 だるさの残る足に鞭打って、その鳴き声の方へと向かっていく。後で考えて見ると何を考えてんだ自分と思う行為。


 でももしかしたら、それが神の思し召しというものだったのかもしれない。

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