54話 決闘宣言を勇者様にしました。・・・え、勇者様?
やわらかくてあったかいパンに、きのこのスープ。卵焼きに、カリカリのベーコン。それから食後の紅茶。
ああ、美味しかった。
満足感を味わいながら、旦那さん、おかみさんに見送られてお店を出る。ロニーさん、ジョセフさんも手を振ってくれている。ハイルさんは昨日のお酒が効いているのか、具合悪そうな顔をしているけれど、それでも窓から身を乗り出して手を振ってくれた。
わたしも大きく手を振り返す。
「良い所よね。ジュジュ、家族が見つからなくても安心ね。あそこに家があるんだから」
「……そうですね」
角を曲がって、お店が見えなくなる。
……ここで、もうおしまい。
“ジュジュ”から“わたし”に戻るんだ。
「ん? なしたべ?」
ぴたりと足を止めたわたしを、ルークさんが心配そうに覗き込んだ。
「具合でも悪いだか?」
「あんな事があったんだもん、やっぱ精神的に参っちゃったわよね。もうちょっと休んだ方が良かったかしら」
「いえ……いえ。違います」
目を閉じて、息を吸う。
――大丈夫。
顔をあげると、こっちを見ているウィナードさん達が見えた。
不思議そうな顔のウィナードさん。ウィナードさんの肩から首を傾げて見ているクーファ。心配そうな顔の鈴さんにルークさん。静かにこちらを見ているジェイクさん。
「……少し、場所を変えてください。お話したい事があるんです」
「場所?」
「はい。……人気のない、開けた場所でお願いします」
わたしの言葉に、ウィナードさん達は明らかに動揺した。まあ、当然だろう。
そんな中、ジェイクさんが動いた。
「広場がいいか。今ならまだ人も少ないはずだ」
すたすたと歩き出すジェイクさん。わたしもそれに倣って歩き出した。
慌てたように、ウィナードさん達がついてくるのがわかる。
「ジュジュ、どうしたの? 話したいことって?」
「……わたしの事です」
「わたしの事って、思い出せたんだか!?」
嬉しそうなルークさんには答える事が出来なかった。
わたしが記憶を取り戻した、と思った様子のウィナードさん達は、いそいそとした様子で歩き出した。ああ、違うのに。
胸が苦しい。でも、もう足を止める事は出来ない。
暗い気持ちが胸を占める中、広場についた。
ジェイクさんが言った通り、広場に人の姿はない。広場のそばにはお店も並んでいるけれど、まだ早い時間のせいかすべて閉まっているようだ。
「それで、ジュジュの話って?」
明るい笑顔でウィナードさんが尋ねてくる。
そんなウィナードさんに向き直って、一つ息を吐く。
――もう、後戻りはできない。
「勇者、レイン」
「え?」
今まで生きてきた中で、一番勇気を出した一瞬だった。
不思議そうな顔のウィナードさんを、まっすぐ見つめる。
「わたしと戦ってください」
沈黙。
ウィナードさんは、瞬きを繰り返した。
「……え?」
「え?」
「ちょ、え!?」
ウィナードさんの疑問符のついた声に反応して、ルークさんや鈴さんもきょとんとした声や焦った声を上げる。
「ええっ? なんで!? ちょ、ジュジュ! 意味が分かんないんだけど!」
うん、当然ですよね。
鈴さんの質問に答えようと彼女の方を見ると、鈴さんの隣に立っていたジェイクさんと目が合った。いつもの無表情。けれど、その目はまっすぐにわたしを見つめていた。
「おまえは、どうして勇者と戦いたいんだ?」
冷静な声で尋ねられた事に、はっきりと答える。
「わたしは勇者と戦わなくちゃいけないんです」
「そうか」
彼は一度目を伏せてから、わたしを見た。
近付いてくると、剣を抜いて――わたしに、差し出した。
「ジェイク!?」
「何してるべ!」
鈴さんとルークさんが驚きの声をあげている。
わたしも驚いたけれど、無意識のうちにその剣を手に取った。
ずしりと、その重さが手に広がる。包丁とは違う。命のやりとりをするための道具。
震えそうになる手を必死にこらえるわたしに、ジェイクさんは淡々と話し始めた。
「決闘を望むなら、その作法を教えてやる。お互いに名前を名乗ることだ。偽名じゃなく、本当の名前だ。名前を賭けて戦う。勝った方が、その名前――命をもらえる」
名前。
確か雷翔が、実名を知られるのが危険だって言っていた。あれは、わたしに“ジュジュ”を名乗るように言った時のことだ。
こちらでは、名前を賭けるなんていうことがあるのか。でも、今は危険だとか言っている場合じゃない。
わたしはジェイクさんに背を向けて、ウィナードさんを見た。彼は明らかに動揺をしている。
今なら。動揺している今なら、一太刀くらいは浴びせる事が出来るかもしれない。
「わたしは真珠。魔族で、魔王候補の者です。魔王になるために、勇者レイン。あなたと戦います」
重い剣を突き付けて、ウィナードさんに宣言する。
「真珠」
横から、懐かしい名前で呼ばれた。
え? 横?
見ると、ジェイクさんがこちらを見下ろしていた。
どうしてジェイクさんがわたしの名前を呼んだの?
「俺の名はジェイク・レイン」
え?
……レイン?
「勇者レインとして、名を賭けて戦おう」
勇者。
「あなたが――……」
勇者レイン?




