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白の魔王の物語  作者: まる
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52話 とにかく情報収集です

 扉の前で、すでに覚悟は消えそうだった。


 いやいや、だめでしょ! もう覚悟は決めたはず! 後は扉を叩く勇気を奮い起こすだけだ。

 とは言うものの、この扉の向こうにはあの帝王様がいらっしゃるわけで。でも、こんなことで頼れるのはあの人だけだ。


 明日。明日わたしは、ウィナードさん――勇者レインに決闘を申し込むつもりだ。


 勿論、それがどれだけ無謀なことかは分かっている。けれど、こうでもしなくちゃわたしは前に進めない。

 決闘を申し込むのだって、よく考えた結果だ。

 他の方法だって考えてみた。例えば、寝込みを襲うとか、クーファを人質?にするとか、不意打ちを仕掛けるとか。けど、どれも脳内で想像しただけで失敗に終わっている。

 寝込みを襲うにしても、鍵開けの技能なんてもっているわけがないし、ノックしてこんばんはってわけにもいかない。クーファを人質にするのは、例えわたしが本気でやっても笑われて流されてしまいそうな気がする。不意打ちを仕掛けるのだって、例えウィナードさんに不意打ちが成功しても、その後であっという間に鈴さん達に取り押さえられておしまいだ。

 だとしたら、いっその事決闘を申し込んで、一対一で戦う。そうすれば、あのウィナードさんのことだ。鈴さん達の介入を良しとせずに戦ってくれるだろう。


 かといって、一対一で勝てるわけもない。

 ウィナードさんがドラゴンなら、わたしはアリ程度の……いや、せめてネズミで! ネズミ程度の戦力しかない。でも、死ぬ気になればネズミだってドラゴンのしっぽに噛り付くくらいはできるはずだ。それには、やっぱり相手のことを知る必要がある。

 わたしは手に持っている封筒を握りしめた。おかみさんからもらったバイト代。勇者を倒すために使うなんて、本当に申し訳ないけど……だけど、もう決めたんだ。

 すうっと息を吸い込んで、背筋を伸ばす。


 ――コンコン。

 よし! 叩いた! 叩いたぞ!!


「何をしていた」


 勇気を出せた感動を噛みしめる間もなく、扉が開いて、どことなく呆れ顔のジェイクさんが顔を出した。

 え? 出てくるの早くないですか?


「何をって……」

「扉の前にずっと立っていただろ。気配がしていた」

「なんですかその能力!」

「……扉の前で、うろうろしている足音が聞こえたら誰でも気がつくだろ。用があるならさっさと入れ」


 言い残してジェイクさんは部屋の奥に入って行った。


「お、お邪魔しま~す……」


 ウィナードさんとルークさんは二人で一室を使っているけれど、ジェイクさんは一人別に個室を使用している。こういうところでも、ジェイクさんが他の人と一線を保っているような気がしてならない。

 ベッドが一つ、テーブルとイスが一つずつあるだけの小さな部屋。ジェイクさんはそのイスに腰かけ、テーブルに肘をついてわたしを見た。


「今日は本当に、助けてくれてありがとうございました。それと……ですね。以前お願いしていたウィナードさん達のことなんですが、ウィナードさんのことだけでもいいので、教えてください! あと、これをお納めください!!」


 90度に腰を曲げて、封筒を持っていた手をぴんと伸ばす。


「……金はいらないと言ったはずだ」

「え、ええと、ま、枕はわたしの心臓に負担がかかりまくるので! というか、わたしを枕にしても全然需要がないというか!」

「寝やすい」

「そ、そうなんですか? いやいやでも! やっぱり一応わたしも女子なので、さすがに抱き枕になるのは世間体が悪いと言いますかね!」

「…………」


 む、無言の圧力!

 でも、頼んでいるこちらが報酬を変えろというのもおかしな話、なのかな? わたしの抱き枕にそんな魅力があるとは思えないけど。


「ジェ、ジェイクさんが枕の方が良いなら、枕でも……いいです……」


 消え入りそうな声でつぶやくように言う。聞こえなくてもいい、いや、聞こえない方がいいと思いつつ出した同意の答えだったけれど、ばっちり聞こえたようです。例の背筋の凍るようなにやりとした笑みがジェイクさんの顔に浮かびました。


 ヒィィ!

 青ざめたわたしの顔を見て、にやにやと笑いながら、ジェイクさんはベッドを指差した。これは……座れの合図ですか。

 もう口を開けた蛇の前にいる蛙の気分だ。泣きそうになりながら、ジェイクさんの指示の通りに恐る恐るベッドに腰を下ろす。そんなわたしをにやにや笑いながら見ていたジェイクさんは、何を思ったか突然吹き出した。

 え? 何か変なことしました? というか、顔隠して肩震えてるけど、笑ってる? ジェイクさんが笑ってる!?

 にやりという笑みか、にやにやという笑い方しかしないと思っていたから、可笑しそうに笑っている(らしい)ジェイクさんの姿はものすごく意外だった。

 キョトンとしながら見ていると、一通り笑い終わったジェイクさんは、少し息を吐いてからわたしを見た。


「怯えすぎだ。今日はいい」

「え?」

「前に使ったからな。その分だ」


 前って……ああ、確かに少しの時間だったけど、抱き枕にされたな……。膝枕もさせられたし。

 一人納得していると、ジェイクさんはいつもの無表情に戻ってわたしを見た。


「それで、ウィナードのことか?」

「は、はい。ええと、ウィナードさんのことを、何でもいいので教えてください」

「何でも?」

「はい。あ、でも、戦い方とか、苦手なものとか、嫌いなものを教えてもらえると助かります」

「……?」


 わたしの答えが意外だったようで、ジェイクさんは少し首を傾げた。まあ、そうだよね。勇者の戦い方を聞いてくるなんて違和感丸出しだ。でも、必要最低限の情報だし、聞かないわけにはいかない。本当はもっと話の流れを掴んで、うまい具合にさりげな~く聞き出すのが良いんだろうけど、人付き合いが少ないわたしには難易度が高すぎる。それにジェイクさんとおしゃべりが弾む気はしないし、直球で勝負することにしていた。


「……ウィナードの武器は長剣だ。楯もたまに使うな。魔法は軽い治癒魔法とか照明用の魔法くらいしか使えないから、戦闘スタイルは武器や体術が多い。接近戦がメインだから、遠距離の攻撃とか魔法攻撃は苦手な方だろうな。他に欠点をあげるなら……お人好しで頼られると断れないところだな。断れずに貧乏くじを引いて、一人苦労をしょい込むタイプだ。だから、俺みたいなのに良いように利用される」


 うわあ、悪い笑み。

 というか、ジェイクさん。ウィナードさんを利用しているって……自覚しているというか、確信犯ですか。


「嫌いなものは俺だろうな」


 自信満々に答えられても、返事に困ります!

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