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白の魔王の物語  作者: まる
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48話 迎えに来てくれました

 ジェイクさんは無言のままわたしを見て、それから短剣を握っているジオさん、剣を握っているゲイルに視線を移した。

 視線を向けられたゲイルは、はっと我に返った様子でジェイクさんに剣を向けた。


「なんだお前は!」

「煩い」


 ゲイルにジェイクさんが返した答えは、近くの棚に置いてあった宝石でできた動物の置物だった。

 真っ直ぐに投げられた置物が、ゲイルの鼻を確実に捉える。


 ガン!

「〰〰〰ッ!!」


 う、わあ~……痛そう。

 構えていた剣を落とし、ゲイルは顔を手で覆いしゃがみこんだ。

 そんなゲイルの反応にはお構いなしに、ジェイクさんは落とした剣を蹴り飛ばした。剣は床をくるくる回りながら、わたしの足もとまで転がって来た。


「て、めえ! 何しやがる!!」


 鼻を押さえていた手で拳を作って、ゲイルはジェイクさんに殴りかかっていった。


「危ない!」


 細身のジェイクさんとガタイの良いゲイルの体格差は一目で分かる。あんな岩みたいな拳がジェイクさんに当たったら……!

 けれど、ジェイクさんは動じた様子も無く、向かってくるゲイルに対し体を回転させて、長い脚を叩き付けた。見事な回し蹴りが顔の側面に直撃したゲイルは、そのまま棚にぶつかった。棚に並んでいた物が、倒れ込んだゲイルの上にガラガラと落ちてくる。

 起き上がってくる様子の無いゲイルに、部屋の中が静まり返った。

 ジェイクさんは冷めた目で倒れたゲイルを見下ろし、ジオさんも警戒を解いたのか短剣を腰のベルトにしまった。


「あ、あの、ジェイクさん。助けてくれて」


 ありがとうございました、と言う前に、ジェイクさんはジオさんに近づいて。


 バキッ!


 ええ!? なんで!?

 左頬を殴られたジオさんは、よろめいて座り込んだ。


「ジェイクさん! なんでジオさんを!?」

「ここにいたから」

「それ理由になるんですか!?」

「人の物に手を出す方が悪いだろ」

「いやいや、物って! わたしもクーファも生き物ですから……」


 言いかけて、はっとする。

 クーファ!


「それより、ジェイクさん! クーファが! クーファが売られてしまったんです!! 助けないと」

「クーファ……? ああ、あれなら放っておいていい」

「放っておくって……」

「こうもあっさり誘拐を成立させるようじゃな……。役立たずな護衛だったな」


 さらっと答えた言葉に、愕然とした。

 次の瞬間、自分でもわからないうちにジェイクさんを叩いていた。


「なんてこと、言うんですか! クーファはわたしを助けようとして……酷いです! クーファはあなたの仲間じゃないんですか!? だいたい、人を物みたいにいわないでください! わたしだって生きてるんです! 勝手に持ち上げられて、邪魔にされて! もう関係の無い人を巻き込みたく無いのに!!」


 ああ、もう自分が何を言っているか分からない。

 ただ今まで溜まっていた怒りがここに来て爆発していた。誰かに怒る事なんて、初めてだから、全く自分が制御できない。真っ白な頭の中の片隅で、理性の有る自分が傍観していた。


「お、おい。ジュジュ、落ち着け」


 ジェイクさんの胸を叩いていたわたしを、ジオさんが引き剥がした。


「怒る相手が違うって! あんたを攫ったのは俺なんだから、怒るとしたら俺の方で助けに来たこの人じゃないだろ!」

「わたしのことはいいんです! 弱いのも役立たずなのも事実だし、言われたって構いません! でも、クーファも雷翔も役立たずなんかじゃない!!」

「ライカは話に出てきてねぇだろ! それにあのドラゴンなら」


 ジオさんがそう言った時、扉の向こうから緑色の物体が飛んでくるのが見えた。


「ジュージュ!」

「うわ!」


 緑が視界に広がる。グルグルという低音が耳に響いた。


「ジュージュ! 無事ダッタカ!!」

「痛痛イタ! 鱗痛い!!」


 これ! この感じ!!

 すっごい身に覚えがあるんだけど!

 べりっと引き剥がされて、ジェイクさんの右手に猫の様にぶら下げられたクーファは、その状態でも嬉しそうにわたしを見ていた。


「クーファ? 無事だったの?」

「当然ダ!」

「いや、だって売られてないし」

「え?」

「売ったってのは俺からの報告だし。こいつなら、袋に入れたまま髪飾りと一緒に置いてきたよ」

「え、ええっ!? そ、それじゃ」


 わたしが怒ったのって、なんだったの? っていうか、完全に八つ当たりだったってことですよね!? う、うわぁぁ!! 怖い! ジェイクさんを見れない!!

 顔色を変えたわたしを見て、ジオさんは頭を掻いた。


「何て言うか、悪かったな。教えるのが遅くなって……チビも悪かったな」

「チビ、言ウナ!」


 クーファが怒って、背中のトゲトゲを逆立てる。


「……おい」

「す、すみませんでしたぁぁ!!」


 反射的に、床に頭をこすりつける。これぞ土下座。おばば様から聞いた最上級の謝罪の形だ。


「……何だ? うずくまって」


 呆れた様なジオさんの声が降って来た。

 伝わって無い! 文化の違いか!!

 それでも立ち直すことが出来なくて頭を下げていると、バタバタという足音が近付いてくるのが聞こえた。


「遅い」

「あんたが突っ走るからよ! 証拠も無いのに!!」

「ジュジュはいたか!?」


 この声。

 顔を上げると、見覚えのある顔が並んでいるのが見えた。

 鈴さんの視線が、ジェイクさん、その手の中のクーファ、置物や容器に囲まれて倒れているゲイル、わたしの横に立っているジオさん、土下座中のわたしと、順番に移る。


「……何? この状況」

「ジュジュ、怪我はねぇだか?」


 呆れたような鈴さんの影から、ルークさんが駆け寄ってくる。

 最後にウィナードさんが入って来た。あの男を後ろ手にして捕まえている。目があった瞬間、嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。無事だったか」

「……はい」


 同じように微笑んだ瞬間、ぽろっと涙がこぼれた。

 あれ、どうして? 泣くつもりなんてなかったのに。


「ジュジュ! ごめんね、怖かったでしょ」


 抱きしめられながら、わたしは首を振った。

 怖くなかったと言えば嘘になる。けど、涙が出たのは怖かったからじゃない。ましてや悲しいからでもなくて。


「ありがとうございます」


 本当に迎えに来てくれたことが、ただ嬉しかった。

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