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白の魔王の物語  作者: まる
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46話 死に物狂いで、なんとか逃げ切って見せます!

 ここまで必死に何かから逃げるなんて、魔王様のお城から逃げ出した時以来だ。

 あの時は、もっと大勢に追いかけられて、殺意まで持って追いかけてきた。それなのに今の方が不安で怖いのは、きっと一人だからだ。

 一人ぼっちで、ここがどこかも分からなくて、どこに行けばいいかも分からなくて。


 多分、ここはどこかのお屋敷の中。あの男の自宅なのかもしれない。

 広い廊下をしばらく走ったけれど、今の所誰にも会わない。廊下には立派な扉がいくつも並んでいるけれど、その先は行き止まりかもしれないから入れない。

 そのうち、絨毯の敷かれた大きな階段が見えた。


 ここは二階? とにかく、この屋敷を出ないと。

大きな階段を下りていくと、正面に見えたガラスの窓から外が見えた。その先には。


「え?」


 あれ……?

 なんで? ここって、まさか。


「ザイア?」


 多分。いや、間違いない。

 遠くに見える建物。あれは、間違いなくわたしがお世話になっていた宿屋だ。


「見つけた」


 ざわっと鳥肌の立つ声が後ろからした。

 振り向くと、階段の上からあの男がこちらを見下ろしてにやにやと笑っている。


「そんな所で何をしているんだね? 私が来るのを待っていたのかい?」


 ひぃっ! ないない!! あり得ないです!!


 慌てて階段を駆け降りる。

 ここがどこかを調べるよりも、今はこの男から逃げないと!

ゆっくりと階段を下りてくる足音が背後からする。その遅さが余計に不気味だ。逃げられないと分かっている、そんな風に言われている気がする。

 階段を下りると、先ほどと同じように目が痛くなる様なぎらぎらした感じの廊下が続いていた。

 さっき窓から見えた景色からすると、たぶん玄関はこの階にあるはずだ。

 扉はいくつもあるけれど、どれが先に続く扉かがわからない。試すにしても、まずはあの男から距離を取らないと。

 廊下の先は左右に分かれている。どっち!? うう、分かんない、けど、いいや! 右!

 そのままのスピードで曲がる。その瞬間、目の前に黒い物体が。


「ぶっ!」


 ったぁ―――!

 顔面を思いきりぶつけて、目に涙が浮かぶ。顔を上げると、驚いた顔がこちらを見下ろしていた。


「ジオさっ……!」


 言いかけた声を遮るように、さっと口で手を塞がれた。


「来い」


 真剣な表情に、つい頷いてしまう。

 ジオさんはすぐに口から手を放し、変わりにわたしの手を掴むと近くの扉を開けて中に入った。

 そこは倉庫の様な部屋だった。部屋の真ん中はガランとしているものの、壁には棚があってずらりと色々な物が並んでいる。棚の前には高そうな壺や絵が無造作に置かれていた。

 ジオさんは音が鳴らない様に扉に鍵をかけた。


「しゃがんで」


 言いながら、手を引っ張って腰を落とす。引っ張られる様にしてしゃがむと、コツンコツンと扉の前を通る足音がした。


 う、わぁぁ!


 ドキドキと心臓が激しく鳴る。ここ、見つかったらもう最後でしょ!?

 必死に息を押し殺して男が遠ざかるのを待つ。足音はゆっくりと扉の前を通過していった。


 コツン、コツン……コツ……コツ…………


 しばらくして、音が完全に消えた。


「っはぁぁ~……」


 詰めていた息を吐き出す。

 こ、怖かったぁぁぁ!!


「大丈夫か?」


 へたりこんだわたしを、ジオさんが心配そうな顔で覗き込んできた。


「はい……大丈夫です。ありがとうございました」

「いや、お礼なんて言わなくていい。巻き込んだのは俺だし」


 バツの悪そうな顔をするジオさんは、まぎれもなくわたしの知っているジオさんだった。


「どうしてあいつに追いかけられているんだ?」

「ええと……珍品が好きだから手元に置く、とか言われて……部屋から逃げて追われてました。捕まったら食べられるそうです……」

「え、それって」

「あの人、肉食なんですか?」


 人間も魔族も食べるとか、雑食すぎ! 怖すぎる!!

 あの時の恐怖が思い出されて、体が震える。ジオさんは気の毒そうな顔をしながら、わたしの頭に手を置いた。


「いや、そういう意味じゃないとは思うけど……とにかく、あいつから逃げないとな。悪かった、助けに行くのが遅れて。怖い目に遭わせたな」

「いえ……ジオさんのせいじゃ」

「俺のせいだ。あんたを連れてきたのは俺なんだから」


 きっぱりとジオさんが言う。

 ……確かに、それはそうかもしれないけど。


「ジオさん。どうしてわたしを連れてきたんですか? 交渉とか言っていましたよね?」


 ジオさんが、悪人だとは思えない。

 確かにあの時のジオさんは冷たくて、怖くて、何を考えているか分からなかった。だけど、こうして話しているジオさんが、わたしと話しているジオさんが「ホンモノ」だと感じる。証拠なんてないけど……おばば様の言う、女の勘っていうやつだ。

 本当のことを話してほしい。

 そんな気持ちを込めてじっと見つめると、ジオさんは髪を乱す様に頭を掻いてから小さく息を吐いた。


「俺にはさ、妹がいるんだ。貴族に引き取られてバラバラに暮らしているんだけど……その妹が一か月前に赤髑髏に攫われた。妹の居場所を探る為にも、俺は赤髑髏に潜り込む必要があったんだ。そんな時、あんたの噂を聞いた」

「わたしの噂?」

「赤髑髏から逃げて勇者にかくまわれている女がいる、ってやつだ。勿論、赤髑髏もそんな存在を見過ごせるわけがない。で、「勇者に守られている女を連れてきたら、仲間にしてくれ」って交渉をした」


 なるほど。「交渉」って、そういうことだったんだ。


「本当にすまなかった。でも、大丈夫だ。すぐに助けがくるから」

「助け?」

「対の飾り」


 え? それって、髪飾りのこと?

 反射的に左の頭に手をやって、はっとする。


「え? な、無い!?」

「ああ。ちょっと貸してもらった」

「えっ!? ちょ、ど、どこにやったんですか!!」


 あれが無いとわたし帝王様に殺されます!!

 顔色を変えたわたしに対し、ジオさんは何故か微笑ましそうな顔をした。なんでその表情!? おかしいでしょ!


「大丈夫だ。対の相手に渡してあるから」

「つ、対の相手?」

「あんたが世話になってるって言ってたベルナンドの屋敷に、手紙と一緒に置いてきた。ここの場所をそれとなく仄めかす内容で。勇者も対の飾りを渡した相手が攫われたとなれば、すぐに探しに来るだろ?」

「いや、それは……どうでしょう」


 あれを渡したのはジェイクさんだし! ウィナードさん関係ないし!!

 けれど、ジオさんは確信を持っている様子だ。


「来るさ。ウィナードだっけ? あいつ責任感の塊みたいな感じだったし……と、しっ! 静かに」


 表情を引き締め、声をひそめる。わたしも慌てて口を押さえた。

 扉の前を誰かが通り過ぎる足音がした。あのコツコツという足音じゃなくて、少し慌てた様なパタパタ走る音だ。一人だけじゃない。何人かの足音や、声が混じっていて、何だか少し騒がしく感じた。


「なんだ? 何かあったのか?」


 小さな声でジオさんが呟く。

 不安が広がって、服の胸の辺りをぎゅっと掴んだ。生地と一緒に、固い物が手に当たる。

 あ、印。よかった、とられてなかったんだ。

 ジオさんが外の様子に気を取られている隙に、服の胸元を除いて証の存在を確認する。


 金の枠にはめ込まれた――青い宝石。


「……屋敷に誰か来たみたいだな」


 ジオさんの言葉にドキンとする。

 もしかして。

 来て、くれたのかもしれない。


 ――迎えに来てくれるかもしれない。


 小さい頃に心のどこかで持っていた希望。いつしか諦めていた事。

 ああ、こんな気持ちになれたのは何時ぶりだろう。

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