44話 本当に攫われてしまいました・・・。
暗い沼から這い上がるように、ゆっくりと意識が浮上してくる。
目を開けると、薄暗い部屋が見えた。
か、体が痛い……。床に寝かされていたらしく、起き上がると、体の下になっていた左腕が痺れていた。
部屋の中には、何もない。
鉄でできた重そうな扉、それからわたしの下に敷かれている毛布、横の壁の上の方に鉄格子がはめられた小さな窓。それくらいだ。
他にも何かないかと体を動かす。
ジャラ。
冷たい金属音が足元からした。
「……」
音の方を見て、言葉に詰まった。
足枷。
太い鎖が、鉄球のようなものに繋がっている。
「これって……」
唖然としていると、ガチャリと重い音がして扉が開かれた。
そこには。
「お、起きたか、お嬢様」
正直見たくない顔だった。けれど、その顔で自分に何が起こったかを思い出すことが出来た。
たぶんわたしは攫われたんだろう。理由はわからないけれど……。
ゲイルがにやけた顔で近付いてくる。わたしの前で足を止めると、しゃがみこんで顎を掴んできた。
ぞわぞわと嫌悪感が這い上がる。
「そう嫌そうな顔をするなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」
「どうして、わたしを攫ったんですか?」
脅えるな。魔王らしく、凛としていろ。
白亜様の言葉を思い出す。
真っ直ぐ見つめて尋ねると、ゲイルは嫌な笑い声を上げた。
「どうしてだって? あんたの噂は町中に広まってる。赤髑髏のアジトから逃げだしたんだってな? 記憶を失っているらしいが、いつ記憶を取り戻すかもしれない証人を放置できないだろ」
証人。
そうか。証人は勇者にとっての情報源であると同時に、赤髑髏にとっては危険人物だったんだ。
ウィナードさんがどうしてわたしを「無事に王都まで届ける」と約束してくれたのか、鈴さんが「保護対象」だと何度も言っていたのか、今になって理解する。
わたしは、狙われる立場だった。
呆然とするわたしを、ゲイルはまじまじと見つめていた。
「本当に珍しい色合いだな。見目もいいし、こりゃあ良い値で売れるだろうな」
売る。
その言葉で、ある事を思い出した。
「クーファはどこですか」
わたしを慕ってくれていた、小さなドラゴン。
あの子はわたしに巻き込まれて攫われたんだ。
以前、クーファが語ってくれた事を思い出す。卵から生まれてすぐに、首輪を付けられた事。
せっかく自由になれたのに、わたしのせいでまた檻に閉じ込められるかもしれない。わたしのせいで。
「クーファ……? ああ、あのチビのドラゴンか。アレならもう売っちまったよ」
「…………っ嘘!!」
「嘘じゃねぇよ。それよりもあんたは自分の身を心配しな。今から頭の所に行くぞ。しっかり値をつけてもらえ」




