37話 少しだけ昔のことを思い出しました
――できそこない。
わたしは何度そう呼ばれて、何度その言葉を飲み込んだろう。
わたしも、あなた達と同じ魔族だと。好きでこんな姿で生まれてきたわけじゃないと。
耐えきれずに幼いわたしが返した言葉に返って来たのは、拒絶と嫌悪と蔑みだった。
――お前と一緒にするな。
――魔族を名乗るなんておこがましい。
怒涛のように投げつけられる声と、拳と、石と。朦朧とする意識の中で、わたしは一つの事を覚えた。
彼らに逆らってはいけない。
わたしは非力だった。弱かった。
だから、全てを受け入れなくちゃ生きていけなかった。
非難も軽蔑も痛みも、全て受け入れて、飲み込まなくちゃいけなかった。
飲み込んだ言葉は、胸を突き刺すナイフになって、体を蝕む毒になって、わたしの中に渦巻いていった。それでも、生き残るためには全てを飲み込むしかなかった。どれほど傷が増えても、毒が回っても、悲しくても辛くても、受け入れるしかなかった。
弱いわたしは、死ぬ事さえ怖くて出来なかったから。
「――おい」
「え……?」
ぼんやりと開けた目に飛び込んできたのは、わたしを見上げている青い目。
わあ、美形さん……。
「えーと……」
誰だっけ?
ぼんやりそう思うと、彼は無表情のまま左手を伸ばしてきた。冷たい手が頬に触れる。
「……?」
「なんで泣いてる?」
泣く?
疑問に思っていると、彼の指がわたしの頬をぬぐった。そこで初めて、自分の頬を伝う涙に気が付いた。
「わたし……」
「ジュージュ! ドウシタ? 泣カサレタノカ!?」
突如、耳に高い声が飛び込んできた。
その瞬間、我に返る。
ジェイクさんに頬を触られているという状況に、思わずのけぞった。と、同時に、背後の木に頭をぶつけた。
「〰〰〰っ!!」
「なにしてるんだ、お前」
後頭部をおさえて悶絶すると、いかにも楽しげなジェイクさんの顔が見えた。
人を馬鹿にするような笑みでも、にやりという笑みでもなくて、目を細めて楽しげに笑っている顔。思わず見とれて――……。
「うひゃあ!」
逃げるように動いたら、上半身のバランスを崩して横に倒れました。
ああ、膝の上にこの人の頭がありますからね。そりゃそうなりますよね。
「本当におかしな女だな」
呆れたように言いながら、ジェイクさんが起き上がる。隣ではわたしの顔を心配そうに覗き込むクーファ。
「ジュージュ、大丈夫カ?」
「は、はは。大丈夫」
「そろそろ昼すぎだな。行くか」
え? もう行くんですか?
……本当にすごい自由だなぁ、この人。流石帝王様。
「もう屋敷に戻っても、あの女は来ないだろ」
「そうですね……多分」
昨日の執着を見る限り、絶対とは言えないけれど。
まあ、彼の判断に任せましょう。
立ち上がってズボンを叩くジェイクさんに習って、立ち上がろうとして――転倒。
「ジュージュ! ドウシタ!?」
「……何だ?」
「いえ……しびれたみたいで」
足が。
ですよねー! そりゃ膝に人の頭乗っけて一寝入りすればしびれますよねー!!
「す、すみません。少々お待ちを……」
ゆっくりと足の位置をずらして、しびれをほぐす。ああー、じんじんする。
揉んだり押したりしていると、腕が伸びてきて腰が締め付けられた。
ぎゃあ!
こ、これって、すごい身に覚えが……!!
「ジェ、ジェイクさん! だだ大丈夫です! 歩けます歩きます!!」
「ほぉ……俺に指図するのか?」
「めっそうもございません!」
ジェイクさんの顔は見なくても分かった。絶対、あのにやりって笑い顔だ。
「ジェー! ジュージュ、離セ!」
「うるさい。屋敷まで運ぶだけだ。それともお前が運ぶのか?」
「…………」
うわあ、意地悪い顔してるな、多分。
クーファを黙らせると、ジェイクさんは歩きはじめた。
ああ……またこの運ばれ方をすることになろうとは……。
そして、誰の忠告も聞かないな、この人。
「……ジェイクさん」
「なんだ」
「ジェイクさんって、自由な人ですね」
「? まあ、そうだな。何かに縛られるのは性に合わない」
「……羨ましいです」
彼は周囲に何を言われても、気にしたりしないだろう。
自分を貫けるその姿が、その強さが、わたしには羨ましい。




