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白の魔王の物語  作者: まる
38/61

37話 少しだけ昔のことを思い出しました

 ――できそこない。


 わたしは何度そう呼ばれて、何度その言葉を飲み込んだろう。

 わたしも、あなた達と同じ魔族だと。好きでこんな姿で生まれてきたわけじゃないと。

 耐えきれずに幼いわたしが返した言葉に返って来たのは、拒絶と嫌悪と蔑みだった。


 ――お前と一緒にするな。

 ――魔族を名乗るなんておこがましい。


 怒涛のように投げつけられる声と、拳と、石と。朦朧とする意識の中で、わたしは一つの事を覚えた。


 彼らに逆らってはいけない。


 わたしは非力だった。弱かった。

 だから、全てを受け入れなくちゃ生きていけなかった。

 非難も軽蔑も痛みも、全て受け入れて、飲み込まなくちゃいけなかった。

 飲み込んだ言葉は、胸を突き刺すナイフになって、体を蝕む毒になって、わたしの中に渦巻いていった。それでも、生き残るためには全てを飲み込むしかなかった。どれほど傷が増えても、毒が回っても、悲しくても辛くても、受け入れるしかなかった。


 弱いわたしは、死ぬ事さえ怖くて出来なかったから。




「――おい」

「え……?」


 ぼんやりと開けた目に飛び込んできたのは、わたしを見上げている青い目。

 わあ、美形さん……。


「えーと……」


 誰だっけ?

 ぼんやりそう思うと、彼は無表情のまま左手を伸ばしてきた。冷たい手が頬に触れる。


「……?」

「なんで泣いてる?」


 泣く?

 疑問に思っていると、彼の指がわたしの頬をぬぐった。そこで初めて、自分の頬を伝う涙に気が付いた。


「わたし……」

「ジュージュ! ドウシタ? 泣カサレタノカ!?」


 突如、耳に高い声が飛び込んできた。

 その瞬間、我に返る。

 ジェイクさんに頬を触られているという状況に、思わずのけぞった。と、同時に、背後の木に頭をぶつけた。


「〰〰〰っ!!」

「なにしてるんだ、お前」


 後頭部をおさえて悶絶すると、いかにも楽しげなジェイクさんの顔が見えた。

 人を馬鹿にするような笑みでも、にやりという笑みでもなくて、目を細めて楽しげに笑っている顔。思わず見とれて――……。


「うひゃあ!」


 逃げるように動いたら、上半身のバランスを崩して横に倒れました。

 ああ、膝の上にこの人の頭がありますからね。そりゃそうなりますよね。


「本当におかしな女だな」


 呆れたように言いながら、ジェイクさんが起き上がる。隣ではわたしの顔を心配そうに覗き込むクーファ。


「ジュージュ、大丈夫カ?」

「は、はは。大丈夫」

「そろそろ昼すぎだな。行くか」


 え? もう行くんですか?

 ……本当にすごい自由だなぁ、この人。流石帝王様。


「もう屋敷に戻っても、あの女は来ないだろ」

「そうですね……多分」


 昨日の執着を見る限り、絶対とは言えないけれど。

 まあ、彼の判断に任せましょう。

 立ち上がってズボンを叩くジェイクさんに習って、立ち上がろうとして――転倒。


「ジュージュ! ドウシタ!?」

「……何だ?」

「いえ……しびれたみたいで」


 足が。

 ですよねー! そりゃ膝に人の頭乗っけて一寝入りすればしびれますよねー!!


「す、すみません。少々お待ちを……」


 ゆっくりと足の位置をずらして、しびれをほぐす。ああー、じんじんする。

 揉んだり押したりしていると、腕が伸びてきて腰が締め付けられた。

 ぎゃあ!

 こ、これって、すごい身に覚えが……!!


「ジェ、ジェイクさん! だだ大丈夫です! 歩けます歩きます!!」

「ほぉ……俺に指図するのか?」

「めっそうもございません!」


 ジェイクさんの顔は見なくても分かった。絶対、あのにやりって笑い顔だ。


「ジェー! ジュージュ、離セ!」

「うるさい。屋敷まで運ぶだけだ。それともお前が運ぶのか?」

「…………」


 うわあ、意地悪い顔してるな、多分。

 クーファを黙らせると、ジェイクさんは歩きはじめた。

 ああ……またこの運ばれ方をすることになろうとは……。

 そして、誰の忠告も聞かないな、この人。


「……ジェイクさん」

「なんだ」

「ジェイクさんって、自由な人ですね」

「? まあ、そうだな。何かに縛られるのは性に合わない」

「……羨ましいです」


 彼は周囲に何を言われても、気にしたりしないだろう。

 自分を貫けるその姿が、その強さが、わたしには羨ましい。

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