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白の魔王の物語  作者: まる
30/61

29話 取引の内容がおかしいんですけど!?

「あー、食べた! もうお腹いっぱい!」


 部屋に戻るなり、鈴さんは体を伸ばしてベッドに倒れ込んだ。


 ああ、気持ち良さそう……。


 真似したい気持ちはあるけれど、鈴さんは勇者一行だという意識が理性を保たせてくれている。羨ましい気持ちを抑えて、ベッドに腰を下ろした。座るだけでも、十分重たくなった体を休めさせる事が出来る。

 ふう、とため息をついたわたしの顔を、肩の上のクーファが覗き込んできた。


「ジュージュ、沢山食ベタカ?」


 か、可愛い!

 小首を傾げる姿がたまらなく可愛い! 抱きしめたい衝動に駆られて、だらしない笑顔を浮かべてしまう。


「うん、沢山食べたよ。クーファは食べた?」

「肉、イッパイ食ベタ! ウマカッタ!」


 言いながら、満足そうに目を閉じて喉をグルグルと鳴らす。

 確かに、沢山食べてたなぁ。

 確実に自分の体の倍以上は食べてた、生肉を。


「オレ、早ク大キクナル! モット強クナッテ、ジュージュ、守ルカラナ!」

「あはは、ありがとう」


 お礼を言うと、クーファは満足したように頷いて、ベッドに備え付けられている枕の上に飛び乗って丸くなった。

 お腹一杯になって眠くなったのかな? すぐにクゥクゥ寝息を立てはじめた。


 小さいドラゴンの背中は、少し温かくて柔らかい。とげとげした背びれ(?)も見た目に反して柔らかく、撫でるのに邪魔にならない。

 クーファを撫でながら癒されていると、小さくコンコンと扉が叩かれた。鈴さんが起き上がって扉に目を向ける。


「はぁい。誰?」

「おらだべ。開けてもいいだか?」

「ああ、ルーク。いいわよ」


 返事をしながら、鈴さんが扉を開けた。

 扉の向こうのルークさんは、


「いきなりすまねぇだ」


 と、すまなそうに言った。


「実は、困った事になって……鈴さ、ちぃとばかしおら達の部屋に来てくれるべか」

「あたしは別にいいけど、ジュジュはどうするの?」

「ウィナードが、まずはおら達だけで話したいって言ってるべ。ジュジュにはすまねぇけんど……」

「あ、気にしなくて大丈夫です。わたし、クーファを見ていますから」


 申し訳なさそうなルークさんに、わたしは笑顔で答えた。

 話し合いに参加出来ないのは当たり前だ。


 そりゃ、気になるし、仲間外れが悲しくないと言ったら嘘になるけど。でも、わたしは同行者であって、仲間じゃない。


 なるべく気にしていないように振舞うと、ルークさんは少し安心したような顔をした。


「すまねぇだ。なるべく早く終わらせるから、待っててけろ。話がまとまったらジュジュにもきちんと伝えるだ」

「すみません。よろしくお願いします」

「そんな他人行儀にしなくていいわよ。一緒に行くんだから、何かあったら知らせるのは当然よ。じゃ、ちゃちゃっと話をしてくるわね」


 鈴さんはパチンとウインクをすると、ルークさんを急かす様にして出て行った。

 急に辺りが静まり返ったような気がする。


「なんか、静か」


 小さく呟いた声がはっきり聞こえて、余計に寂しさを感じる。

 って、いやいや。何を考えてるの、わたし。勇者一行から解放されたんだから、こういう時こそゆっくり状況を考えるべきじゃないの?

 うん、そうだ。勇者に対抗する術とか、今わたしが出来る事を考えなくちゃ。


「よし!」


 パチン、と頬を叩いて気合いを入れる。

 とりあえず、わたしがしなくちゃいけないことを考えてみよう。


 勇者を倒す。


 って、言うのは簡単だけど……。いや、だめだめ。弱気になるな! 倒す方法を考えなくっちゃ。

 そういえば、魔王の資格を得るための話を聞いた時に、白亜様に勇者を倒すにはどうすればいいのか聞いてみた事があった。確か、あの時は……。


 ――まずは、相手を知る事だ。


 冷たい目で、淡々とした口調で、わたしの質問に答える白亜様が脳裏に甦ってきた。


 ――お前は弱い。武器を扱った事の無いうえに、魔力の欠片も無い。だとしたら、頭を使うしかないだろう。何が得意か、何が苦手か。敵のあらゆる情報を手に入れて、利用できるものは何でも使え。


 ……なんか、結構ぼろくそに言われていたような気がする。でも、間違えではないんだよね……。


 わたしがまともに勇者に戦いを挑んだ所で、あっという間に返り討ちだ。だとしたら、白亜様の言っていた通り、頭を使うしかない。頭脳の方も自信はないけど、がむしゃらに突っ込んでいくよりも少しは可能性がある。その為には、まずはウィナードさんの事を知る事だ。


 とは言うものの。

 どうやって調べればいいの? 近くにいるだけでも緊張するのに……!


 はっ、そうだ! 誰かに聞くっていうのはどうだろう。ルークさんとか、鈴さんとか。

 ああ、でも、ルークさんは欠点とか絶対言わなそう……。悪い所も良い所として見ていそうだし。鈴さんも、ウィナードさんを尊敬しているみたいだしなぁ。弱点は「お酒を飲めないところじゃない? 本っ当もったいないわよね!」とか言いそうだ……。


 いや、それ以前に二人も勇者の仲間なんだから彼らの対策も考えないと。


「何一人で唸っているんだ」

「ひえっ!?」


 ななな何、誰!?


 背後の声に変な声が出た。慌てて振り向くと、冷たい青い目がこちらを見ていた……って、近い近い!

 至近距離に白く細い顔。青い目に映っているわたしの顔が見えるくらい近い。


「いいいつからここに?」

「少し前だ。お前が自分の顔を叩いて、うろうろしながら唸り始めた辺りか」


 結構前ですね!


 わたし、なんか変な事言ってなかった? ウィナードさんの弱点の事とか……いや、全部頭の中で考えていたから声には出してないと思うけど! あ、でもなんか唸っているとか言ってた……いや、唸っているってことは言葉にはなっていないはず!

 ぐるぐる色んな事が頭をよぎる。そんなわたしをジェイクさんは冷静な目で見下ろしていた。


「えええっと、確か皆さん何か問題があったとかで相談しているはずですよね? ジェイクさんはいいんですか?」

「問題ない。俺が居よう居まいと、あいつらが考えるだろ。それより寝ようとしていたのにあいつらが煩くて落ち着いて眠れない。ベッドを借りるぞ」


 ふいっとわたしから離れ、ジェイクさんはクーファがいない方のベッドに横になった。

 ああ……。思わず安堵のため息が出る。

 その時だ。


「お前、ウィナードの事を知りたいのか?」

「へっ!?」

「声が漏れてたぞ。近くにいるだけでも緊張するのに、知る事ができないとかなんとか」


 思い切り声に出てましたね!

 青くなったわたしに、ジェイクさんはにやりと笑った。


「やっぱり勇者様には憧れるものか? それとも、ピンチを救ってくれた王子様にでも見えたか?」

「え?」

「勇者に怯えていると思っていたのは、俺の見当違いだったみたいだな」

「え? え?」


 憧れ? 王子様?

 突然意外な言葉が出てきて、一気に冷静さが戻って来た。


「えっと……ウィナードさんは勇者様ですよね? 王子様って……えっ? ウィナードさん王子様なんですか!?」


 まさかの王子と勇者の二足のわらじを履いていらっしゃる!?

 びっくりしたわたしに、何故かジェイクさんも少し驚いた顔をした。けれどすぐに呆れ顔に変わる。


「そんなわけないだろ」

「ですよねぇ……。あれ、じゃあなんで王子なんて言葉が出てきたんですか?」

「本当に変な女だな」


 え? なんで?


「変ですか? そんなつもりはないんですけど……。あっ、さっきの質問の答えもらってないですよ。なんでウィナードさんが王子様なんですか?」

「……忘れろ」


 ええー……?

 なんか、変な人呼ばわりされたうえに質問に答えてもらえないって、すごく損している様な気持ちになるんですけど!

 ……怖くて反論はできませんけどね。


 黙ったわたしをジェイクさんもまた黙って見ていた。けれど、ふいににやりと笑いを浮かべた。

 う、ぞくっとした……と、鳥肌が。


「おい」

「は、はい?」

「ウィナードのこと、俺が教えてやろうか」

「え、ええっ!?」


 ちょ、ちょっと待って。どういう風の吹きまわし??

 混乱するわたしに、ジェイクさんは片眉を上げた。


「俺だと不服か?」

「いえ! そんなことないです!」


 反射的に答えてしまう。

 彼なら。この人なら、ウィナードさんの欠点もはっきり教えてくれそうだ。一番の適任者かもしれない。

 だとしたら、わたしに出来る事はひとつだけだ。


「ジェイクさん」


 姿勢を正して、ベッドに腰掛ける彼に深く頭を下げる。


「わたしにウィナードさんのこと……鈴さんやルークさんのことを教えてください」

「鈴とルークも? ……まあ、いいだろ」

「ほ、本当ですか! ありが」

「ただし」


 言いかけたお礼の言葉を遮って、ジェイクさんはすっと立ち上がった。そのままわたしに近付いてくる。


 な、なに?


 得体のしれない恐怖を感じて、思わず後ずさる。


「あ、あの?」

「取り引きだ」

「と、取り引き?」


 取り引きって、ウィナードさん達の情報に対して何かを渡すの? でも、一体何を……。

 その時ふいに、商人の旦那さんに言った彼の言葉を思い出した。


「あ、あの、お金は以前もらったバイト代くらいしかなくて……」


 たった五日のバイト代だ。まだ封筒の中身は見ていないけれど、彼を満足出来るだけの金額を用意できるとは思えない。


「えっと、金額を言ってもらえたら、なんとか少しずつでも用意して……」

「金はいい」


 わたしの言葉を遮り、突然手を引っ張った。


 え?


 混乱するわたしをそのままベッドに放り投げる。


 え、え? これ、なんですか? 一体どういう状況??


 ジェイクさんもベッドに上がり、わたしの横で寝転がった。そのまま抱きしめられる。


「枕」

「は!?」

「丁度いいサイズだ」


 何が!?


 疑問をぶつけようと横を見ると、すぐ傍に目を閉じたジェイクさんの顔。すで半分ほど眠りの世界に入っている様子だ。


「枕って……」


 え。……抱き枕ってことですか?

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