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白の魔王の物語  作者: まる
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2話 ここまでの経緯――って、納得出来ないんですが!

 わたしが魔王候補に選ばれたのは一ヶ月前のこと。

 魔王様が亡くなってから丁度一年目の夜だった。


 おばば様が水晶を通じて亡くなられた魔王様の意思を汲み取り、次の王様になる候補者を告げる。その時に告げられた名前が……なぜか、わたしの名前だった。


 魔族にとって尊敬に値するのは『強い人』。ただそれだけ。逆に力のない者は軽蔑される。


 そんな中で、わたしは最低の魔族だった。


 腕力もない、魔法も使えない、それどころか外見すら魔族らしさのかけらもなかった。飛翼族みたいな空を飛ぶための翼もないし、角も牙も爪もない。簡単に言えば、わたしは人間そのものの姿をしていた。


 魔族と人間は相容れないもの。

 人間は魔族を消し去ろうとしているらしいし、魔族は人間を毛嫌いしている。だからこそ、わたしは島のみんなにとって嫌悪する存在だったんだろう。

 そんなわたしが魔王候補に選ばれて、暴動が起こらないわけがない。

お城が襲撃され、逃げるように島を出た。魔族の中で唯一わたしと仲良くしてくれている雷翔と一緒に。

 その途中、船が見つかって壊されて――現在に至る。


 改めて思い起こすと、わたしの立場ってどれだけ悲惨なんだろう……。しかも魔王になるには「勇者を倒す」という試練があるというおまけ付き。


 勇者ですよ、勇者!

 困っている村人の為に魔物を倒しに行くとか、囚われのお姫様を救いにドラゴンに向かっていくとか、たった一人で何万の敵と戦うとかいう、あの命知らずで最強な伝説的存在ですよ!?


 そんな相手を倒せって……ほんと、誰か変わってくれませんか。


「ほんと……なんでわたし?」

「なんでだろうなぁ」


 がっくりうなだれるわたしに、のほほんとした口調で雷翔が相槌を打つ。


「でもまあ、選ばれちまったもんはしょうがないだろ」

「しょうがないって……」

「運が悪かったと思って諦めろ。はははっ、普通逆だよなぁ」

「笑い事じゃないっ!!」


 喚くわたしを見て、雷翔は余計に笑った。

 た、他人事だと思って……!


「なんで魔王様も他の人を選ばないわけ!? 有力候補なんて他にもいたじゃないの! 白亜はくあ様とか白亜様とか雷翔とか!」

「ほぼ白亜かよ」


 そりゃあ、白亜様は魔王様の御子息様だもの。


 だから余計分からない。なぜ白亜様を選ばなかった、魔王様よ。あれか、親と息子の確執とかそういうものですか? 獅子が子を谷に落とすとか、そういった類の試練ですか?


「家族の問題にわたしを巻き込まないで欲しいんですけど……」

「何の話だよ。それより、ここにいてもしょうがねぇし。そろそろ行くぞ」

「え? 行くって、何処に」

「まずは町だな。食料も着替えも全部沈んじまったし……」


 そこまで言って、雷翔はわたしを見た。上から下まで眺めて、ため息をつく。


「目立つな」

「…………」


 確かに。


 魔王候補に選ばれた後、わたしはお城で軟禁状態になっていた。そこで魔王の役割について懇々と説明されたり礼儀作法をしつけられたりと色々やっていたんだけど……まあ、ほぼ身につかなかったスキルは置いといて。

 つまり何が言いたいかと言うと、そんな状況下で取るものも取りあえず逃げ出したものだから――着ているものが、服というより衣装だ。


 うっすら青みがかったワンピース……に見えればいいけれど。高級そうな生地とかやけにひらひらした裾は、客観的に見たら確実にドレスと呼ばれる類いの衣装だ。


 しかも全身ずぶぬれで、結いあげた髪もぐしゃぐしゃ。靴も行方不明。

 まあ、数歩歩けば転んでしまうというあのハイヒールがこの時点で残っていたら、奇跡が起こったわけではなくて呪いによるものに違いないと思うけど。


「その格好をなんとかしないといけないし、色々調達しないとな」

「この格好で町に行くの!?」


 ひぃ! 新手の拷問!?

 まさか、これを見越してのドレスでしたか!? 恐るべし白亜様……。


 顔色を変えたわたしを見て、雷翔が吹き出す。


「なんつー顔してんだよ。大丈夫だって。町の近くに行ったら俺が先に行って服を用意してきてやるから」


 それは有り難い!

 ほっと息をはいて、ふと疑問が浮かぶ。


「でも、お金も沈んじゃったでしょ? 調達って……」

「ったく心配性だな。俺はこっちじゃ一応名の通った退治屋なんだぜ? 金の蓄えくらいあるっての」

「そっか。雷翔って出稼ぎ組だもんね」


 植物も生き物も育ちにくい黒煙の島では、手に入りにくい衣料や食料を得る為にこちらへ出稼ぎに来る人がいる。

 魔族の売りである強さを活用して、土木現場で働いたり兵士として働いたりするのだ。雷翔もその一人で、こちらでは魔物退治を生業としている退治屋という職業についている。

 完全実力主義という退治屋の中で名の通った有名な人物なんだって。


 頼もしいなぁ。


 尊敬の念を込めて見ていると、雷翔があ、と声を上げた。


「そういやお前! 印は? ちゃんと持ってるか!?」

「え? しるし……ああ!」


 やばい、忘れてた!

 あれは「肌身離さず持っておけ」と白亜様に忠告されていた代物だ。あの時の白亜様の顔は忘れられない。無くしたら殺すって目が語っていましたよ!


「まさか、荷物の中とか言わねぇよな……」

「大丈夫! 渡されてからずっと身につけてるから」


 首にかけていた鎖を引っ張って、ドレスの襟から印を出す。

 細い銀のチェーンに通されているのは透明な宝石。金の枠にはめ込まれた宝石は太陽の光に反射して輝いている。


 よかった……首にかけといてよかったぁぁ!!

 内心安堵の叫びを上げているわたしに、雷翔は心底ほっとした顔をした。


「焦ったぜ。よく落とさなかったな」

「そりゃそうだよ。魔王になるために必要なものなんだから」


 言っといて、あれ、と思う。

 勇者を倒す試練に必要になってくる品。


 …………。


「お前……今、落としておいた方が良かったとか思っただろ」

「へっ!?」


 心を読まれた!?


 図星をつかれて挙動不審な声を上げたわたしに、雷翔は思いきりため息をついた。そんな、阿呆な子を嘆く様なため息をつかなくても。


「お前なぁ。それこそ殺されるぞ」

「でっ、でも! もう殺されそうになってるじゃない!!」

「そりゃ否定できないけどな。でも、それを回避するには一つしか方法はないだろ?」


「…………魔王になる?」


 窺うように顔を見ると、雷翔は大きく頷いた。


「魔王になれば誰も文句は言えない。そう言っただろ?」


 いや、それはわかりますよ。魔王っていうのは魔族にとって絶対的な存在だし。


 でも、でもね。


「勇者と戦うなんて、わたしにできると思う?」


 わたしは無理だと思う。絶対無理。


 力の強さが重視される魔族では、子どもの頃から強くなる訓練を受けるのが普通だ。

 雷翔の一族は七歳になると森に放置されるらしいし、飛翼族は飛べるようになるまで崖から落とされるらしい。

 他の人がそんなハードな幼少期を過ごしている頃わたしはと言えば――家事をしていた。


 噂では両親はわたしを置いていなくなったらしいけど……とりあえず物心ついた時から、わたしはおばば様の元にいた。

 そこで学んだ事は、掃除洗濯料理。それから、ほんの少しの薬学だけ。


 つまり、わたしの戦いに関するスキルはゼロ。武器を持った事もないし、特技もない。それでも挙げろと言うなら、武器は包丁、特技は魚を綺麗に下ろす事。


 それで勇者にどう立ち向かえというんだ。胃袋を掴めということですか。


「まあ、一人じゃきついかもな」

「でしょ!」

「でも、俺がいるだろ?」


 うっ……。


 頼もしい言葉に思わずたじろぐ。


「手伝ってもらっちゃいけないなんて決まりもないしな。なんとかなるって。それに、お前は凄い奴なんだから」

「……ずっと思ってたんだけど、わたしのどこが凄いの?」


 昔から雷翔はわたしのことを凄い奴だって言う。それに、「助けられた」とも。

 でも、いくら記憶を探ってみてもそんな覚えはないんだけど……。


 首を傾げると、雷翔は笑ってわたしの頭に包帯で巻かれた左手を置いた。いつもと違う感覚にちょっとだけ違和感が沸く。


「分からないならいいって言ってるだろ?」

「でも、気になるよ!」

「なら、お前が王位を継承したら教えてやるよ」


 ……それ、一生わからないんじゃ。


 思ったけど口にはしなかった。流石にこれ以上うじうじ言っていたら怒られそうだし、ね……。


「そうだ」


 立ち上がると、雷翔が何かを思いついた様に動きを止めた。


「偽名を考えないと」

「え?」

「偽名。お前の容姿はどちらかと言えば北大陸の人間に近いから、それだと魔族の名前は合わないんだよ。実名を知られるのも危険だし……そうだな、ジュジュって名乗っておけよ」

「ジュジュ……」


 なんだか、自分の名前じゃないみたいだ。


「呼ばれても振り向けなさそう」

「大丈夫だって。そのうち慣れる」

「それじゃ、雷翔は?」

「俺はライカのままでいい。こっちじゃ南大陸出身ってことになってるから」

「ふうん?」

「まずはこっちのことを覚えていかなくちゃだめだな」


 曖昧に頷いたわたしに雷翔は苦笑いを浮かべた。

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