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白の魔王の物語  作者: まる
29/61

28話 ベルナンドさんのお家(豪邸)につきました

 商人夫婦さんのお宅は、いや、屋敷と言った方が良さそう。とても立派でした。


 どーんと構えられた門に、ガタイの良い門番が一人立っている。いかめしい顔つきで立っていた門番は、商人夫婦の顔を見るなりさっと手を上げた。

 門がギィィと音を立てて開いていく。


「旦那様、奥様。お帰りなさいませ。そちらのお方はどのようなお連れ様でございますか」


 ぎろりと睨む様な視線を投げかけられて、思わず首をすくめてしまう。

 訝しげな様子を見せた門番に、旦那さんがにこやかに答えた。


「こちらは勇者レイン様だ。そしてお連れの方々。ザイアからの馬車が途中で立ち往生してしまってね、助けて頂いたんだよ。失礼のない様におもてなししてくれ」

「後は使用人に案内させますわ。丁度昼食の時間ですから、是非ご一緒致しましょう。では、後ほど」


 にこやかに夫婦が去っていくと、門番がこちらを向いた。

 眉が薄く、四角い顔で……正直、すっごい怖いです! 脅えるわたしに気が付いたのか、鈴さんが笑いかけて手を握ってくれた。それだけでほっと安心できる。


「勇者様、お噂はかねがね伺っております。主がお世話になったようで、大変ご迷惑をおかけ致しました。今使用人が参りますので、少々お待ち頂けますか」


 低く抑揚のない声で話し終わるとほぼ同時に、屋敷の方からわたしと同じ年くらいの女の子が走って来た。茶色いくりくりとした目の可愛い子だ。髪をおだんごにしていて、白いエプロンをつけている。

 彼女は走ってくるなりぴょこんと頭を下げた。


「遠い所よくおいで下さいました。あたしはベルナンド家でメイドをしているアンと申します。主人に勇者様達のお世話を申し付かりました。どうぞこちらへ。あ、荷物はあたしが持ちます」


 そう言って荷物に手を伸ばしたアンさんだったけれど、ウィナードさんの手から離れるとガクンと落としてしまった。


「す、すみません! すぐ運び、ます、から」


 アンさんは踏ん張って荷物を運ぼうとしているけど、どう見ても無理そうだ。それよりもウィナードさん、どんな重さの荷物持っていたんですか……!

 いくら引っ張っても無駄そうな様子を見かねたのか、門番の人がアンさんに声をかけた。


「おい、荷物は他にもあるんだ。他のやつらを呼んで来い」

「いや、他の人を煩わせる必要はありません。案内してくれたら、俺達が運ぶから」


 アンさんにウィナードさんが微笑む。

 爽やかな彼の笑顔を見た瞬間、アンさんの顔が真っ赤に染まった。


「で、でも、仕事ですから」

「それはこっちも一緒だよ。人助けをするために雇われている身だしね」

「す、すみません……」


 明るく笑うウィナードさんに、アンさんは耳まで真っ赤になっていた。

 なんていうか、勇者の強さを別の方向からも見た気がする……。


「ジュジュ」


 鈴さんにつつかれて、我に帰った。


「置いて行っちゃうわよ」

「す、すみません。行きます」


 みんなはいつの間にか、屋敷の方に歩きだしていた。慌ててその後を追いかける。

 門から屋敷までは結構距離が合った。と言っても、魔王様のお城ほどじゃないけどね。綺麗に手入れをされている大きな庭を横切って、獣の顔の飾りがついた大きな扉の前まで案内される。

 先頭を歩いていたアンさんは、わたしたちが全員いる事を確かめてから、獣の顔の飾りが咥えている輪に手をかけた。それを振って、ゴンゴンと扉に打ちつける。すると、門の時と同じように扉が独りでに開き始めた。

 もしかして、これって。


「魔法ですか?」


 わたしはルークさんに尋ねた。

 わたしの脳裏には魔王様のお城が浮かんでいた。あのお城も魔法に包まれ守られていた大きな建物で、扉も今みたいに勝手に開くようになっていた。まあ、あっちは前に立つだけで勝手に開くタイプだったけど。


「魔法? こんな魔法聞いた事もねぇだ」

「え? でも、勝手に扉が……」


 開いたじゃないですか、という前に、左右の扉の裏からアンさんと同じような格好をした女の人が一人ずつ出てきた。「ようこそおいでくださいました」という歓迎の言葉と共に深く頭を下げる。


「……この人達が動かしていたんですね」


 見当違いな考えを披露してしまった事に恥ずかしくなって俯くと、ルークさんは笑って頭を撫でてくれた。


「ジュジュはまだ知らねぇ事が多いからな。気にするこたぁねぇ。思った事は何でも言ってくんろ」

「はい……ありがとうございます」


 思った事を全部言ったら大変な事になってしまうのでそれは流石に出来ないけれど。という言葉は、胸にしまっておこう。




 荷物を指定された場所に置くと、男と女で別の部屋に通された。

 わたしと鈴さんに当てられた部屋は、大きな箪笥や鏡台が設置された、女性専用と分かる部屋だった。


「わざわざ部屋なんて用意しなくなっていいのにね。着替えなんてしないし、どうせご飯を食べたらさよならなのに」


 ふかふかのソファに座りながら鈴さんが言う。

 そうですね、と相槌を打ちながら、なんとなくいやーな感じを覚えていた。なんだかこれで終わらない、そんな気がした。




「うわぁ」


 鈴さんが、呆れた様な声をあげた。

 アンさんに呼ばれて向かった先にあったのは、昼食とは思えないような豪華な食事の席だった。一番端の人とは声が届かなさそうな長いテーブルに、ずらりと並べられた料理の数々。頭のついた魚やら、鳥の形のお肉やら、豪華! としか言いようのない品々ばかりで、どこに目をやったらいいのか戸惑ってしまう。

 別のメイドさんに連れてこられたウィナードさん達も目を丸くしている。


「ゴチソウダ!」


 と、喜んでいるのはクーファくらいなものだ。


「いやいや、お待たせいたしました」


 言いながら、やってきた例の夫婦。こ、こっちも凄い。


 旦那さんのスーツは何故か光沢を放っているし、ネクタイの柄がピンクに竜という個性溢れる代物だし! 奥さんの方はねじれているといった方がしっくりする程くるくると髪が巻かれていて、薔薇柄のドレスに羽のついた扇といったパーティーに行く様な姿だし!


「あの、鈴さん。お金持ちの人って、こんな感じなんですか?」


 思わず小さい声で確認すると、「まさか!」と強い否定が囁き声で返って来た。


「これは別格! こんなの今まで見た事無いわよ!」


 ですよね……。

 こちらの常識に疎いわたしでも、流石にこれはおかしいと思うのは間違えではなかったみたいだ。

 わたしたちの戸惑いに気付いていないのか、個性溢れる姿の旦那さんはにこにこと笑いながら「どうぞどうぞ」と席を勧めてくれた。


「レイン様、御一行様、急ぎの準備で大したものは用意できておりませんが、ゆっくり食事をなさってください」

「あ、ええと……どうも、お気遣い頂きありがとうございます」


 ウィナードさんは頭を下げて、わたしたちに「座ろう」と声をかけた。

 その合図で、鈴さんやルークさんがゆっくりと適当な場所に腰を下ろす。ええと、わたしも座っていんだよね?


 取りあえず、鈴さんの隣に腰を下ろす。位置的には、わたしの向かいにルークさん、鈴さんの向かいにジェイクさん。そして最後にウィナードさんが旦那さんの隣に腰を下ろすと、傍にいたメイドさん達がさっと動き出した。わたしたちの席に置いてあったグラスに、飲み物が注がれる。


「これ、お酒ですか?」

「こりゃ、ワインだなぁ。おら、お酒飲めねぇんだども……ジュジュは飲めるだか?」

「いえ……お酒はちょっと」


 一応、飲んだ事はあるんだけどね……。

 魔王様のお城で色々と勉強をしていた中で一度だけ。お酒を嗜むのも作法の一つだと言われて、白亜様と一対一でお酒を飲み交わすという地獄の様な経験をした。

 三口くらいまでは飲んだ記憶はあるんだけど……その後は記憶が抜け落ちている。


 目を覚ました時には、床に寝ていて、何故か髪と服が乱れている白亜様が見下ろしていた。お前は二度と飲むな、とそれまで見た事無い様なげんなりした顔で宣告されました。


 何が起きたのかは物凄く気になるけど、それ以上に物凄く聞きたくなくて、飲んだ時の記憶と共に封印することに決めている。


「ジュジュも飲めないの? もったいない! お酒の美味しさを知らないなんて、人生半分は損をしているわよ」


 わたしとルークさんの会話に、鈴さんが入ってくる。

 確かに、彼女にとってお酒は人生の楽しみの半分を占めていそう……。


「おや、ワインを飲めない方がいらっしゃったんですね。これは気付かなくて申し訳ない。おい、変わりの飲み物をお持ちしろ」


 わたしたちの話が聞こえたのか、旦那さんが近くのメイドさんに声をかけた。

 メイドさんはうなずくとすぐに別のグラスと飲み物を用意してきた。これは……多分、お茶かな? ウィナードさんにも確認して、ワインとお茶を交換していった。

 飲み物が行き渡ると、旦那さんがすっくと立ち上がった。


「さて、まずはレイン様方。この度は本当にありがとうございました。盗賊に襲われた馬車の中に勇者様がいらっしゃった事は不幸中の幸い。おかげで命も荷物も無事に我が家に帰ってくる事が出来ました。ささやかではありますが、この昼食の席でお礼をさせて頂きたいと思います。では、勇者レイン様と御一行の方々との出会いを祝しまして、乾杯!」

「乾杯」


 旦那さんの挨拶に続いて奥さんも笑顔でグラスを持ち上げる。

 ウィナードさんも奥さんと同じようにグラスを持ち上げた。


「付き合う事無いのにね」


 小さく呟きながら、鈴さんは少しだけグラスを持ち上げる。ルークさんは戸惑いながらも「か、乾杯」と言いながらグラスを持ち上げた。ジェイクさんは持ち上げて……あ、飲むんですね。


 ええと、わたしも一応合わせた方がいいんだよね?

 他の人から遅れてしまって余計に気まずいながらも、少しだけグラスを持ち上げた。その時だ。


 キュ~、グゥゥゥ……


 変な音が響いた。

 思わず音の鳴った方に目を向けると、テーブルの上にちょこんと座ったクーファの姿。目は料理に釘付けで、口からダラダラとよだれが零れている。

 あ。今の、お腹の音か。


「やだ、クーファったら!」


 鈴さんが噴き出す。

 その途端、辺りの雰囲気が和やかになった。


「折角用意して頂いたんだ。食べよう」


 ウィナードさんの言葉で、辺りが動き出した。


「そうね! お腹すいたぁ。食べよ食べよ!」

「んだ。ほれクーファ、これなら食べられるんでねぇか?」

「食ベル! ルー、早ク早ク!」


 わいわいと料理を取り分ける鈴さんやルークさん、自分のペースで淡々と食事をするジェイクさん。なんだかザイアで初めて一緒に食事をした時の事を思い出してしまう。あれからまだ数日しか経っていないのに、随分昔のことみたいだ。


「ジュジュ、食べよう」


 声をかけてくれるウィナードさん。

 わたしは笑顔で頷いて、料理に目を向けた。


 見た事のない料理が沢山ある。どんな味がするんだろう。この料理を作った人はどんな人なんだろう。美味しかった料理は、作り方を聞いたら教えてもらえるかな?


 美味しそうな料理に意識を向ける。


 温かい空気に、優しい言葉に、胸が痛んだ事なんて忘れてしまえ。

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