24話 ささやかですが、恩返しが出来ました
ひたすら歩く、という行為に根を上げたのは案の定、例の奥さんだった。
「ああ、もう駄目! くたびれたわ」
道の脇の石に腰かけた彼女は、もう歩く気が無さそうだ。旦那さんも「確かに疲れた」と傍に腰を下ろしてしまう。その様子に、ウィナードさんとルークさんは困った顔をし、鈴さんは肩をすくめた。旅人さんは呆れ顔。ジェイクさんは……あくびをしている。
「でも、メイジェスまではまだしばらくかかりますよ。今進めば夜までには着きますが、休んだら明日の朝になってしまう。野宿するしか無くなりますが……」
遠慮がちにウィナードさんが声をかけると、「ええっ!?」と奥さんが悲鳴を上げた。
「野宿ですって? 私たちにそんなことをさせるおつもり?」
「なら、歩くしかないですね」
「嫌! もう足が痛いのよ。レイン様は旅慣れていらっしゃるかもしれないけれど、私たちはそんなに歩き慣れていないんですのよ? ほら、靴擦れもしているし」
えー……どうしろって言うんだろう。
「全く、これだから金持ちってのは嫌なのよ。面倒くさいったら」
イライラした声で鈴さんが呟く。
うん、気持ちはなんか分かります……。振り回される勇者一行に「大変だな」と同情した目で旅人さんが感想を呟いた。
ん? もしかして、今がチャンス? この悪い空気を消せれば、少しは役に立てるのかも! ……でも、方法が分かんないけど!
さっきの奥さんとのやり取りを思い出すと、結局丸め込まれてしまいそうだ。元々人との関わりが希薄だし、交渉とか説得とかしたことないし。
悩んでいると、「ジュージュ」と肩からクーファが心配そうな声をかけてきた。
「ドウシタ? ドッカ痛イカ??」
「え? いや、なんでもないよ」
悩んでいるのが顔に出てたか。慌てて首を振ると、ルークさんが微笑んでくれた。
「ジュジュ、大丈夫だべ。ウィナードに任せておくだ」
「そうそう。ウィーに任せておけば平気よ」
鈴さんも頷いてルークさんに同意する。
凄い信頼感。驚きながらも、その言葉に少し安堵を覚えて、わたしもウィナードさんを見つめた。
ウィナードさんは奥さんの文句? をひたすら聞いてから、口を開いた。
「分かりました。まずは足の様子を見ましょう。ルーク」
呼ばれるのが分かっていたかのように、ルークさんは「了解だべ」と答え、すぐさま薬の箱を持って奥さんの足を取った。
赤い革靴を脱がすと、確かに足首は薄く赤みがさしていた。
「確かに靴擦れをおこしていますね。旅慣れていない方が長く歩くのは大変でしょうし、このままここで休む事にしましょう。通りに面している場所だから、魔物も盗賊も出る事は稀ですし、俺達が順番に見張りにつきます。野宿は不慣れでしょうが、しっかり護衛するので安心して体を休めて下さい」
ルークさんが手当てをしている間に、ウィナードさんは方針を結論付けた。労わってもらえた事に満足したのか、奥さんもすんなりうなずいて了承した。
「勇者って、強いだけじゃ勤まらないんですね……」
思わず呟くと、鈴さんは目を瞬かせ、苦笑いを浮かべた。
「そうねぇ。強いだけじゃダメだとあたしも思うわ」
悩んでいた恩返しの機会は、意外な所で見つける事が出来た。
「えーと……これ、食い物だよな?」
困惑しきった顔で旅人さんが言う。彼の手には、お皿に載せられた……なんだろ、これ。
「卵焼きだけど?」
当然のように答えてくれたのは、卵焼き……の製作者である鈴さんだ。でも、ごめんなさい。これ、どう見ても卵焼きに見えない……。
わたしの手元にあるお皿にも、旅人さんと同じものが載っているんだけど……黒くて、茶色くて、焦げた臭いしかしない。
例の夫婦は明らかに嫌そうな顔をしているし、ウィナードさんとルークさんは諦め顔。ジェイクさんは……もう食べる気がないですよね? お皿を持ってすらいない。
「鈴さん……あの……」
「うーん、どうしてかしらね。何作ってもこんな感じに仕上がっちゃうのよ」
あ、駄目だっていう自覚はあるんですね……。
「鈴さ。料理だけはからっきしだべなぁ……」
ため息をつきながら、ルークさんは卵焼きを突いている。ちょびちょび口に運んでは水で流し……って、もう薬の飲み方じゃないですか……。
「無理しなくていいわよ?」
「いや、食べ物があるだけましだから」
旅人さんはパクパクと食べている。うーん、なんか苦労してそうだ。でも、やっぱり水は必要なんですね……。
「ジュジュもいいわよ。残しても」
「い、いえ。食べます」
わたしも覚悟を決めてえいやっと一口で口に入れる。
……苦い!! そして何故か生臭い!!
ごくごくと水で押し流し、はぁ、とため息が出た。
「無理しなくても良いのに」
「いえ、食べ物は貴重ですから」
黒煙の島では、食べ物を手に入れる事自体が大変な作業だった。だから、その大切さは身にしみて分かっている。粗末に扱うなんて出来るわけがない。でも。
「鈴さん。これからわたしが料理を作ってもいいですか?」
食べるなら焦げてない方が良い。
鈴さんが使って良いと出してくれた材料は、思った以上に種類が豊富だった。お肉に野菜に、調味料も色々。
「これ、全部使っていいんですか?」
「ええ。王都まで行く予定だったから多めに仕入れていたんだけど、メイジェスに寄るから全部使い切っても問題ないわよ」
わぁ! 贅沢!!
何を作ろうかとウキウキしているわたしの横で、鈴さんが腕まくりをした。
「あたしも手伝うわ」
「えっ!?」
「大丈夫よ。切るのは得意だから。他はジュジュに任せるわ」
「す、すいません……」
思わず失礼な反応をしてしまった事に謝ると、鈴さんはカラカラ笑って流してくれた。本当に良い人だなぁ。わたしの中でルークさんと鈴さんに対する好感度がどんどん上がっていく。
材料を吟味して……うん。旦那さんに教えてもらった香草を使ったソテーにしよう。何度か練習しているし、旦那さんにもおかみさんにもお墨付きをもらった料理だ。
出来る事を見つけた事と、料理が出来る事で、思わず鼻歌が出てくるほど上機嫌なわたしの手元を、鈴さんは「器用ねぇ」とじっと見ていた。
「手慣れているわね……あたしには真似できないわ」
「鈴さんも器用ですから、きっとすぐに作れるようになりますよ?」
わたしも鈴さんの手元を見る。彼女の前にある野菜は、綺麗に均等に切り分けられている。これだけ器用なのに、どうしたらあんな卵焼きが出来るんだろう……。
「うーん。あたし、どうも料理に向いていないのよねぇ。ま、いいんだけど。あっ、ちょっと頂戴!」
つまみ食いをする彼女は、自分の料理の腕をあまり気にしていない様子だ。でも、ウィナードさん達、あれを毎回食してきたんだろうか……。諦め顔のウィナードさんとルークさんを思い出して、少し切ない気分になる。
その後、出された料理を食べて「うんめぇ」と涙目になったルークさんに、嬉しく思う反面、それまでの苦労を思って泣きそうになりました……。