19話 常識の無さが露見しました
やっと町から移動しました。
お店を出てすぐはおかみさんたちとの別れが悲しくて、そればかりに気をとらわれていたけれど、次第に落ち着いてくると辺りの様子に目がいった。
建物の屋根は色や形が様々で、ほとんどが二階か三階建てだ。たまに看板の出ているお店もある。歩きやすいと思ったら、足元はレンガで舗装されていて、おしゃべりしているおばさんや少し慌てた様子のお兄さん……いろんな人が通り過ぎていく。
「なしたべ? 何か気になるものでもあるだか?」
辺りをきょろきょろ見回すわたしに気がついたのか、ルークさんが声をかけてきた。
「いえ。その、こんな町だったんだと思いまして」
「もしかして、今までずっと店から出なかったんだか?」
「はい」
うなずくと、傍で話を聞いていた鈴さんは形の良い眉をひそめた。
「ウィーってば、町に連れてってあげなかったの? もしかしたら、町を見て何か思い出せる事があったかもしれないのに」
急に鈴さんに責めるように言われ、ウィナードさんは困惑して眉を下げた。
「いや……町に出て何かあると困るし。一応、町に出る時に声をかけてくれたら護衛はするからって伝えていたんだけど」
「あのね。この子は気を遣って店で働くような子よ? 護衛するからいつでも言って下さいね、なんて言われて、はいそうですかお願いしますって言うタイプじゃないでしょ! もう、気が利かないわね! ごめんね、あたしが誘えば良かったわね」
「いえ、町に出るのは勇気がいるので。それに、この町は知らないと思います。窓から見る限り知っている風景じゃなかったですし、こうして歩いてみても知っている感じはしないので」
勇者と二人で町に出るなんてどんな苦行ですか!! 誘われない方が良かったです。それに、この町に見覚えなんてあるわけがない。わたしが知っている場所と言えば、暗くて寒くて岩肌だらけの島だけだ。
力強く首を振ると、鈴さんは「そう?」と戸惑いながらも納得したようだった。
「でも、何かあったらいつでも言ってね。迷惑がかかるとか、全然気にしないでいいから! あたし達の仕事の一環だし」
「んだ。何か思い出した事があったら、いつでも言ってくんろ」
にこやかに言うルークさんの肩では、クーファも何度もうなずいている。
あああ……もう、すごい罪悪感なんですが!!
でも、生き延びるためにはこうするしかない。引きつりそうな顔を我慢して微笑もうとした――その時。
ガラガラガラ!!
「ひゃあっ!?」
真横を凄い勢いで何かが通り過ぎて行った!
ふらついて転びそうになるのを、ウィナードさんがさっと手を出して防いでくれた。わたしを受け止めると、通り過ぎて行ったものを睨みつける。
「危ないな。貴族の馬車か? 怪我は無い?」
「は、はい……」
土ぼこりを巻き上げながら去っていく巨大な箱の様なもの。ガタガタ揺れながら、建物の角を曲がって行った。
う、うわぁぁ! 怖!! あんなのぶつかったら死んじゃうって!!
「何ですか、今の……魔物ですか!? 町の中って、あんな魔物がいるんですか!?」
やっぱり外に出なくて良かった!
泣きそうになりながら訴えると、ウィナードさんは唖然として、
「え? ええぇぇぇ……??」
今まで見た事のない、おかしなものを見るような顔で見下ろしてきた。
……あれ。わたし、何かやらかしちゃいました?
「ジュジュ、これがさっきと同じものよ」
「ああ、これだったんですね!」
町はずれにあるレンガの建物の前には、三台ほど先ほど見たものが並んでいた。
車輪のついた四角い箱に、白や黒や茶色の四本足の生き物が繋がれている。なるほど、この生き物がこの箱を運ぶのか。
建物に用事があるらしいウィナードさん以外のメンバーに連れられて、その箱の傍に近付く。
鈴さんはこちらがぎょっとするほど箱の近くに行き、わたしを見た。
「これ、何か分かる?」
「え、ええ! 大丈夫です。えっと、ばしゃですよね」
大丈夫! さっきウィナードさんが言ってたの覚えてるし!!
でも、鈴さんは疑わしそうな顔だ。
箱から生き物の近くに移動して、わたしを見る。
「この生き物、何か分かる?」
「えっと……あれ、あれですよね?」
「触ってみる?」
「……ごめんなさい」
さすがに、得体のしれない動物に触る勇気は無かった。
うなだれるわたしに、鈴さんがため息をつく。
「ホントに、馬車を見たことないの?」
「……すみません」
「いや、謝る事無いけど。でも、そうだとしたらどこのお嬢様なのよ……まさか、建物から一歩も出されないほどの深窓の姫君なわけ?」
「もしかしたら、馬のいない土地にいたとかだべか?」
ルークさんの言葉にぎくっとする。
そう、島には馬なんて生き物がいない。と言うか、生き物自体ほとんどいない。黒煙の島は魔物さえ生息できない過酷な環境で、せいぜい迷いこんで来た鳥が飛んでくるくらいだ。
「馬がいない土地って、どこよ?」
「北大陸の奥地とかだべか? 雪の深い土地だと、馬の代わりに寒さに強い生き物を使ったりしてるんでねぇべか」
「曖昧ねぇ」
ふぅ、と鈴さんがため息をついた。
「まあ、確かにジュジュの容姿からすると、北大陸出身ぽいし……。その可能性もあるわね。全く、どこからこんなお嬢さんを攫って来たのかしら」
鈴さんの意識は、「わたしがどこから来たのか」から「赤髑髏がわたしをどこから攫って来たのか」に移行したらしい。
身元調査が終了したことに、ほっとして視線をずらすと――帝王様と目が合った。
お、おおう……!
相変わらず、氷点下の瞳です……。
ジェイクさんとは、わたしを連れて行く行かないの論争以来初めて顔を合わせる。彼の事はほとんど何も分からないけれど……苦手意識が先行する。
固まったわたしは、なんとなく目に映っただけらしい。すぐに逸らされる視線に安堵した。
建物に目を移すと、ウィナードさんがにこやかに出てくるのが見えた。
「お待たせ。俺達が乗って、出発定員になるみたいだ。すぐに出発できるよ」
「? 出発定員?」
「これ、これに乗って行くの。馬車は移動手段の乗り物よ。ここ、乗合馬車の停留所だから」
鈴さんが当たり前のように親指を向けたのは、並んでいる馬車。
これ……これに乗るのぉぉぉ!?
目を見開くわたしに、近くの馬がブヒンと鼻を鳴らした。




