18話 お別れはやっぱり寂しいです
出発は次の日の朝だった。
ウィナードさん達の話では、王様に報告をする日が差し迫っているらしい。これほど急な予定を組んだっていう事は、多分その報告する日が近いんだろう。わたしを気遣ってなのか、詳しく話してはくれなかったけど、予定ではもう王都に向かっているはずだったんじゃないかな。
そのことも踏まえて旦那さんやおかみさん、ハイルさん達にも説明したけれど、急に決まった事に納得は出来なかったみたい。
「本当に急だねぇ」
見送りに出てきたおかみさんが呆れたように言った。隣で黙って立っている旦那さんも少し顔をしかめているような。後ろにいるハイルさん達も複雑そうな顔をしていた。
わたしも急だとは思う。でも、そっちの方が良かったかも、という気持ちもあった。
何かと世話を焼いてくれたおかみさん。無口だけどわたしを気にかけてくれていた旦那さん。ハイルさん達は、明るくて面白くて、一緒に居てすごく楽しかった。きっと長ければ長いだけ、別れるのが辛くなる。
「おかみさん、旦那さん。お世話になりました。ハイルさん、ジョセフさん、ロニーさん。ありがとうございました」
頭を下げると、眉を下げていたロニーさんが、少し悲しそうな顔のままで微笑んだ。
「ジュジュがいなくなると寂しくなるなぁ。せっかく女の子が入ったのに」
「ザイアの方に来たら、顔を出してね」
ジョセフさんも、少し寂しそうな顔をしている。
つられて泣きそうなのをこらえて、笑顔で頷いた。やっぱり、最後は笑顔でお別れがしたい。
「ウィナード」
それまで不機嫌そうに口を結んで黙っていたハイルさんが口を開く。
彼はまっすぐにウィナードさんを見て、頭を下げた。
「ジュジュを頼んだ。無事に家族を探してやってくれ」
「ハイルさん」
彼の態度にびっくりしてしまう。
ハイルさんには、すごくお世話になっていた。でも、同時に怒られる事も凄く多くて。
料理を教えてくれる時には、もれなく頭を叩かれてた。ドジを踏んだら「何してんだ」と呆れた顔をされたし、お客さんに絡まれてる所を助けてくれることもあったけど、その後「もっとちゃんと嫌だって言え!」とか怒られたし。
そんな彼が、わたしの為にウィナードさんに頭を下げてくれるだなんて思わなくて、ただびっくりしていた。
ウィナードさんは、ハイルさんと同じように真面目な顔で頭を下げた。
「分かりました。必ず探します」
そのやりとりに、目頭が熱くなる。
王都に家族なんていませんよ! なんて、言えないです。
本当にすいません!!
彼らのやり取りを見ていた鈴さんが、明るい声で間に割って入った。
「大~丈夫! ちゃーんと王都まで無事に送り届けるから」
「んだ。怪我の様子も、しっかり診るから心配ねぇだ」
頼もしい答えを聞いて、おかみさんが強く頷く。
「任せたよ。王都についたら、こっちにも連絡をおくれ。ジュジュはうちの大事な看板娘だからね。いくら勇者一行に守られているって言っても、無事に着いたかはっきりしないと安心できないからさ」
「勿論です」
微笑んで頷くと、ウィナードさんはわたしに視線を落とした。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
頷いて、もう一度おかみさん達に向き直る。
お礼を言わなくちゃ。口を開こうとした時、おかみさんがきゅうにエプロンのポケットから何かを取り出した。……封筒?
「五日分のバイト代。たいした金額じゃないけどね」
「え? そんな! 受け取れないです」
「いいんだよ。餞別だ、受け取っときな」
無理やりワンピースのポケットにつっこまれる。困っているわたしに、今度は旦那さんが手に持っていた小さな花柄の巾着を無言で突き出してくる。
「……あの、これは?」
「……非常食だ」
非常食?
中を開けてみると、クッキーと飴が見えた。すごく見覚えがある。夜のまかないの後に作ってくれるお菓子の中でもお気に入りのミルククッキー。休憩時間の時にたまに配ってくれる疲労回復用のレモンキャンディー。
「……ありがとうございます」
両手に抱えた小さい袋がずっしりと重く感じられた。
「ジュジュ。もし家族が見つからない様だったらここに戻っておいで。あたしはあんたを娘だと思ってるからね」
「おかみさん……」
おかみさんの隣では旦那さんが頷いていた。胸がいっぱいで何も答えられない。
「体には気をつけるんだよ」
にっこり笑うおかみさんを、思わず抱きしめていた。おかみさんは驚いたようだったけど、大きな腕で抱きしめかえしてくれた。
ザイアでの数日間は、すごく温かくて幸せな時間だった。きっと一生忘れる事が出来ないだろう。
ありがとう。そして――ごめんなさい。
言葉に出来ない思いを込めて、おかみさんの体を強く抱きしめた。




