17話 そろそろ、お別れが近付いてきました
物凄く不定期です…すみません……。
聞きなれた、カランというドアベルの音が響く。
五日目ともなると、自然と「いらっしゃいませ」の言葉が出てくる。顔を向けたドアの先には、にこやかに手を振る鈴さんと、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべているウィナードさんの姿が。
「ウィナードさん、鈴さん。こんにちは」
「やっほー! 近くに来たから寄ってみちゃった」
赤髑髏の調査に忙しいはずのウィナードさん達は、こうして毎日仕事の様子を見に来てくれる。こちらとしてはそっとしておいてほしいけれど……前に、「お手を煩わせるのも恐縮なので」と遠回しに断ってみたら、「君を護衛する事も仕事の一環だから」と真面目な顔で言われました。
はい。小心者のわたしには、それ以上食い下がる事は出来ませんでしたよ! よろしくお願いしますって頭下げましたよ!!
毎日顔を合わせているせいか、初めは顔を見る度に不安でドキドキしていたけれど、今ではだいぶ落ち着いて顔を合わせられるようになった。というか、もう深く考えないようにしている。思い切り顔に出るタイプだし、考えすぎると胃が痛くなりそうだしね……。
「仕事はどう? 」
「だいぶ慣れたと思います。旦那さんもおかみさんも優しいですし、従業員の方もよくしてくれてます」
「そっか! よかった。怪我の具合の方は?」
「おかげさまで随分よくなりました。もう配膳とか掃除もお手伝いさせてもらえるようになったんですよ! あ、こちらへどうぞ」
「ありがと。あはは、なんかもう完全に従業員みたいね!」
確かに、エプロン姿のわたしは宿泊客とは思われないだろうなぁ。
ウィナードさんと鈴さんを窓際の席に案内して、メニューを持っていく。それを渡す前に、鈴さんはビールを注文した。
「鈴。お前なぁ……昼間から酒を飲むのは、どうかと思うぞ」
「別に毎日ってわけじゃないからいいでしょ! あの親父の顔を見る度腹が立つのよ。飲まなきゃやってらんないわ!!」
大変そうだなぁ、と他人事のように思う。いや、実際他人事なんだけども。
有名人であるウィナードさんたちは、このザイアという町の一番の権力者である町長さんのお宅でお世話になっている。その町長さんを鈴さんは毛嫌いしているらしい。
――あのちょび髭、誰に聞いたか知らないけど町の入り口でいきなり捕まえて、自分の屋敷に泊まれとか言ってきたのよ。国王の使者でもある方々を、安っぽい宿屋には泊められませんーとか言って! なぁにが安っぽいよ! じゃあお前のお宅はどうなんだっての。ケバケバしくって品がないにも程があるわよ! しかもニタニタしながらしゃべるし、なんか視線がいやらしいし! 気持ち悪い!!
と、そんな事を言っていた。
でも、町長さんの気持ちも分かる気がする。職業柄か女性にしては珍しくズボンを愛用している鈴さんだけど、上着は胸元が開いていて、スレンダーな割に豊かな胸の谷間が見えている。……羨ましい。
「ええと、それじゃとりあえずビールをお持ちしますね」
卑屈になる前に仕事に戻ろうとすると、ウィナードさんに手首を掴まれた。
ヒッ! と声を上げそうになる。
ウィナードさん達は、わたしを「記憶喪失の女の子」だと思っている。だから、わたしも「ジュジュ」を装う事にしていた。普段から魔族らしくないし、普通にしていてバレることはないはずだ。
でもね、相手は勇者なんですよ! 成敗される危険性がある相手なんですよ! いきなり手を掴まれたりしたら動揺しますよそりゃ!!
「な、なんでしょう?」
「ちょっと時間作ってもらって良いかな?」
「え、えっと」
厨房に目を向けると、こっちを見ていたおかみさんがにっこり笑った。
「いいよ。ついでだから、お昼も食べちゃいな。ウィナード達もジュジュと一緒のまかないでいいね?」
すでに用意していたのか、料理の載ったお盆をこっちに差しだしている。ウィナードさんの手が緩んだので、急いでおかみさんの所まで料理を受け取りに行った。
お盆を手渡す際、おかみさんが意味ありげな笑みを浮かべてくる。
「目の付けどころがいいね」
「え?」
「ウィナードだろ? 見た目も性格もいいし、国から支援があるから安泰だし。危険な仕事についているっていうリスクはあるけど、家庭を持てば仕事も変えるかもしれないしね」
「……何の話ですか?」
「隠さなくても良いよ。女同士だろ? いくらでも相談にのるからね!」
何の?
おかみさんの話の意図が掴めずに困惑していると、厨房の奥から旦那さんが声をかけて来た。
「ジュジュ。まだ右肩が良くなってないんだろ? 無理するなよ」
「あっ、はい!」
普段無口な旦那さんが仕事中に声をかけてくるのは珍しい。料理が三つも載っているお盆を持つ事を心配してくれたのかな。なんだかくすぐったい気持ちになる。
おかみさんから料理を受け取ってウィナードさん達の所に戻る。背中から、まだ早い! という旦那さんの叱る声が聞こえて来たけど……またロニーさんがお肉の焼き加減に失敗したのかも。
「お待たせしました。あ、ビール持ってきてなかったですね! 今取ってきます」
「いや、いいから座って。鈴、我慢しろ」
「……分かったわよ」
鈴さんがふて腐れた様な顔でそっぽを向く。そんなに飲みたかったのか……。
料理を置いて席に着くと、見計らった様にウィナードさんが声をかけて来た。
「急にごめんな。もう怪我がだいぶ治ってきたってルークに聞いたから、そろそろ王都へ行く予定をたてようと思うんだ。なるべく早い方がいいんだけど、君はいつがいい?」
やっぱり。
ウィナードさんがわたしに話す事なんてそれくらいしかない。けど、ちょっと寂しく思ったのも事実だった。おかみさんに旦那さん、ハイルさん達も、みんな優しかったから。
それに、雷翔のことも気がかりだった。ザイアで「記憶を失った女の子」の噂は話題になっているらしいから、もしかして話を聞きつけて来てくれるかもしれない、なんていう考えもあった。
だけど、いつまでも逃げていちゃいけないって事も分かっている。魔王候補に選ばれてしまったわたしの道は決められているんだ。
いつまでも逃げられるわけがない。魔族に殺されるか、勇者を殺すか。
二つに、一つ。
ウィナードさんに、わたしは笑顔を向けた。
「大丈夫です。いつでも」
もう覚悟は出来ている。
雷翔に助けてもらった命、絶対に捨てたりしない。抗えるだけ抗ってやる。




